アルヴィンド(夫)は、本日弁当を持って出勤した。上の写真は、ある日の弁当の一例だ。このようなステンレス製の弁当箱が、インドでは一般的である。3段重ね、4段重ねが多い。
このまま、あるいは袋などにいれて持って行く人もあるが、プラスチックや布の「保温袋」も売られている。夫はプラスチック製の、しかしあまり保温効果がない保温器にいれて持参している。
さて、モハンには、わたしのランチは自分で作ると伝え、出て行ってもらった。二人が去ったのちの静寂が心地よい。これで心おきなく仕事に専心できる。
なのに午後4時頃、なぜかアルヴィンドが戻って来た。
「カンファレンスコールの途中だったのにさ〜! なんだか知らないけど、ビルが爆破予告されたらしいからって、避難させられたんだよ!」
せっかく鼠穴な汚いオフィスビルディングから脱出して、湖畔のこぎれいな近代的ビルディングに移転したというのに、それが仇になったような話だ。
しかし、原因やその後の状況に関してはわからないらしい。明日は、何ごともなかったように、普通の世界なのだろう。インドだもの。
ところで今夜、夫は米国から訪れている著名なヴェンチャーキャピタリストの講演会及びディナーパーティーに参席するため、わたしは一人だ。夕飯は、手っ取り早く一気に調理できる献立にした。
ジャガイモやニンジンを乱切りにして、オリーヴオイルと塩こしょうをふりかけてオーヴンに入れて焼くだけの、毎度おなじみ簡単料理だ。
そのオーヴンに、時間差で魚の切り身を入れる。最後にパンを入れる。パンを入れた段階で、「あと数分」のはずなのに、その危険なタイミングで仕事に熱中してしまい、パンの焦げる匂いで慌ててキッチンに走る。
やれやれ、パンの焦げた表面を削って、すべてを皿に盛り、簡単ながらもそれなりにおいしい夕食をすませる。
話題は変わるが、バンガロールには、その程度の差はあれ、年がら年中、蚊がいる。アパートメントのマネジメントオフィスは、週に一度、ペストコントロール(殺虫剤散布)を行う。蚊をはじめとする害虫が、年々耐久性を増し、やわな殺虫剤では死ななくなって来ているらしい。由々しき事態だ。
我が家も、インド版の蚊取りベープみたいなものを使用している。それは、なんだか甘ったるい匂いで好きではない。が、蚊取り線香も煙たくてかなわない。新居では、気の利いた網戸を設置するなどの対策が必要だ。気の利いた網戸、とは……。
更に話題は変わるが、インドには、ハーブ関係のオイルや薬草が豊富だ。アーユルヴェーダ関連の話は幾度か書いたが、わたしは未だ、あれこれと「身をはって」チャレンジしている。
今、挑戦しているのは「アムラー (AMLA)のヘアオイル」だ。以前も書いたが、アムラー(インド版グースベリー)という果実は、そのまま食べると過激に酸っぱいが、砂糖コーティングされたゼリー風の菓子はおいしい。半ば薬用酒的なドリンクもある。
ヴィタミンCをたいそう含有しているらしく、髪の毛にもいいらしいとの話を聞き、先日、早速オイルを買った。他のハーブ類とブレンドされた、色々な種類の商品があるが、取りあえず一番ボトルがきれい(まとも)なものを選んだ。
シャワーの30分ほど前、コットンに含ませたオイルを頭皮に塗布し、マッサージする。匂いがいまいちなのが玉に瑕。夫が嫌うので、不在の今日を見計らって、心おきなくオイルマッサージをする。なにしろ抜け毛が気になるお年頃。わずかな効果でもうれしいものだ。
そうこうしているうちに、ハニー帰宅。
玄関を開けるなり、弾んだ声で、
「タダイマ〜! ん〜、いいにおい!! アップルケーキの匂いだ!! ミホ! アップルケーキ焼いたの? それともアップルタルト? 今食べていい?」
「焼いてないよ。あなた、鼻がおかしいよ。夕飯の匂いだってば」
「あ〜、いい匂い! オイシソ〜!」
そう言いながら、キッチンへずんずんと入って行く。
「ねえ、ケーキどこ? 僕をだまさないで。サプライズしようと思ってるの? わかるんだから!」
だから、ケーキはないって。
だましてないって。
わかってないって。
「ねえ、アップルケーキ、今日食べたっていいんでしょ?! 早く教えてよ」
だから、焼いてないんだって。
焦げたパンと、蚊取りベープと、アムラオイルの匂いが渾然一体となって、アップルケーキの匂いになったんだろうか。
「な〜んだ、本当に違うの? すごくいい匂いなのに。仕方ない。チョコレート食べるよ」
やれやれ。毎度、いい味出している夫ではある。