明日の日曜日は、エミさんとショーンのお別れパーティーを開く。
料理は家政夫モハンにお任せだけれど、デザートは作ろうと思う。
オーヴンが不調なので、オーヴンを使わなくていいいものを。
マンゴーシーズンが終わる直前に、
最後の最後の、マンゴーヨーグルトムース。
冷蔵庫のチルドルームがいっぱいいっぱいになるくらいを、作る。
それから、久しぶりにクレープを作ろうと思う。
カスタードクリームにホイップクリーム、
バナナにチョコレートソースを添えよう。
夕食後、一人静かなキッチンで、小さめのクレープを、焼く。
最初の何枚かは、ひっくり返すのを失敗して、ちょっと破れてしまった。
それを皿に入れていたのを、
TVを見ていた夫が匂いを嗅ぎ付けて、傍らに立つ。
「味見させて!」と言いながら食べ、
「おいしい!」と言いながら去る。
遠い日の記憶と重なる。
高校に入学したばかりの頃、
家庭科の先生から勧められて買い始めた、
千趣会の頒布会の、お菓子作りの本。
最初に届いたのは、
クレープ、パンケーキ、ドーナツの刊。
ある週末、さっそくキッチンに立ち、
クレープを焼いた。
久しい反抗期も雪解けのころ、
父と、少しずつ言葉を交わし始めていた。
不在がちだった父が、久しぶりに家にいて、
昼寝のあと、キッチンに下りて来た。
うまく焼けていない失敗作を見た彼が、
「これ、食べていいね?」と言いながら、手でつまんで口に入れる。
「こりゃ、うまい!」と言いながら、
「ミホ、失敗作は、ないね?」と言いながら、
何度もキッチンに顔を出す。
むやみやたらと悪態をついていた
中学、高校のころのわたしは、
父とも母とも険悪で、妹とも仲が悪くて、
家ではいつも不機嫌で。
母はキッチンが汚れるからと嫌ったけれど、
部活のない休日は、よく菓子を作った。
日頃とは不似合いの、平和な様子で。
初めてクッキーを焼いたときも、
アップルタルトを焼いたときも、
スイートポテトタルトを作ったときも、
抹茶アイスクリームを作ったときも、
クレープを焼いたときも、
バターの匂いにまみれて、
もう、すでに自分は味見でお腹いっぱいで、
きれいに作り上げたそれらを、
家族に振る舞うのが常だった。
ダイニングテーブルを囲んで、
やはり会話は弾まなくて、
「おいしいね」
「うん、こりゃうまい」
と言うばかりで、皆で静かに、黙々と食べた。
十枚、二十枚、三十枚……。
ゲストの数だけ、黙々と、四十枚のクレープを焼きながら、
遠い日の、父と、家族を思う。
そういえば、今頃日本は、お盆のころか。