7月7日。我々夫婦の、出会い記念日だ。出会って24年。毎年、律儀に思い出すニューヨークでの日々。折しも、今朝見た日本のニュースで、『やまとなでしこ』が20年ぶりに再放送されていると知った。目にした瞬間、You’re everything〜〜♪と情感を込めて熱唱してしまう。
1996年4月下旬。1年間の語学留学目的で、わたしはニューヨークを訪れた。当初は、語学学校で出会った日本人の年下男子と、2ベッドルームのアパートメントをルームシェアしていた。今思えば、なかなかに、先端だ。
その彼が、家に引きこもりがちだったので、わたしは極力、外に出て、勉強をするようにしていた。一番利用していたのが、アッパーウエストサイドのリンカーンセンターの向かい、ブロードウェイ沿いにあった大型書店、バーンズ&ノーブルにある、天井が高く雰囲気のいい、スターバックス・カフェだった。当時、スターバックス・カフェは米国でチェーン展開を始めたばかりで、おしゃれで知的な雰囲気を漂わせていた。
わたしはここで、語学学校の宿題をしたり、テーブルをシェアした人たちとの会話を楽しんだ。それもまた、英語の勉強になると思っていたからだ。夜のブロードウェイの写真の、正面中央の建物がそれ。左手にリンカーンセンターがある。
1996年7月7日、日曜日。7月4日の独立記念日から連なる連休の最終日。この日のカフェはいつになく、混雑していた。カフェラテを片手に、空いている席を探したところ、唯一空いていた席が見つかった。空いた椅子を目指してテーブルをかき分けるように歩き、「ここに座っていいかしら」と尋ねた相手が、アルヴィンドであった。
机には、書類の山。テーブルがとっちらかっていたので、他の人は避けていたに違いない。当時はラップトップを持参する人よりも、本や書類、ノートを携えている人の方が、圧倒的に多かった。アルヴィンドは当時、大学を卒業して、ニューヨークのコンサルティング会社、マッケンジー(マッキンゼー)&カンパニーに勤務していた。たいへん「ギーク」な雰囲気を漂わせていた。一方の彼は、わたしのことを、なぜか「君は、学校の先生なの?」と尋ねてきた。そういう風に、見えたらしい。
最初は英語力が覚束なかったわたしをして「ソフト・スポークン」(話し方が穏やかな人)だと思い込んでいたようだ。歳月の流れに伴い、我が英語力が上達、なにかと饒舌で厳しい口調に変化したときに、ようやくわたしの本性を知ったようであるが、時、すでに遅し。
折しも当時、日本では『ロング・バケーション』というドラマが流行っていた。我々の事情を知っている友人から、「キムタクが24歳で、山口智子が31歳なんだよ! 同じだね!」などと連絡がきたものである。そう。我々は、出会ったときには23歳&30歳で、直後に誕生日を迎えたのである。ロング・バケーションなのである。
1998年からHBOで放送された『SEX AND THE CITY』はまた、マンハッタンが舞台の、ライヴ感あふれるプログラムであった。キャリーをはじめとする主人公たちは、わたしと同世代でもあり、ライフスタイルこそ異なれど、親近感を覚えた。ライターのキャリーが使っていた黒地に白いリンゴのラップトップも、同じものを使っていた。
1999年に公開された、トム・ハンクス&メグ・ライアン主演の映画『ユー・ガット・メール 』はまさに、我々の生活圏内が舞台だった。トム・ハンクスが経営していた大型書店の撮影は、我々が出会った書店で行われていたし、メグ・ライアンが経営する小さな書店は、近所のチーズ専門店が使われていた。撮影現場に出くわしたこともある。
忘れられないのは、わたしたちがその映画を見ていた映画館での出来事。劇中の二人が、映画を見に行くシーンで、入っていく映画館が、今まさに、自分たちが映画を見ている映画館だったのである。館内の観客が、一斉に歓声をあげたものだ。
松嶋菜々子による「残念ながら、あなたといると、私は幸せなんです」のセリフで有名な、2000年に放送されたドラマ『やまとなでしこ』も、忘れられない。同ドラマは、ニューヨークに住んでいてなお、日本語放送で見ることができた。堤真一が留学したMITはまた、夫の卒業校でもあり、わたしも数カ月前に彼のリユニオンに同行して赴いたばかりだった。なにかしらシンパシーを感じた。
しかし彼らがニューヨークの教会で結婚式を挙げている様子を見て「で、わたしたちは、いったいいつ、結婚するんでしょうかね」と、嘆息をついたものだ。わたしから結婚を切り出したのは、このドラマの最終回を見た直後だった。
わたしたちは、出会って結婚するまでに、5年かかった。今思えば夫もまだ若かったし、仕方ないっちゃ仕方なかった。むしろ、インドの結婚事情を知るにつけ、国籍は違うし、年齢も妻が上だしで、よく結婚に踏み切ったものだと思う。
ともあれ我が人生、今も『ロング・バケーション』のようなものかもしれない。それはそうと、当時は「婚礼衣装を着て走る」シーンが、多かったな(笑)