パンデミック明けの2022年6月、久しぶりに訪れた銀座で見つけたこのお店「青花堂」。京焼・清水焼専門店とあるが、他にも日本各地の伝統工芸品が多彩に展示されている。 以来、一時帰国時には毎回訪れ、何かしら、自分へのお土産に購入している。中でも愛用しているのは、雷神が描かれたぐい呑み(昨年購入前に撮影)...
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日本の記録は、まだまだ、ぼちぼち、続くのだ。前回、前々回の投稿。本の表紙写真は、今ひとつ「映えて」おらず、文章を読まれる人は少ないだろう。そもそも、毎回、Instagram文字数限度の2000文字ぎりぎりまで、投稿しがちな我が投稿。短文が主流の昨今にあっては、時代に逆行していることは理解している。 ...
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東京最終日に表参道へ立ち寄った目的は2つあった。ひとつは「壱の蔵」で襦袢を買うこと。もう一つは茶具の老舗「ことぶきや」で柄杓を買うことだった。 東京時代、数えきれないほど、この店の前を通過していたはずなのに、店内に入ったこともなければ、注意を払って店を見たこともなかった。あのころのわたしは、つくづく...
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昨年秋の一時帰国時に、インドへ持ち帰った母の着物や、リセール着物。それらを何度か着用したが、着付けには苦戦した。そもそもサイズが全体に小さい。さらには着付け以前に、襦袢や帯枕などが、母が使っていた半世紀以上前のもので、使い勝手が悪い。 たとえば襦袢に必要な衿芯が柔らかすぎて、襟がピシッと整わずだらし...
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現在、木曜の午後6時。成田国際空港のラウンジにて、日本酒を飲みつつ、搭乗までの30分余り、記録を残そうと綴っている。咳が出ていたこともあり、途中で体調を悪化させたくなかったことから、実は一昨日まで一滴もアルコールを飲まなかった。 日本酒を飲めることを楽しみにしていたのだが、解禁したのはようやく昨日。...
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6月10日月曜日。N女史とのランチをすませ、また近い将来の再会を約束してホテルに戻り、界隈で軽く買い物などすませたあと、夜は、ホテルから徒歩圏内にある豆腐専門店へ。昨年の東京で初めてお目にかかった京子さんと、夕食を共にする約束をしていたのだ。 店選びは京子さんにお願いしていたのだが、その後、医療に詳...
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3週間の日本滞在もいよいよ終盤だ。昨年秋の日本旅は、新幹線で名古屋に立ち寄り、犬山城や明治村、常滑や有松など、あちこちを精力的に旅をした。今回は福岡、東京の二都市定点。旅行前は、夫も途中で合流したいと言っていたが、今回は一人旅にしておいてよかったと、つくづく思う。 すでに遠い記憶になりかけているが、...
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自分の足で歩き、自分の目で見て、自分の手で触れて、そこではじめて良し悪しや好き嫌いを判断する。ライター、リサーチャーという職業柄、もちろん情報収拾はオンラインに頼るが、最終的には「自分で体験すること」を重視している。ゆえに、どこに行っても「歩く」ことになる。 今回は、咳は収まったものの、その余韻で背...
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東京滞在は1週間。今回ばかりは、「自分一人の時間」を確保したく、今日は丸ごと自分のために。半年前の一時帰国時に「着物」に目覚めたものの、着物まわりの小物類を揃えておらず、もう少し整えようと、東京では着物デーを設けることにしていた。 折しも、リユース(中古)着物の専門店が、予約制で展示会をしていること...
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この何年かは、福岡から東京までは新幹線で途中下車をしつつの旅が多かった。だから、福岡空港から羽田に飛ぶのは、本当に久しぶりのこと。 朝、妹が車で空港まで送ってくれた。道中、母の諸々が速やかに決まったのは、父のお陰だよね〜と話していた矢先。信号待ちの車のナンバープレートが父の誕生日、7月2日。その隣の...
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西鉄名島駅から電車に乗って3駅。西鉄香椎駅で降りる。母の「補聴器」の具合を見てもらったあと、界隈を散策し、昔懐かしロイヤルホストでランチをとる。 1945年8月15日の敗戦以来、連合国軍の占領下にあった日本。サンフランシスコ平和条約によって、1951年に主権を回復した。ロイヤルの歴史はその年、就航が...
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