小さい頃、よく泣いた。
転んでは、泣いた。
痛い気がして泣いた。
祖母の家がいやで泣いた。
帰りたい気がして泣いた。
お姉さんになってから、
ようやく泣きやんだ。
小学校の夏休み。
みんなで出かけた山でのキャンプ。
湿った森の、木と土の匂い。
カレーと、
飯盒の底の焦げたごはんの匂い。
キャンプファイヤー。
火をおこす先生の顔。
炎に照らされている友達の顔。
みんな笑っている。
みんな笑っている!
しっかり者のお姉さんは、
途方もない心細さに、
密やかに、泣きたくなった。
一体誰が、わたしの友達?
友達とは、何だったろう。
いやな子供だったろう。
満天の星空が、怖かった。
父の膝の上で、
父に抱かれて泣いたのは、
小学校五年生の夏が最後だった。
歳を重ねれば重ねるほど、
幸いにも、鈍感になっていく。
やがて無難に、大人になれた。
幾月もひとりきりで、旅をできるようになれた。
仕事でも、遊びでも、誰とでも、どこへでも、
泣きもせず、騒ぎもせず。
善き物が、見えるようになれた。
良き物を、追えるようになれた。
いくつもの国境を越え、
いくつもの土地を踏み、
敢えて心細くした。
寄る辺なき不安の所在など、
突き止められはしないとわかった。
出会って、別れて、出会って、別れた。
それを繰り返し続けた。
茫漠の大地に、歳月は溶けていった。
今、インドという国の、ジャングルにいる。
雨粒を頬に受けながら、
泥水を弾き飛ばしながら、
薄暮の森を、走り抜ける。
象や鹿や猿が住む森を。
この国が我が故国のひとつとなりて。
ジャングル、という言葉が、
この国で生まれたことを知ったのは、いつだったか。
最早、どこからも遠くない。
歳月を、
溶かしながら、
溶かしながら、
ひたすらに往く。
[5月27日。ジャングルにて、父の三回忌を迎える。]