月曜である。今日から数日は、不動産物件巡りである。
なぜかと言えば、早くも来月末にはアパートメントの契約が切れ、次への更新時期となり、従っては大家が力一杯、家賃値上げを要求してくる可能性大(というか100%)につき、他の物件の相場を知り、かつ、いざというときには引っ越せる態勢を整えておこうという作戦である。
しかし、面倒である。
だいたい、デリーに引っ越すだの引っ越さないだので、四六時中「束の間感」の漂っていたインド移住以来。本入りの段ボール数十箱は、実のところ未開封だし、書斎の本棚を買ったはいいがまだ空だしで、何ともはや。
噂に聞いていた通り、バンガロールのレント(家賃)は、年々、というか日々、上昇していて、ものすごい。呆れる。現状、ワシントンDC並みである。マンハッタン並みになる日は遠くないのではないかと思われる。
こうなってくると、家賃を払い続けるのは無駄に思え、そんなことを考えるうちにも、さっさと家なりコンドミニアムなりをを買っておいたほうがいいんじゃないかと思われる。
さて、今日は3つの物件を見た。うち、ひとつは我が家と同程度の家賃で、広め。環境もいい。かなりいい。引っ越したいかも! とさえ、思う。しかし、いや待て。今日は相場を調べに来たのだ。だいたいここ1カ月余りのうちに引っ越している余裕などないのだ。
来週末からは、わたしはデリー&ムンバイ出張で不在だし、アルヴィンドも隔週でムンバイ出張が入るし、それでもって来月10月中旬から十日間は米国だし(ニューヨーク行きに確定!)、11月には日本に帰りたいし、温泉&寿司だし、なんだかもう、少しも落ち着かないのだ。
ところで、本日のタイトル、日ごと「ビッチ」になりゆく、わたし。である。
「ビッチ」とは、どういう意味かわからない方もあろう。一言でいえば、「ヤな女」である。
自虐的になっているわけでも、自分に厳しい訳でもなく、昨今のわたしは自分でハッとするほど、「ビッチ」なのである。米国時代により磨きがかかって、昨今のわたしは態度がでかいのである。怖いものをしらないわけじゃないし、怖いものはいろいろあるのに、怖いもの知らずの態度なのである。
そもそもからの、長女的しっかり者気質に加え、
●米国時代に培われたたくましさ
●加齢による「おばさん」化
●わけのわからんインド人とのやりあい
(ex)
・ドライヴァー、ラジャン
・家政夫モハン
・吝嗇家大家夫人チャヤ
・市井の人々
・ときに、夫。
といった要素が日々蓄積され、気づいたら、うわ、きっついこと言ってるわ〜わたし、ということになるのである。言いくるめなければ、気がすまない性格が定着してしまっているのである。由々しき。
そんな自分に改めて気づかされたのは、今日、不動産やのおじさんと物件巡りをしているときだった。彼はちなみに、現在住んでいる物件を手配してくれた初老の男性だ。
車の中で、彼は言った。
「ときにマルハン夫人。わたしには、多くの日本人クライアントがいますがね。その〜、あなたは、わたしが持っているところの日本人の印象とは、全然違いますね。なんというか、おっしゃりたいことを、はっきり言うと言うか……」
そう言う自分も、言いたいことを言ってるやん! と思いながら、すかさず返す。
「そりゃあ、そうですよ。考えてもみてくださいよ! わたしは日本人でありながら、インド人と結婚して、インドに住んで、インド人とやりあっていかなきゃならないんですよ! はっきり言いたいこと言わなきゃ、やってられないじゃないですか、ハッハッハ!」
といいながら、バックミラーに映るドライヴァーの顔を見たら、ひきつり笑いである。なにしろ、昨日、派手な口論をやったばかりだったのでね。詳細は省くけれど。
わたしは、いつから、こんな風になったんだ? 言いたいことを言うのは大切だが、同時に「繊細な優しさ」を失っているような気がするぞ。
最近はモハンにも厳しいし。だって、言葉が通じなくて行き違いが多くて、面倒なのよ。で、わたしがちょっとでも文句を言おうものなら、アルヴィンドが、「美穂はだいたい、ビッチだ!」などと言ってモハンをかばうから腹がたつ。
彼のマネジメント(月給や金銭管理や生活全般諸々)は、すべてわたしがやっているというのに。
これから、インドに長く住むことを考えると、使用人とは距離を置いて、淡々と接するべきだとわたしは悟ったのだ。でも、その塩梅は難しく、素っ気なくしていることが、冷たいと取られることもあるのだ。
しかし、冷たいようだが、きちんとお金を支払い、彼に心地のよい衣食住を提供していれば、ひとまずは十分だと思うのだ。
そんな日常の、人との関わりの中で、自分の性格が「ビッチ」になっていくのは、しかし由々しき事態である。しかし具体的な対策は浮かばない。取りあえず、この件、保留。
ところで、上の写真は本日帰りに寄ったコマーシャルストリートの近くにできたadidasである。入ってみた。驚いたことに、スポーツウエア関係はインド製であった。しかるに、Tシャツ1枚が450から500ルピー、つまりUS$10程度と、割安である。
試着してみたら、しかしデザイン、着心地は今ひとつ。縫製もまだまだ改善の余地ありとみた。しかし、米国産であれ悪しき品質のものが多いのだから、上出来と言えよう。欧米ブランドの製品を、そのまま輸入するのではなく、自国で生産し、安くで売る。
このようなビジネスは、これからのインドで爆発的に増えていくだろう。
そんなわけで、今日は、自らの態度についてちょっと反省した一日だった。