今日は、初日に見つけたアパートメントの不動産業者を介し、大家さん夫妻とご対面。別の不動産業者も同じ物件を斡旋していて、同時期に、わたしたちを含めた複数の借り手が関心を寄せているらしく、気に入った物件を見つけたら即決した方がよさそうな気配。
「大家はインド人よりも外国人に貸す方を好む」と、あらかじめ不動産業者から聞いていたので、「きれい好き」として知られている「日本人」であるわたしはすでに、情勢優位であろう。
しかし、ともあれ、提示された額や条件を、そのまま飲むのは寛大すぎるはずだから、きちんと交渉すべきだと夫はいい、でも、それはわかるけれど、つべこべ言って他の人に持ってかれたらいやだと、妻は思う。そのあたりの案配、インド標準か、インド内国際標準か、見極めがつかない。
約束の時間に少し遅れて、ホテルのロビーに到着した夫妻。華やかな印象をまき散らし、好感度高い。事業を経営しており、バンガロアのこの界隈に昔から暮らし続けているという。
親類、家族の多くは米国暮らしで、しばらくは当たり障りのない世間話など。それから、インドの食や住まいや文化のあれこれを、かなり和気あいあいと語り合い、「インド内国際標準」なムードにちょっと安心。
「あの部屋、わたしは入った瞬間から気に入ったんです。方角や空気が、とてもいい気がして」
わたしがそういうと、大家夫人は大きくうなづく。
「あの部屋は、あのアパートメントコンプレックスの中でも、最もいいレイアウトなんですよ。風水、ご存知かしら? 風水にのっとって判断するに、窓の位置、バスルームなど水回りの位置、すべていいんですよ。あの部屋は、本当にいいんです」
そういう「いい話」は、ウェルカムなわたしは、「なんだかなあ」という顔をしている夫をよそに、「やっぱり!」と確信を強め、うれしいのである。
やがて本題に入り、具体的な内容をすりあわせる。契約の日程その他、スケジュールを相談する段になり、大家夫人がきっぱりと言った。
「12月1日以降は、物事を決定するのによくない星回りなんです。だから、今月、26日までがいい星回りなので、それまでに決めてほしいですね」
出た! 物事を占星術で判断する「インド標準」発言だ。星回り云々はさておいて、いずれにしても数日中に確定する予定だから、彼女の提言に異論はない。
さてさて、お互いに好印象、とみたが、油断はならない。今夜契約書を受け取ったあと、内容を熟読し、それから義父ロメイシュの知る弁護士に、明日の朝、内容を見てもらうことにした。うまくいけば、明日の午後には改めて内容を確認しあい、契約成立……。となってほしいところだ。
一方、夫のオフィススペース。ファンドを正式に立ち上げるまでは、一時的なレンタルオフィスを借りる予定だったが、どこもここも、「インド標準」で、米国の一流企業の一流オフィスを渡り歩いて来たエリート夫は、初日から疲労困憊、茫然自失。
「こんなラットホール(ネズミの穴)みたいなところで仕事できない!」
「ああもう、いくら急成長してるからって、インドはみすぼらしいインドだ!」
と、車に戻るたび、悪態をつき、深いため息。
数カ月のことなんだから、ちょっとは辛抱しろよ。ったくそんなこと、最初っからわかってたじゃん。と思うのだが、どうもだめらしい。これからホテル内の物件などをあたる必要がありそうだ。
まだまだ、定住までの道のりは遠いぞ。