本日土曜日は、香港滞在最終日であり、アルヴィンドの唯一の、休日である。とはいえ、特に計画を立ててはおらず、朝はだらだら〜っと目覚め、朝食ブッフェが終わる直前にカフェに滑りこんで朝食を済ませる。
「今日、どこに行く?」
「どうしようか〜」
お互い、仕事疲れ、遊び疲れで出かける情熱が極めて低いのではあるが、せっかくの、唯一の、休日である。どこか気の利いたところへ行きたいものである。
ホテルのコンシェルジュに尋ねたところ、ランタオ島(大嶼島)にあるポーリン寺(寶蓮禪寺)へ、大仏(天壇大佛)を見に行ってはどうかと言う。島までは、セントラルの埠頭からフェリーで30分ほど。更にフェリー埠頭からバス、あるいはタクシーで30分から40分かかるというが、景観もいいらしく、足をのばす価値はありそうだ。
早速、部屋に戻って準備をし、セントラルの埠頭までタクシーを飛ばす。
船は40分に1本とのことで、数十分待っての乗船。船に乗り込んだ途端に雨が降り始めたものの、雨雲は香港島のあたりを覆うばかりで、行く手のランタオ島方面の空は青空だ。雨雲が追って来ないことを祈りつつ、海辺の風景を見やる。
快適な船旅を経て、ランタオ島の埠頭に到着。快晴! だがその分、太陽の光がじりじりと照りつけて、暑い! 早速タクシーをつかまえて、ポーリン寺を目指す。島の高原地帯にあるとのことで、ワインディングロードをぐんぐんと上りながら行く。
タクシーを降り、ふと振り返ったらそこに、大仏様が鎮座しておられた。
「様」付けで呼ばずにはいられない、更には敬語まで使ってしまわずにはいられない、威厳に満ちた、しかし穏やかな様子で、大仏様は、いらっしゃる。
夫と二人、
"Wow!" "Amazing!"
と感嘆しつつ、早速記念撮影。このポーリン寺は、香港最大の仏教寺院で、1924年に建立されたとのこと。天壇大仏は、十年の歳月をかけて1993年に完成したばかり。なお、屋外の銅像座仏としては、世界最大なのだという。
受付で入場券と、ミールクーポンを購入する。寺内には菜食の食堂があり、参拝者はそこで食事ができるのだ。大仏を見学したあと、そこで遅いランチをとることにした。
照りつける日差しのもと、階段を上る。暑い。が、大仏様の麗しさに、想像以上に心が弾み、足取りは軽い。夫も、「来てよかったね〜」と嬉しそうである。
大仏様の左右に、三体ずつ並んだ仏像がまた、すばらしい。端正なお顔をしていらっしゃる。
空を見上げれば、もくもくと、入道雲。その雲の形がまた、すばらしい! まるでDancing Buddhaのような形をしている。なんと縁起のいい空であろうか。Dancing Buddhaとは、ちなみに、万歳をする布袋さんである。右がその参考写真である。どうです? 似てるでしょ?
仏像の美しさもさることながら、ここから見下ろす景観もまた見事である。香港の市街からほんの少し離れただけで、こんなにも緑豊かな島嶼に辿り着けるとは。
大仏像の周りをぐるぐると歩き、景観と仏像をじっくりと眺めたあと、大仏像の内部に入る。絵画や書などが展示されているほか、仏陀が火葬された際に出て来たといわれる無数のガラス片(クリスタル?)のうちの2つが展示されているのを見る。が、遠すぎて、よく見えない。
大仏様らをじっくりと眺めたあと、階段を下りて向かい側にあるポーリン寺へ。まずは空腹につき、菜食食堂でランチを。期待していなかった通りの、それなりの料理ではあったが、非常に空腹であったことも幸いし、おいしくいただいた。敢えて言えば、シイタケが、とてもおいしかった。
再びタクシーで、埠頭を目指す。あいにく、船が出たばかりだったので、船着き場の近くにある、なぜかアイリッシュバーで青島(チンタオ)ビールを飲みつつ、次の船を待つ。
我々は、フェリーの一番前の席に座り、船長と同じ視点で海を眺めながら行く。夕映えにきらめく摩天楼を見ていたら、マンハッタンのことが思い出された。
さて、セントラルの埠頭でフェリーを降り、目前にあるifcショッピングモールへ。今回は、初日に日本食料を買い求めた以外、ほとんど買い物をしなかった。香港はショッピングフェスティヴァルの最中で、セールもやっているというのに。
だからって、無理をして何かを買うこともないのだが、最後だし、ちょっとモールを巡ってみようと思う。eccoで、エレガントだけれど歩きやすいサンダルを見つけたので、買った。あとは、なぜか二人して、スーパーマーケットに吸い寄せられる。
ホテルの近くにあるスーパーマーケットよりもこちらの方が規模が大きいので、日本食関係も充実している。ラストチャンスとばかりに、巡る。
アルヴィンドにも、「インドで手に入らないもの、何か買って行こうよ」と言い、二人で見て回る。質のよさそうなジャム、カカオパウダー(ココア)、日本製の茶こし、米国製のミニバター入れ、クッキングシート、寒天、森永ホットケーキミックスなど、なにやらバラバラとしたものを、カートに入れつつ、ゆく。
「ミホ、これはどう? おいしそうだよ!」
アルヴィンドがしゃぶしゃぶ用の牛肉を示す。本気か? 次回は駐在員家族に倣って、保冷用の大きなボックスでも持参するか。取りあえず、今回は却下よ。
米国で、日本で、簡単に手に入っていた見慣れた商品が、簡単に手に入らぬ場所に敢えて引っ越して、確かに不便ではあるのだけれど、こうして物珍しい気持ちで、見慣れていた物らを有り難く思いながら、一つ一つ選んで行く行為というのは、不思議と楽しいものである。
マンハッタンに住んでいたとき、SOHOに日本の食料品店ができたと聞いたとき、よかった、と思うよりは、少し残念な気持ちがした。自分の祖国のものが簡単に手に入るようになるのは悪いことではないのだが、しかし、異国に住んでいる醍醐味は、少々不便であっても、祖国の様子から離れているところにある。
な〜んて、日本米、日本米、と騒いでいるわたしが言ったところで、最早説得力はないのだが。
さて、買い物を終え、最後の夕食である。わたしとしては、おいしい寿司を食べに行きたかったのだが、アルヴィンドは夕べ、同僚と一緒に日本食レストランへ行き、刺身をたっぷり食べてきたらしい。
「僕は今夜はチャイニーズがいいよ。第一、ここは香港だしね。でも、ミホがどうしても寿司がいいっていうのなら、犠牲になるよ」
犠牲(sacrifice)とは、これいかに。まったく大げさな男だ。わかったよ。チャイニーズでいいよ。
海鮮料理の店へ行き、今日はなんだか奮発して、活きたカニ、活きた魚の2種類を調理してもらう。カニは紹興酒入りソース蒸し、魚はあっさり風味にて。
食前の紹興酒、おつまみの豚肉グリルもおいしく、満足の夕餉であった。でも、コストパフォーマンスから考えるに、寿司の方が満足度が高かった気がする。と、最後まで寿司への未練を胸に秘め、まあ贅沢はいうまい、今回もまた、いい旅であった。