■英語教育と国際化。優先順位の差はあれ、語学力は必要だと思う
日本を離れて十年がたつ。海外居住経験者なら、おそらく誰もが経験しているであろう、離れて初めて見えてくる日本の素顔に対する戸惑い。わたし自身、その例に漏れず、折に触れ、困惑に直面して来た。
日本の外交が、今日のような有様(なにかと腑抜け)になった原因の多くは、60年前の敗戦とその後の占領期にあることは明らかで、その時代の有様に関心を抱くとともに、かつてから折に触れ、関連書物を幾度か紐解いてきた。
先日、日本から取り寄せた本の中に、『白洲次郎-占領を背負った男』というのがある。こういう人がいて、こういう経緯のもとに、現在の日本国憲法が定められたのだと知り、改めて愕然とする思いで読み終えた。
と同時に、「国際化」「国際人」という定義、ありかたについて、改めて思いを馳せる。米国に住んでいたころから、しばしば「日本人の国際化」について考えさせられる機会があった。海外に暮らす過程で、自分の心境にどのような変化があったかを知りたくなり、先刻、ホームページから過去の記事をいくつか探した。
数年前と今とでは、思うところも微妙に異なるが、ともあれ、改めて今日はここに四本、抜粋したので、非常に長いけれど、読んでいただければと思う。
さて、『白洲次郎-占領を背負った男』を読むと同時に、ベストセラーらしき藤原正彦著の『国家の品格』を読んだ。日本に住んでいたころ、藤原氏の執筆するコラムや記事などを、興味深く読んだ経緯がある。
『国家の品格』の中で語られていること、たとえば日本的な情緒の育成、論理一辺倒の社会に対する警告など、共感を覚えるところが多い。が、一方で、「英語教育」に関するあたりの記述が、非常に誤解を与えやすいと思われた。
氏は小学校に於ける義務教育として、英語の授業を導入することに反対しておられる。英語をやるよりもまず、国語や算数などを徹底してやるべきであるという。氏が、「国際人」=「英語が話せる」という単純な図式に陥りがちな日本人に対して警鐘を鳴らしていることは、理解できるし、共感を覚える。
では、いつ、どうやって、英語力を身につけるのか。中学、高校の英語教育を、では、いかに改革すればいいのか。一番知りたいそのあたりが、不明瞭だ。そういうことは、各々の家庭が家族レベルで考えて行くべきなのか。
藤原氏はまた、「真の国際人には外国語は関係ない」と断言なさっておられるが、優先順位の差はあれ、関係ないではすまされないとわたしは思う。
実際に、小さい頃から外国語に親しみ、英語を操ることが出来、海外の人たちと対等に渡り合える素地を持っているご本人が書かれていることとして読み進めると、若干、抵抗を覚える。
30歳を過ぎて日本を離れ、ようやく英語を本気で学び、異国で暮らした者として、どうして子供の頃から勉強しておかなかったかと悔やまれるばかりであった。時間もお金も労力も、計り知れず、かけてきた。それでも、まだまだ壁の高い、英語である。
中途半端とはいえ、しかしそれなりに会話のできる英語力を身につけたお陰で、わたし自身の世界は格段に広がった。これについては、一言では語り尽くせない。
いくら自国に誇りを持っていても、語るべきなにかを抱えていても、それを伝えるべき手段であるところの「会話力」を持ち合わせていなければ、宝の持ち腐れとなってしまう。いくら日本人にとって英語は極めて難しい言語であると開き直ったところで、何も得られないし、伝えられない。
英語が国際語となっている現在、英語を身につけねば、多くの外国人とコミュニケーションが図れないのは、受け入れがたくも事実である。
現在の日本人が、自国をよく知り、誇りを持っているからといって、言葉ができないにも関わらず、外国人と堂々と渡り合うことができるようになるとは思えない。
藤原氏のように、語学に堪能な人物にこそ、国際化の波に乗るために必要な事項の優先順位の差はあれ、では外国語を、どのようなタイミングで、どのような手段、方法で身に付けるのがいいのか、といった、具体的なアイデアをも、教授していただきたいと思うのである。
わたし自身の経験に則して言えば、言葉ができようができまいが、まずは外国人に対峙する際の日本人には、「堂々としていてほしい」ということを思う。もちろん、欧米人にもアジア人にも同様に、対等にの姿勢で。
日本的礼節は重んじながらも、しかし、「堂々と」。最初は演技でもいい。やがては、それが身に付いてきて、自然の立ち居振る舞いとなるだろう。
「偉そうにすること」と、「堂々とすること」は、当たり前だが違う。
思いつくまま、まとまりのない文章となったが、取りあえず、載せる。過去の記事も、以下に載せる。
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以下、ホームページに転載してるメールマガジンの記事ニューヨーク&ワシントンDC通信より、過去を遡って抜粋した。
●「国際化」したほうが、得することも多分、多々ある。 (3/24/2001)
「国際化」という言葉をして、日本では「アメリカナイズ」と混同されてしまうことが多いように思われる。「コスモポリタン」「グローバル」など、手垢が付きすぎたように思われる言葉も、主にはアメリカを意識したもので、例えば「中国的に」「ケニア的に」国際化するとイメージする人はいないだろう。
世界の中心を気取っているアメリカに、そして自国が一番だと悠然とした態度でいるアメリカ人に、「図に乗りすぎじゃない?」「何様なの、あなたは?」と思うことがしばしばだが、それでもこの国の経済や政策が、全世界に大きな影響を及ぼしていることは、善し悪しは別として事実である。
たとえば、どんなに技術や素養や資質があっても、それを世界的に通用させようとするならば、やはりアメリカ、もしくはヨーロッパの壁をうち破ることが、「グローバル」の第一歩であることは、事実であろう。本国内にとどまらず、海外においても何らかの業績を上げるとなると、同じ土俵に立つ必要がある。
なぜ、こんなことを書いているのかといえば、夕べ、カリフォルニアのカンファレンスから帰ってきたばかりのA男(注:アルヴィンド)の話を聞いたからだ。
今週の月曜から水曜にかけて、ロサンゼルスのアナハイムというところで、OFC(Optical Fiber Communication Conference and Exihibit)というテレコム関係のトレードショーのようなものが開催されていた。A男は、最近テレコム関係の投資についても担当し始めたため、リサーチを兼ねて出かけたのだ。
このカンファレンスには世界各国から1000社以上が参加し、4万人近くの人々が参加したという。広大な会場に、各社がブースを設け、それぞれに趣向を凝らしたプレゼンテーションをする。
正確な数字ではないが、A男によると日本の企業も50社ほどが参加していたという。そのいくつかのブースを訪れた彼いわく、
「日本の会社、名前は覚えてないけど、プレゼンテーションがひどかったよ。研究者が自分でプレゼンテーションしなければいけないから、しかたないのかもしれないけど、髪はぼさぼさだし、よれっとしたスーツ着てるし、頼りない感じでね。すごく小さな声で説明するから、なんて言ってるか全然わからなくってさ。日頃、ミホのひどい英語で鍛えられてる僕でさえ、何一つわからないんだもん」
アメリカ企業の多くは、ブースの演出にも趣向を凝らし、参加者の注意を引くための工夫をしているのに対し、日本や中国の企業は比較的地味なところが多く、印象に残らなかったという。
「あと、OHP(オーバーヘッドプロジェクト)で説明をしてる日本のブースがあったんだけどね、スライドが、ずーっと斜めに傾いて映し出されてるの。みんな首を曲げて見てるんだけど、どうしてまっすぐに直さないのか不思議だった。あと、質問されると、いちいち驚いた仕草で『あっ、えーと』『あっ、えーと』って繰り返す人もいて、すごく変だったよ」
日本人を悪く言うと、私が気分を害すると知っていて、彼は嫌みなコメントを続ける。しかしながら、彼の話には腹が立つけれど考えさせられるものがあった。
どんなに優秀な企業でも人物でも、持っている実力を表現できなければ、相手に何も伝えられない。ましてや、数多くのブースから際立ち、自らの研究成果や企業レベルを忠実に伝えるには、効果的なプレゼンテーションの方法を模索するべきだろう。
(このカンフェレンスに於ける)「世界基準」はこの場合、悔しいけれどアメリカ合衆国だから、この国の研究者の「俳優じみた」話しぶりにも、学ぶべき所はあるだろう。
わたし自身、日本では比較的自己主張の強い性格だったはずだが、アメリカ人に比べると押しが弱いし、まったく敵わない。こちらの子供たちは小学校3,4年生からディベート(討論)のクラスが始まり、自分の思っていることをはっきりと効果的に表現する「訓練」をしている。
私は、日本のマスコミなどの風潮が、何かといえば「アメリカでは」「欧米では」と、外国の事情を引き合いに出し、日本に対して自虐的な評価をすることに抵抗を覚える。それぞれにバックグラウンドが異なるのだから、一つの結果だけを取り上げて、海外(欧米)の基準を礼賛するのは好ましくない。いたずらに自国の在り方を否定するばかりだ。
しかしながら、このプレゼンテーションなどについては、「アメリカ並み」に「厚かましく」やるべきだと思う。実力がないから理解されないならまだしも、実力があるのに表現のまずさから評価されないのは残念だ。しかも、日本人がいつもおどおどしてはっきりものを言わないことを理由に「舐められる」「見下される」のも、非常に腹立たしい。
決して「媚びる」のではなく、堂々と「意思表示する」ことが、必要なのだ。それは、自国、もしくは自分のやっていることに誇りを持っていなければ、あるいはできないことなのかもしれない。
アメリカのカンファレンスに参加する日本企業は、作戦をしっかりと練って挑むべきではないかと、余計なお世話ながら思わずにはいられない。
●「先進国」「発展途上国」という、言葉について考えた。(1/25/2004)
世間では、「第三世界」であり「発展途上国」であるとされるインドから、わたしたちは「先進国」であり「超大国」の首都であるワシントンDCに戻ってきた。
空港から自宅へのタクシーの道中、その広く、見晴らしの良い、美しいハイウェイをなめらかに走りながら、わたしは、自分がここに住んでいることすらが、なにか夢の中のことのように思えた。
道は凸凹、都市の空気は悪く、街は汚く、喧騒に満ちたインド。無論、田舎の田園地帯はのどかで穏やかで、都市部のそれとは異なるが、いずれにせよ、至る所が「濃密」なインド。それに対し、この国の、なんという爽やかさ。淡泊さ。そして希薄さ。
わたしは、インド旅行中、しばしば自分の「価値観の場所」を定めるのに混乱した。物価の違い、貧富の差、生活水準……。
わたしは、子供のころこそ、まだまだ「発展途上国」だったはずの日本に育ったが、大人になってからは、すっかり「先進国」となった日本の価値観の中で生きてきた。そして、「先進国」とか「発展途上国」という概念を、特に疑うことなく、さりげなく、受け止めてきた。
昨今のわたしにはしかし、その、あくまでも「経済」もしくは「産業文明」においての尺度であり区別であるはずの「先進国 Developed」とか「発展途上国 Developing」といった括りが、地球規模で、とんでもない勘違いを育んでいるように思えてならない。
あくまでも「経済的」なはずの、その「優劣の基準」が、国全体の文化や、さらには人間個人個人の「質」にまで及んでいると、勘違いをしている「先進国の住民」が、米国をはじめ世界中に散らばっている気がするのである。
わたしの経験のなかで、それが顕著でわかりやすい例を挙げたい。それは約十年前、わたしがモンゴルでの一人旅を終え、日本に帰国すべく北京に戻り、空港の近くのホテルに宿泊していたときのことだ。
わたしはホテルの近くにある家族経営の小さな食堂で、一人、その店自慢の水餃子を食べたあと、店の従業員の女の子と親しくなり、筆談を交わしていた。道路脇にあるその食堂の料理はとてもおいしく、トラックやタクシーの運転手が常連客のようだった。
夜、昼とそこに通ったわたしが、今夜、街のホテルに移ると言ったら、家族揃って「うちへ泊まりにおいで」と誘ってくれ、団地住まいの彼らの家に1泊させてもらった経緯がある。
さて、わたしが食事を終えたころ、日本人の男性二人と、通訳の中国人女性が店に入ってきた。
40代ほどの日本人男性が、通訳を通して、餃子を頼んだ。すると当然のように、店自慢の水餃子が出てきた。なにしろ、その店は水餃子の専門店だったのだから当然だ。するとその男は通訳を介して、従業員の女の子に言った。
「なんだこれは。俺は焼いた餃子が食べたいんだよ。カリッと焦げ目のついたヤツ。焼いたの持ってきてよ」
通訳は、戸惑う従業員に訳して伝えた。
ほどなくして、焼かれた餃子が出てきた。それを見て、彼は言った。
「ああ、だめだよこれじゃ。全然うまそうに見えないだろ。餃子はちゃんと並べて焼かなきゃ。こんな風にバラバラじゃなくて」
通訳はまた、従業員に伝え、再び餃子の皿は下げられた。北京には、日本の中国料理店に出てくるのと同様、きれいに並んで香ばしく焼かれた餃子を出す店はもちろんある。しかし、中国では、水餃子や蒸し餃子が一般的で、焼き餃子を出さない店も多いのだ。
しかし、従業員は3度目にして、その男の言う「日本的な見栄えの餃子」を持ってきた。すると、その男は言った。
「そうそう、これだよこれ。俺たちはこの近くにある松下電器で働いてるんだが、これから日本人が増えるから、これをメニューに加えるように、って言ってくれ」
通訳は、なんと訳したか、知る術もない。
わたしは、怒りと恥ずかしさと悔しさで、鼓動が高まり、頭に血が上った。けれど、そのころのわたしには、その人に何かを言う勇気がなかった。それが、たまらなく情けなかった。10年過ぎたいまでも、まるで昨日のことのように、はっきりと思い出せるほど、それは印象的な出来事だった。
あの日本人の男は、例えば、イタリアのミラノのレストランで、
「これは俺が好きな、表参道のイタメシ屋のピザと違う。焼き直すように言ってくれ」
と言うだろうか。
「日本人旅行者がたくさん来るから、日本人に合うものをメニューに加えろ」
と言うだろうか。
あるいは、ニューヨークのダイナーで
「このハンバーガーは大きすぎる。トマトもタマネギも分厚すぎる! もっと薄くて食べやすいのを出せ」
と言うだろうか。
無論、インドのレストランで、「日本風のカレーを出せ」と言うことは考えられる。
ここで、細かいことを解説せずとも、お察しいただけると思うので、書かない。つまり、あの日の松下電器のあの男性は、多くの、先進国に住む人々の、シンボルのようにも思えるのだ。
遠い過去の時代から、繰り返される「支配される側」と「支配する側」の力関係。それによって発生する、とんでもない思い違いと勘違い。
少なくとも、わたしにとっては、「文化的・歴史的 発展途上国」である米国よりも、「文化的・歴史的 先進国」のインドの方が、遥かに興味深いということを、今回の旅行を通して知った。
そして、米国や日本という「経済的な先進国」の一員として、自分がさまざまな事柄を「評価」していることにも気がついた。そのことに気づいただけでも、今回の旅はいい経験だった。
多分、これからさき、わたしの中でもさまざまな混乱が発生することになるだろうけれど、それを喜ばしいこととして受け止めようと思う。
●「90秒」と日本と世界 (5/11/2005)
先日の尼崎に於ける列車の事故は、本当に衝撃的だった。最初、インターネットのニュースで「列車事故」という文字が目に飛び込んできたとき、「またインド?」と思ったのだが、それが日本だとわかって、驚いた。
米国のメディアもこの事故について関心が高かったようで、購読しているニューヨークタイムズも、2日間に亘って大きな記事を掲載していた。
1回目の記事は、主には事故のレポートであったが、2回目の記事(4/27付)は "In Japan Crash, Time Obsession May Be Culprit" という見出しで始まる、事故原因についてを考察する記事だった。
「日本の列車事故は、時間に対する強迫観念が原因か?」といった主旨である。
記事は、日本人がいかに時間に対して厳しいかということを軸に展開され、年々顕著になっている列車時刻の過密スケジュールについてなどを紹介しながら、「時間厳守」と「安全性」の優先順位などについて言及している。
ニューヨークタイムズの「いやらしいところ」は、このように他国の習慣を批判する論調の場合、その言葉を「そこの国に住む人のコメント」として紹介するところだ。たとえば今回も、
「日本人は、列車に乗ったら時間通りに目的地に到着するものと信じている。……われわれの社会は融通がきかない。人々も、融通がきかない」
と、鉄道職員のMR. SAWADA(49歳)に言わせている。更に彼は、
「海外に行くと、列車は必ずしも時間どおりに来ない。この惨劇は日本の現代社会と日本人によって生み出されたのだ」
と続けている。また、立教大学のHAGA教授は、
「日本ほど正確に運行する列車は、間違いなく世界のどこにもないだろう」「しかし個人的には、日本人はもっとリラックスし、2、3分の遅れは気にするべきではないと思う。2分後には次の列車が来るというのに、階段を駆け上って出発間際の列車に飛び乗っているのが現状ですから……。」
と語る。また、会社勤務のMR. HABE(67歳)は、
「いつかこんな事故が起こると思っていた。日本は世界一、几帳面(時間厳守)の国だけれど、一番大切なのは安全だ」「この事件は氷山の一角に過ぎない」
と語っている。
確かに、この事件の背景には、さまざまな改善すべき根元的な要因が横たわっているだろう。重要性の優先順位の見直しも必要だし、彼らの言うとおり、「リラックス」することも大切だろう。
記事の主旨は、一見、まっとうだ。けれどわたしは、違和感、不快感に囚われる。
「米国のメディア」に、「まるで高みから評価するみたいに」、言われたくないというのが、正直な心境である。そもそも、このような生活文化や習慣に起因する事故について、他国と日本を比較することに、あまり意味はないと思うからだ。
記事には「通勤電車の場合、列車が何分遅れたら "遅れている" と感じるか」という調査結果の棒グラフが掲載されていた。西日本鉄道の場合、1分、英国のテムズリンクが5分、ニューヨークのメトロノースが6分とある。
こんな比較は、実に「無意味」で「ナンセンス」だと、わたしは思う。そもそもの基準、スタンダード、標準が違うもの同士を、比較しようがない。
日米は、国土の広さが違う。人口密度が違う。通勤時に列車に頼る人たちの人数が違う。人々の「時間を守って仕事をきちんとこなそう」という真剣みが違う……。と挙げれば切りがないほど、背景が異なっている。
主流をなす精神構造が大きく異なる日本において、米国流に「リラックスしろ」と言われたところで、それは一朝一夕にできることではない。そうすることで問題が解決するとも思えない。
米国をはじめ、他国の人々からみれば、日本人の「スケジュール管理能力」は、多分「神業」の域である。それは、海外に出ればよくわかることだ。その神業を巧みにこなしていた中で、今回の悲劇は起きてしまった。
だからといって、他国と比較した上で、「リラックスしろ」だの「日本人は時間に厳しいから事故が起こった」などと言うのは、やはり論点がずれていると思う。
わたし自身、編集者という職業柄もあり、多分平均的日本人以上に、スケジュール管理を重視してきた。フリーランスになってからはなお、「時間対効果」を考え、いかに効率よく仕事をし、収入を得、自由時間を作り、好きなことをしながら生活するかがテーマだった。
スケジュールを管理すること、時間を守ることによって得られる利点は多い。それは自分の能力管理にも結びつく。時間をうまくマネジメントできるというのは、肯定されるべき才能の一つだとも思う。
多分、日本人にとってはまた、時間を守ることは即ち、相手に対する「誠意」の現れでもある。
だから、時間に鈍感な国の人に、日本人の「長所とみなされる部分」を否定されるのは、どうも納得がいかないのである。確かに、それは「過剰」であるにせよ、改善の余地が大きくあるにせよ、今回の事故の原因を、そこに集約しないでほしいのである。
これでは、「時間を守る (punctuality)」=「融通がきかない (no flexibility)」と言っているようなものだ。だとしたら、「時間にだらしない」=「融通がきく」ということになるのか。それは違うはずだ。あくせくとするだけが、時間を守るための手段ではない。
わたしは、ニューヨークからDCに行き来する際、アムトラックと呼ばれる長距離列車を利用している。これまで何十回と乗ったが、1時間に1本のこの電車が、時間どおりに発車したことは数回しかない。数分から数十分遅れるのはごく普通のことだ。
特に、ボストン発、ニューヨーク経由でDC入りする便は、遅れて当然という状況で、便がキャンセルになることもしばしばだ。ペンステーションで1時間以上待つことは、最早慣れっこである。
車社会の米国で、鉄道は斜陽産業とはいえ、その運行スケジュールの不確かさは著しい。
更に、ニューヨークのペンステーションの場合、電車が乗り入れるプラットフォームは毎回、違う場所ときている。電車が到着する直前まで、どこに行けばいいのかわからない。
人々は、出発の数十分前から、バナナをもぐもぐ食べたり、アンティ・アンのプレッツェルをかじったり、時にスーツケースの上に座ったり、地べたに座り込んだりしながら、手持ちぶさたに、発着案内の表示板を見つめるのである。
やがて自分の列車の到着が近づいてくると、アナウンスに聞き耳を立て、表示板を凝視する。そして "WEST 12" とか "EAST 8"とか案内が出た瞬間に、どどっと皆が、プラットフォームへ向かうエスカレータへ駆けるのである。
わたしなどは、「今日は、"WEST 8"に違いない……」などと、ギャンブルよろしく予測をたて、あらかじめその周辺に立ってみたりする。たまに当たると喜んだりなんかして。
そんな時間にルーズな列車だから、点検は万全で安全なのかと言えばそうではない。数年に一度は脱線事故などが起きているし、死傷者が出る事故も少なくない。台風が来れば止まる。嵐が来れば止まる。すぐにくじける。
列車は座席が広いこともあり、乗り心地は悪くないが、しかし非常に揺れる。読書などしようものなら、たちまち酔う。
米国の鉄道とは、概ね、こういうものなのである。
たとえばワシントンDCの場合、バスもひどい。我が家の界隈には、地下鉄駅がないので、もっぱらバスを利用しているが、このバスがもう、話にならないのだ。バスの乗り心地の悪さもさることながら(DCは道路がガタガタな上に、バスそのものにクッション効果がないせいか、振動が激しい)、時間どおりに来ないのである。
我が家は、マサチューセッツ通りとウィスコンシン通りの交差点に位置しており、それぞれの通りを行く2ルートのバス停がある。どちらも平日の日中は7分から10分おきにバスが来ることになっている。
来ることになっているのだがしかし、10分、20分、30分と待っても来ないことは日常茶飯事。ようやく来たかと思えば、4台5台が団子状態でやって来るのである。列車じゃないんだから。どうしてこんなことになるのか、わたしには、わからない。
米国のバスの場合、どのバスにも身体障害者を車椅子ごと乗せられるようになっており、その際、数分の時間を要するために遅れると言うことも考えられる。しかし、それにしたって、遅れすぎ、乱れすぎである。
このような団子状態は、特に朝や夕方のラッシュ時に起こる。ラッシュ時こそ、定刻通りに、という概念は、通用しないのである。対策もとってなさそうである。従って、バスを待つ人たちと世間話になることも少なくなく、数十分ののちにようやくバスが来た日には、
「やれやれ、永遠に来ないかと思ったわよね〜」などと言い合うのである。
そんなわけで、わたしはここから徒歩30分ほどのジョージタウンへも、デュポンサークルへも、しばしば歩いていく。バスを待っていると時間の無駄なのである。エクササイズによいのである。
歩いている間、1度たりともバスに追い越されないことも多々あり、そんなときは、「歩いてよかった!」と、妙な達成感すら覚えてしまう。
こういう事情を鑑みれば、米国と日本を比較することが無意味であると、お分かりいただけるかと思う。
「90秒」を「遅れた」とみなす日本について、短絡的に異常視するのはよしてほしいと思う。
●それぞれの国で、それぞれの理想を。(5/11/2005)
以前も書いた気がするが、また書きたくなったので、書く。『街の灯』でも、いくつかのエピソードで触れたことだが、わたしが米国に暮らしはじめてまもなく驚いた、というか呆れたのは、米国のサービス業のサービスの悪さ、時間のルーズさ、インフラストラクチャーの悪さであった。
たとえばトラブルは、引っ越しのときから始まる。家具は時間通りに来ない、荷物も予定通りに届かない、電話工事に手間がかかる……と枚挙に暇がない。多人種が混在するニューヨークだからか、統制がとれぬ故にか、とも思ったが、ワシントンDCも負けてはいない。
そもそもDCは財政難のせいで、超大国の首都とは思えぬほど、インフラが劣悪だ。まず、水道管が古い。詳しいことは忘れたが、怖ろしく古いらしい。
数年前、あるメディアでジョージタウン近辺の水は「人体に悪影響を及ぼすほど」汚れていると取り沙汰された。それを受けて、去年だったか、水道局から通知が届いた。「水道管工事のため、当面、水道水に薬品を多めに混入しますが、健康を害することはありません」と。
健康を害さないと言われたって、「薬品が多めに混入されている」と言われては、いかにも気持ち悪い。だから水道水をそのまま飲むことはない。
街角ではしょっちゅう、水道管が破裂して、路上から水があふれ出している。それが何日も放置されていることもある。それに伴い、道路が陥没することも多々ある。だからDCの道路にはつぎはぎが多い。
巨大な鉄板で蓋をすることで、お茶を濁されているところも多い。車が通過するたびにガンガンと音が鳴り、うるさい。
水道管が破裂する分には、まだいい。水だから。
数年前は、ダウンタウンのホワイトハウス近くで、老朽化したガス管からガスが漏れた。そのガスが路上を走る車の摩擦熱で引火し、車は炎上、幸い、ドライバーは逃げたものの、しばらくの間、道路から炎があがっていた。フランベじゃあるまいし、路上がメラメラと燃えてどうするのだ。
ワシントンDCは、街路樹が多く緑豊かで、自然美に満ちているのは長所である。しかし長所は即ち短所にも転ずる。
育ちすぎた街路樹は、最早舗道の定められたスペースにおさまりきれず、根があふれだしている。そんな木々は台風が来るたびにあちらこちらでバタバタと倒れ、電線をなぎ倒し、停電させ、家屋を破壊する。
2年前の台風では1、2日は当たり前、1週間近くも電気が復旧しなかった家もあった。そんなこともあり、我が家の2ブロック先にあった、美しい並木道の巨木らは、つい最近、すべて伐採されてしまった。
DC内の公立学校の設備も劣悪で、「水漏れのために図書館が利用できない」とか、「椅子や机がボロボロだ」といった問題もよく聞かれる。市長曰く「教育費に予算を割く努力はしているが、追いつかない」とのこと。
挙げればきりがないが、米国とは、超大国とはいえ、それなりにたいそうな問題を抱えているのである。
つまりここでも、言いたいことは似通っているのだが、日本のメディアそのものにも、そしてそれに登場するの知識人たちにも、何か事件やトラブルがあるたびに、「米国では云々」と、まるで「お手本」を語るみたいに米国のことを引き合いにださないでほしいのである。
これだけ世界中の情報がすぐさま手に入る現代なのだから、幻想や想像をもとに語らないでほしいのである。なるたけ真実に近いことがらを、的確に、伝えて欲しい。さもなくば、解決の糸口が見つからない。核心がぼやける。
ところで最近、日本人が著したインド関連の本を大量に購入して読んだ。
読み進むうち、不快な気持ちにさせられることが少なくなかった。書き手の視点は、当然ながら「日本-インド」の二国間に限られているため、日印の違いがことさらに強調されている。それはおもしろおかしいのだが、同時にインドを「見下した」様子に満ちている。
「時間を守らない」「いい加減」「人をだます」「インフラめちゃくちゃ」「汚い」「貧富の差、激しすぎ」
確かにその通りだ。否定はすまい。けれど、PIOカードも取得して半ばインド人のわたしとしては、私情もばんばん挟みつつの感情ではあるが、その「見下す姿勢」が腹立たしい。
米国での「時間を守らない」は「大らかさ」とか「融通がきく」などといい風に解釈され、インドでの「時間を守らない」は「だらしない」とか「いい加減」などと悪い風に解釈されるのだ。そのダブルスタンダード(二重基準)が、やな感じ。
「インドでは、家を改装するときに、部屋の壁にペンキを重ね塗るから壁が厚くなり、コンセントのカバーもはずさずにペンキを塗るから、カバーにペンキの汚れがついてしまう」といった記述を読んだときに思った。それって、ニューヨークと同じじゃない、と。
以前、ニューヨークで会社勤めをしていたときのこと。ニューヨークではさまざまに予期しない事情が起こるから、遅刻する人も少なくなかったのだ。ある朝、同僚から
「ベッドルームの壁が崩れ落ちたので、遅れます」と連絡が入った。
古いアパートメントの壁が、塗り重ねられたペンキの重みで、ズサササーッと崩壊したというのだ。その様を想像して、気の毒だが、最早コメディだと思う。
こんなこともあった。イーストヴィレッジに住んでいた知人が住むタウンハウスの向かいのタウンハウスが、ある日突然、「自然崩壊」したのだ。幸い、日中で、誰もいなかったから死傷者はいなかったものの、突然、タウンハウスが崩れ落ちたというから驚く。
その残骸を呆然と見つめていた知人に、年老いたご近所さんが言ったという。「君の住んでるタウンハウスは、あれと同じ時期に建てられたはずだから、気を付けた方がいいよ」と。
気を付けろと言われてもねえ……。じわじわと歩け、とでも言うのか。タウンハウスが自然崩壊した事件は、わたしの知る限り、5年間で2件あった。ともかく、この国はこの国なりに、日本では考えられないような出来事が、至るところで起こっているのである。
ネズミも出る。ゴキブリも出る。壁も崩れ落ちる。ペンキの厚みでコンセントにプラグが差し込めない。立て付けが悪くてドアが上手く閉まらない。床が何となく傾いている。天井の梁が歪んでいる。これもまた、ニューヨークの現実である。そういう現実と戦いながら、人々は強くなっていくのである。
うまく結論を締めくくれないが、グローバルだのインターナショナルだのと、世界に目を向けることも大切だけれど、何か問題が起こったときのその対策は、決して汎用性のあるものではないということを、改めて言いたい。