夕方、近所へ買い物に出かけた。カニンガムロード沿いにある工芸品店で、テーブルクロスを買おうと思う。目的の物を買い終えて、店を出ようかと思いきや、
「すばらしいベッドカヴァーを入荷したんです。見て行きませんか?」
と、店の主人。そう言うが早いか、店のボーイズに合図をする。ボーイズ、速やかに身を翻らせて棚へ駆け寄り、次から次に、取り出す取り出す。ああ! またしても、美しき絹、絹、絹よ!
「これらは、カシミールから布を取り寄せて、地元で縫製しているんです。最高品質のベッドカヴァーですよ。ピローケースにクッションカヴァーも付いてます」
緻密なデザインと刺繍、滑らかな肌触り、丁寧な縫製……。本当に、見事だ。今まで見たベッドカヴァーの中でも、確かに最もクオリティの高い部類に属すると思われる。「写真を撮らせて」言うわたしを、「好感触」と判断したのか、店主も積極的なセールスを展開する。
「当店で最もお勧めの品なんです。今のところ、4種類だけ入荷しています。ぜひ見てください。少しお安くしますよ」
値段は300ドル程度。このクオリティなら納得のお値段だ。とはいえもう、すでにベッドカヴァーは何枚か買ったし、これ以上は当面不要だ。けれど、実に美しい。欲しくなるから困ったものだ。でもこんなことではきりがない。ふらりとご近所の店で、毎度衝動買いしてる場合ではない。
「夫に相談してからにします」
この一言を武器に、ともかくは、逃げる。逃げながらも、しかし、見たい。
いずれも、光沢が上品で美しい。光のあたり具合によって、色彩が微妙に異なるのがいい。自然光、電灯と、光の種類によっても、質感が異なって見えるようだ。
普段なら、上の写真の赤い布が好きだわ、と思うところだが、黒地にカラフルな模様が施されたこの布の質感がよかった。黒なのに重くなく、カラフルな色もまた上品だ。
「このベッドカヴァーには、このカーペットが似合いますよ!」と店主が指差せば、ボーイがすかさず簀巻き状のカーペットを抱え、端々を握り、くるるるる〜〜ん、と広げる。「どうだ!」と言わんばかりのプレゼンテーションだ。
それはそうと、土足で商品を踏むのはやめてほしいね。繊細できれい好きな日本人としては。でも、インドじゃこれが普通なの。テーブルクロスでも、床にじゃんじゃか広げて、上からどしどし歩いたりするしね。「シルクよ、シルク! 高いのよ!」 と買いもしないわたしが、気を揉んでどうする。
ちなみにこの左の写真のカーペット(上の大きな写真と同じ商品)、500ドル程度だとか。この間わたしが買った、怪しげに安いカーペットよりは、質もかなり「本気」。デザインのきめが少々粗いとはいえ、いい品に思える。手触りもいいし、光沢も美しい。でも、買わんよ。
買わんよ。って言っているのに、
「マダム、見るだけ。ノープレブレム!」
と、わけわからん自己完結な発言を繰り返して店主、再びボーイズ(おじさん含む)に指令を出す。今度は二人掛かりで大きなカーペットの端と端を持ち、またしても、どうだ! ずさささささ〜ん、と広げる。すごい。きれいだ。でも、もう夜も更けて来た。帰らせてくれ。
「マダム、見てください。パーティーのときなんかには、ほら、こうして裏返すといいんです。裏返しても十分に、模様が美しいでしょ!」
確かにおっしゃる通り! なるほどね。大人数のパーティーのときなんかは、無闇に踏みつけられるのが嫌な人もあろう。そんな人たちにうってつけではないか。
でも、買わんよ。早く、テーブルクロスと壁飾り(米国から絵画のフレームやタペストリーが届くまで、シルク製のリーズナブルな壁飾りでお茶を濁すことにしたのだ)の精算をしてくれ。
と言っているのに、店員に精算をさせている間も、
「マダム、こちらへどうぞ。このパシュミナ、カシミアのストールもいいでしょ。これは新しいデザイン。ウールなら20ドル程度ですよ」
と、ドルで提示してくれる。
彼らの店は家族経営らしく、カシミールの製造業者から直接買い取っているので、他の店よりも安いのだと言う。MGロード沿いの店は観光客相手だが、この店は場所柄、地元の客が9割ということもあり、店主曰く「信頼の於ける店」とのこと。店主曰く、ね。
「僕はコテージ・エンポリウム(確か半国営の、インド各地に店舗を持つ代表的なインド工芸品店)に5年勤務していたから、商品の事情はよくわかってます。あそこの商品よりも遥かに安く、同じクオリティの商品を、ここでは販売してるんですよ」
「先日の、カシミールで地震の影響で、多くの手工芸職人たちの暮らしが危機に瀕しています。ぼくらは、彼らのためにも、より多くの商品を売りたいんですよ」
人情味に訴えかける作戦だ。
ともあれ、今日は、買わん。買わんのだ! 欲しいけど、買わぬ。
「ご近所だから、また夫と一緒に来ますよ」
といいながら、店を出た。もう、うっかりカーペットやらなんやらかんやら、買ってしまいそうで、近所の散歩でさえ、本当に危険だここは。