そんな次第で、大量マンゴーを購入したのち、一旦タクシーでホテルに戻り、シャワーを浴びてランチを食べ、午後になってから再び街へと繰り出した。
Churchgate駅にほど近いMarine Lineで車を降り、数軒のサリー専門店を訪ねる。毎度書いていることだが、サリー店には無数の色、柄、デザインのサリーが山とあり、いったい何からどう見て行けばいいのか、いつもわからなくなってしまう。
「ちょっと待って!」
と店の人を制しなければ、次から次へと、布は棚から引っ張り出され、バッサンバッサン広げられるので、脳内情報処理能力が追いつかないのである。
明らかに苦手な色やデザインは、即座に「ノー」「ノー」と反応できるが、いいか悪いかわからない、曖昧なものの判断には時間がかかる。それだけたくさんのデザインがありながら、しかし「これだ!」というものになかなか出合えないというのも、不思議なことではある。
今回は、別段サリーを購入するつもりではなかったのだが、せっかくムンバイに来たのだから、ムンバイらしいサリー、もしくはレンガー&チョーリーを買おうかしらん……。という気分になっている。
すでに、わたしは十着ほどのサリーを持っているが、いずれも「比較的クラシック」で、「華やかながらも封建的」なデザインである。一方、ムンバイには「デザイナーズ・コレクション」のサリーも少なくなく、奇抜でモダンなデザインのものもしばしば見られる。
度肝を抜かれるほど派手なデザインが多いムンバイのサリーにあって、モダンなデザインは色の取り合わせがより鮮烈で(真っ青&オレンジとか、黒&赤とか、黄色&ショッキングピンクとか)、日本人にしてはかなり派手好きなわたしでも、到底、手のでないものばかり。
強烈な色合いに加え、スパンコールやらビーズやらがごてごてと刺繍されているものばかりで、やたらと重量感がある。ともかく、派手である。
数軒を巡った挙げ句、しかし一番印象に残っているのは、一昨日訪れたQueensという店の、赤いレンガー&チョーリーだ。やっぱりあれを買おうかしらん。いったいいつ、着るのかしらん。
と思いつつ、最後にQueensに隣接するRoop Kalaという店に入った。他の店と同様、サリー、レンガー、そして既成のサルワールカミーズなどが並んでいる。
店の兄さんの一人が密着して、商品をあれこれと説明してくれる。わたしが自分の好みを説明すると、兄さんは、他の青年部隊に指示して、あっちの棚、こっちの棚からサリーを引っぱり出させる。
しかし、「これだ!」というものは、なかなか出てこない。今日のところは引き上げよう……と思った矢先、お兄さんが、
「これは我が社専属のデザイナーによるオリジナルのサリーです」
といって白地にビーズの刺繍が施されたサリーを広げてくれた。
通常、サリーの布は長方形の一枚布だが、このサリーはスカーフの部分が微妙に細く曲線的にカットされており、身体に巻き付けたとき、刺繍がきれいに見えるよう、工夫されている。
これは、いいかも。と思うが早いが、試着担当の小柄なお兄さんがてきぱきとプリーツを寄せ、鏡の前にわたしを招き、くるくると身体に巻き付けて試着させてくれる。
すてき、かも……?
と思っていると、周りのお客さんが、「ま〜あ、あなた、それ素敵だわ〜!」「よくお似合いよ〜!」などと声をかけてくれるので、すっかりその気になってしまう。
値段は、サリーにしては決して安いとはいえないが、昨今のインドデザイナーズブランドの服や、先進国ブランド(!)のドレスなどに比べれば、ぐっとリーズナブルである。
よし、これを買おう、と思う。が、問題がある。ブラウスを、作ってもらわねばならないが、我々は明日、バンガロールに戻る。今日中に作ってもらうことが、果たしてできるのか。その旨、兄さんに伝えたところ、
「普通は数日、時間をもらうんですけどね……」
「でも、どうしても今夜中に欲しいんです。ホテルに配達してくれますか?」
「ホテルに配達するのは問題ありませんが……、ともかくテイラーに電話をしてみます」
十分ほどしてテイラーがやってきた。すでに時計は5時近くをさしている。難色を示すテイラーに頼み込み、なんとか「数時間仕上げ」で届けてもらうことにした。
そこまで頼んでおきながら、「割引できる?」と店のお兄さんに尋ねてみたりするマダム。5パーセント、割引してくれた。
店の兄さん曰く、このRoop Kalaという店は界隈で最も古く創業60年以上だという。自社工場でオリジナルのデザインを生産していて、だからわたしが買ったこのサリーも「世界でひとつしかないんですよ」と、希少価値の高さをアピールする。
その一方で、隣のお兄さんは、
「自社工場ですから、オーダーメイドも承りますよ。同じデザインが欲しいときは、十着でも二十着でも、注文を受けられます」
と、矛盾したことを言ったりもするが、気にすまい。
世間話のついでに聞いたところによると、インドでは結婚時に21着のサリーを用意するらしい。10着は花嫁自らのサリーで、残り11着は「贈答用」として、多めに用意しておくのだとか。真偽のほどは定かではないが、贈答用を常に用意しておくというのは、興味深い話である。
わたしもインド人の妻として、贈答用を用意しておくべきか。
果たして夜。
ホテルでは、サッカーのワールドカップ開催にちなんで、「ドイツ料理フェア」が行われていた。カクテルに参加し、おいしいワインをいただき、しかし料理は、チーズ、ハム、ソーセージ、マッシュドポテトと、今ひとつ食指を動かされるメニューではなかったので、別のレストランへ行く。
ちょうど食事を終えた頃、サリーが配達されてきた。よかった、間に合って。
ところで明日の夜は、半年に一度開かれるという「バンガロール日本人会」が催される。金色とえんじ色のコンビネーションがお気に入りのサリーを着ていく予定であったが、この「おニュー」を着用しようかと思う。
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2005年11月、インド移住を機に始めた当ブログ。
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