なにしろ祝い事の多い、夏のマルハン家周辺である。さて、本日7月18日は、結婚記念日(インド編)5周年記念日だ。以前も記したが、実際に米国で「婚姻」したのは、2006年の6月30日。書類上、我々の婚姻は、米国で成立した。
その後、インドで結婚式を挙げたものの、インドでは、書類上の手続きを行っていない。手続きが煩雑だったらしく、「まあ、いいか」ということになっているようだが、こんなことでいいんだかどうだか。
煩雑っていうか、単に面倒だっただけじゃないかという気もする。加えて、書類にさほどの「効力」があるとも思えぬ。インドだもの。
一方、日本では、わたしの戸籍は両親のもとから抜き、わたしが「世帯主」となり、その戸籍にアルヴィンドが夫として「おまけ」のような書式で、欄外に書き加えられている。日本において、外国人伴侶の扱いとは、かなり失敬なのである。
「インドじゃ、僕は独身だよね〜」
などと、阿呆なことを言っては喜びたがるアルヴィンドではあるが、しかし百万が一、離婚するようなことになった場合、現状のわたしにとっては、米国で結婚をしておいたのは、かなり正解であった。
たとえば我が家のように、夫の方が収入の多い家庭の場合。たとえ妻がどんなに「内助の功」を尽くしていたとしても、日本はもちろん、インドでは、離婚に際しての財産分与において、わたしの方が不利になることは、確実であろう。
「夫の仕事の為に、わたしのキャリアが犠牲になったんです!」などと叫んでみたところで、あまり相手にされないだろう。
しかし、米国は違う。米国にて結婚し、離婚する際、「財産は折半」が基本なのだ。無論、米国の弁護士を依頼して、手続きを依頼する必要があるが、いかにも明快である。
ちなみに米国でMuse Publishing, Inc.を設立した際、手続きを頼んだ弁護士は、「離婚弁護士」でもあるのだ。いざというときは、彼女に頼める。ふふふ。
……あまり結婚記念日にふさわしくない話題だな。何がふふふだ。
「縁起でもない」「起こりえない」話題はさておき、さて、本日は、"Qi"ではなく、パークホテル(The Park)にある、おなじみi-taliaへディナーへ出かけた。
上の写真は、またしても、「アニヴァーサリーなゲストへ、レストランからのプレゼント」なケーキである。
インドのホテルは、太っ腹に大きなケーキをサーヴィスしてくれるのがうれしいものだ。今日もまた、食べきれずにお持ち帰り。明日、スジャータ宅に出張サーヴィスに出かけるモハンに持たせようと思う。
さて、このパークホテルであるが、好奇心で宿泊料を確認したところ、一番安い部屋がUS$350。もちろん税金別だから、税金その他を含むと軽く1泊US$400だろう。一番安い部屋が、ですよ。
バンガロールのホテルは、今や世界一高いんじゃないかと思われる。急激に増えるビジネス客の数に比して、ホテルの総客室数が決定的に少ないのも理由だ。
クオリティが高いホテルなら我慢もできるが、ろくでもないホテルですら、信じがたく高い。年々拍車がかかっている。間違っとる。ちなみにパークホテルはモダンな「ブティックホテル」ではあるけれど、決してラグジュリアスでも豪華でもない、そこそこのホテルである。
インド移住前から考えていたのだが、いっそバンガロールで、B&Bでもオープンしたいと思う。わたしは本気なんだが、なにしろ、デリーに移住するんだかここにずっと住むんだか、はっきりせんからな。じれったいところだ。
どうもデリー行きは年内実現するかしないか、あやしいところのようである。
と、夫に詰め寄ったところで、彼の一存では決められないことはわかっているのだが、詰め寄りたくなる妻。
「どうして、ミホは結論を急ぐの? バンガロールは気候もいいし、ヨガも楽しいし、スジャータたちもいるし、いいじゃない」
もうすっかり、気候とヨガが人生の優先順位の上位のような、いい加減な返事をする夫に、「暖簾に腕押し」「ぬかに釘」「豆腐にかすがい」な気分である。
しかし、冷静に考えてみるに、
・バンガロールからムンバイは近く、出張に行きやすい。
・デリー実家の3階(2ベッドルーム)は、まるまる開いているので、いつでも自由に滞在できる。しかも3食付き。
・バンガロールのホテルはインドで最も高いから、出張の際、いくら会社が払うとはいえ、不経済である。
と、バンガロールに住む利点は少なくない。しかし「近々引っ越すから」ということを理由に、本棚はまだ買っていないし、開封していない書籍入り段ボールも数十箱あるのだ。そういうのを半端に抱える生活がいやなのだ。
と、書いてみれば、なんとも説得力のない浅はかな不満。つまり「一カ所に定住」云々ではなく、要は「いかに自分の人生を再構築するか」わたし自らの心意気次第なのだ。わかっちゃいるのだが、気持ちは理想通りに整ってくれない。
米国生活約10年ののち、渡印。アルヴィンドと出会って10年。結婚して5年。そして我、40歳。なにかと切りのいいこの年に、移住をしたいと思っていた、それが実現したのだから、その先のちまちました動きは思い通りにならなくても辛抱せい! と思う反面、
「バンガロールは、もういい」
などと、この町を、まだよく知りもしないのに失敬なことを思う自分がいやになる。
デリーに行く前に、ヒンディー語の一つでも真剣に勉強せい! と自らに喝をいれたりするのだが、どうもいかん。マダムライフでたるんだ精神を引き締めねば! と思う結婚5年目である。……まだ、結構、新婚さんね。
さりげなく10年を差し引き、30歳の気分で、生きて行こうかと思う。
人生、これからが勝負だ。