8月。といえば、真夏。
だというのに、バンガロールの短い夏は、すでに数カ月前に終了していて、毎日、風がそよそよ吹き込んで来て涼しくて、今が8月であることを忘れてしまい、いいような、いけないような。
思えばニューヨークやワシントンDCの季節は、日本に比較的近いサイクルで春夏秋冬が巡っていたから、「季節感の育む感性」を常に醸造しながら暮らしていたように思う。無論、夏と冬が長く、心地のよい春と秋は短かったけれど、それでも、日本とは異なる米国なりの、四季折々があった。
セントラルパークで、ナショナルカセドラルのビショップスガーデンで、冬の終わり、水仙が開き、それでもまだ寒く、しかしやがてはイースターのころ、しだれ桜が開き始めて、チューリップが色鮮やかに路傍で揺れる。やがては満開のソメイヨシノがワシントンDCを白く染め、リンゴの花、桃の花、ツツジが開くころにはジャケットを脱ぎ、ハナミズキ、バラの可憐、シャクヤクの大輪……。
緑にむせる夏のころは、鳥のさえずり、つばの広い帽子を被り、サングラス越しのくっきり青い空、入道雲。やがて虫の声が聞こえ始めて紅葉、街角の鮮やかにオレンジの色パンプキン、ハロウィーンの飾り付け。風が冷たくなったかと思えば、たちまち木枯らしが吹きクローゼットの奥から冬物を取り出す。
サンクスギヴィングデーのころはコートの襟を立て、手袋をして、温かな帽子を被って歩き、カフェでのやさしげなひととき、マグカップを握る手の温もり。クリスマスのイルミネーションがあちらこちらで、星が降り、天使が舞い、サンタクロースがトナカイとともに。寒くても、どこまでも、歩きたくなるきらびやかな夜景……。
今在る場所から遠いところが、懐かしく見えるのは仕方のないこと。
「片隅の風景」は、思えば四季の情景を主には捉えていたから、書かずにはいられなかったけれど、この地では、彼の地ほどの衝動がわかない。情趣は四季によっても育まれるという事実は、確かだと思う。
こうして書いていた矢先に、ワシントンDC時代、仲良くしていたルーマニア人のシルヴィアとアンドレイからメールが届いた。明日から休暇で、ニューヨークに遊びにいくという。ニューヨークのことを考えていたら、わたしのことを思い出して、メールをくれたのだという。
今の彼の地は夏まっさかりで、この南インドのバンガロールよりも暑くて、なんだか奇妙なものである。
さてさて、今日もまた、ミューズ・クッキングクラスであった。今日の参加者はわたしを加えて8名。テーブルに座れる最大限の人数だ。来週は火曜日に「補習クラス」も設ける予定で、結構、気合いが入って来た。
本日のメニューは下記の通りである。
・プーリー(揚げチャパティ)
・プーリーとよく合うポテトカレー
・インドカボチャの煮込み
・タマネギのスライス、ミント&コリアンダーあえ
上の写真は、マダムらがプーリーを揚げの練習をした結果である。モハンが示す模範的なプーリーは、中央からきれいに膨らみ「ボール状」に仕上がるのだが、生徒らの作品は、いずれも個性的な形状だ。そもそも、チャパティの形がよくないのか、あるいは厚みが均一ではないからか。
誰とは言わぬが、「チャパティを油の中に滑り込ませるように」と言われているにも関わらず、中央あたりから「ポットン」と落としたりするものだから、モハン大慌て。
「ホット! ホット!」
と、いつになく動揺しながら、声をあげているさまがおかしい。油が熱いってことは、みんなわかっているのよ、料理長。
かく言うわたしも傍らで、「そっと滑り込ませるように!」「油を切るときは、鍋の外に油がこぼれないように!」と、おのず、通常以上に声高になっていた。
夜、スジャータとラグヴァンから電話があった折(アルヴィンド出張中につき、わたしの安否を気遣う電話である)、そのことを報告したら、滑り込ませるのがうまくできない人は、大きめの網じゃくしを買って、その上にチャパティを載せて油に入れるのがいい、とアドヴァイスされた。
更には、ラグヴァンから「揚げ物のときは、眼鏡をかけていない人はゴーグルをする方がいい」とまで、言われる。
笑っちゃいかんが、スジャータは自宅で料理をするとき、研究室で着用するのと同じ「白衣」を着ている。更に揚げ物の際には、ゴーグル風の大きな眼鏡をかけるのだ。サイエンティストな二人にふさわしい、キッチンの有様だ。っていうか、かなり変よ。
日本母がヴァラダラジャン宅へランチに出かけたときも、スジャータは白衣着用で、我が母はたいへん、ウケていた。
しかし、料理教室で万一、油が顔に飛んだりしてはたいへんだから、ゴーグル、買っておこうかしらん。でも、あんなもの、どこに売ってるのかしらん。
さて、練習用献立とは別に、コーンスープやキーマカレー風、ライタ、サラダなども準備して、本日も賑やかな食卓。
現在、バンガロール界隈はわたしの好物、「コーン」の季節。プチプチと堅くて猛烈に噛み応えのあるトウモロコシ。某駐在員のお子様をして、「これ、トウモロコシじゃない〜!」と、泣かせてしまったトウモロコシ。
今日の練習用献立のポテトカレーは、いつもより種類豊富にスパイスを使った。中でも「アサフォエティダ」というセリ科のスパイスは初めての使用だ。それにしても、あまりにも、臭い。こんな臭いスパイスがあったとは、という臭さである。
でも、料理にまぜると調和して、マイルドになるのだろうな、と楽観視していた。しかし、食べてみれば、結構、癖が強かった。
「アサフォエティダは、ごく微量に、もしくは使わなくてもいいかもね」
と感想を述べ合ったりもしたのだが、やはり電話でスジャータにその旨を告げたら、あの香りはインド人にとっては「よい」らしい。タマネギやガーリックを入れるかわりに使ったりもするらしい。
それでもって、アサフォエティダは、身体のために、ものすごくいいらしい。ことに消化吸収を助け、胃腸によいのだとか。ふむふむ。では、ちょっとくらいは、いれるとしようか。
来週は火曜日に補習クラスを開き、スジャータ博士も出席する。金曜日は新しいメニューを実施の予定。
さて、明日の深夜にはハニー(夫)も帰宅する。今週は、短かったわ〜。アーユルヴェーダグラム(アーユルヴェーダの道場)にも行きたかったのに、機会がないままだった。
そうこうしているうちに、また一つ、歳を重ねる。