朝の8時過ぎ。スタンフォード大学のあるパロアルト(Palo Alto)という街の、Apple Storeの近所にあるPeet's Cafeにいる。
8時から、アルヴィンドがこの界隈で打ち合わせがあるので、今朝は5時半起床でホテルを出て、レンタカーを借り、1年ぶりに車を運転して、ここまで来たのだ。
サンフランシスコ市内からパロアルトまでは車で1時間もかからないが、なにしろ久しぶりに運転するし、早く着けばカフェで朝食も食べられるしで、早めに出た次第。
それにしても、西海岸のビジネス界は朝が早い。3時間の時差がある東海岸に合わせるほどに早く始業している会社も少なくない。健康的ではある。
さて、今日は午後4時にもこの界隈で、アルヴィンドは打ち合わせの予定が入っている。従って妻はこうしてコンピュータを持参し、写真を整理したりブログを書いたりできる次第だ。
インターネットはApple Storeのネットワークを「拝借」することができた。幸いである。
●ワシントンDC時代の友人夫婦に再会
到着した日の夜は雨が降り、また悪天候かとがっかりしたものの、昨日の朝は快晴だった。目覚めたのが遅かったため、朝食の時間に間に合わず、ホテル近くのカフェでバナナとコーヒーとマフィンという情けない朝食。
しかし今日のランチは友人夫婦と点心へ出かけるので、朝は軽くてもいいのである。
友人夫婦とは、ワシントンDC時代によく会っていた日印家族のうちの一組、ミホさんとランジートさん、そして4歳になったばかりのサヨちゃんだ。
最後に会ったのは、彼女たちが数年間暮らしていたシカゴ。かれこれ2年以上前のことだ。そのときにはサヨちゃんには会わなかったので、彼女とは赤ちゃんのとき以来の再会である。
最近はヒンディー語のクラスにも通い始めたとかで、ヒンディー語でも自己紹介をしたり、歌を歌ったりできる。
毎度、よその子の成長に、歳月の流れを痛感させられる。
彼女たちが勧めてくれたおいしいYang Singという中国料理店で飲茶ランチ。
シンガポールで小籠包を食べ損ねたことを悔いていたが、ここで思いがけず「スープたっぷり」の美味小籠包を味わうことができて、うれしかった。
食事のあとは、近くのフェリー埠頭まで赴き、おしゃれなマーケットを散策。
ここは在ベイエリア時に訪れたことがなく、観光客気分を楽しみつつのひとときであった。
久しぶりに見る、しかしこの国では当たり前のようにある花々の美しさに目を奪われる。
なぜだかこんなところにガンディーさんが。こんなところでも、インド。につきまとわれている。
ところでサヨちゃん。あまりにも愛らしい瞳。
「サヨちゃんは、まつげは長くていいね〜」
と思わず本音をこぼしたら、
「インド人だから!」
と元気のよいお返事。
「わたしは、インド人と、日本人と、アメリカ人なの!」
と朗らかに、うれしそうに、教えてくれた。
いいなあ。
米国時代からお気に入りだったキッチン用品店のひとつ、Sur La Tableに入り、小さなお買い物。新居のキッチンに欲しい物がたくさんだけれど、荷物になるものを持ち帰るわけにもいかず。
さて、3人とわかれた後は、ホテルのあるユニオンスクエア界隈を散策。
ここにあるウイリアムズ・ソノマが4階建てという大規模な店舗でまた魅力的。
欲しい物が山とあるが、カラフルな「計量カップ」と「計量スプーン」を購入するにとどまる。
界隈の高級ブランドショップを巡るが、インド価格に慣れている身には、何もかもが高価で購買意欲がわき上がらないところがいいような悪いような。
●アルヴィンドの旧友家族との再会
夕方、ボストンからサンフランシスコ郊外に移り住んだばかりのマックスとカラ、そして3カ月になったばかりのベイビーと会う。「身長2メートル超」のマックスは、アルヴィンドのMIT時代からの友人で、我々のインド結婚式にも来てくれたイタリア人だ。
わたしたちもまた、彼らの結婚式に参加するため、かつてボストンを訪れた。
彼らが西海岸に引っ越したのは、学者であるカラの要望。彼女のキャリアに合わせてマックスも転職するという事態だったらしいが、マックスはかなり不満があるようだ。
自分の働きたい会社が彼女の通う大学の近くになく、現在勤務しているのは自宅から2時間半もかかる場所。週の半分は電車で通勤し、残り半分は会社の近くにある妻の実家に滞在するという二重生活らしい。
カラは、出会った頃から知的かつ意思の強そうな女性だとの印象があったが、実際にその通りのようで、オーガニック食を貫き、環境破壊を思って自家用車も購入したがらず、自分のキャリアを100%優先しているという。
アルヴィンド曰く、マックスは彼が知る友人らの中で「最も優秀で才能がある」人物だけに、彼が思う仕事に就けないことを不憫に思っているようである。
夫婦がともにキャリアを持つとき、二人が100%満足しうる状況を生み出すことなど、不可能に近い。どちらかが譲歩したり、どちらかが協力的姿勢をもってゆかねば、夫婦関係は円滑に進まない。
今はマックスが自分を抑えている状況のようであるが、今後はどうするのだろう。
カラが授乳のために席を外したとき、心底、落胆した様子で「1年先のことも、どうなっているか、わからないよ」とつぶやくマックスを見て、人ごととは思えない痛ましさを覚えた。
6年前、ニューヨークを離れて夫の住むワシントンDCに移ったときの気持ちを、思い出す。
せっかく軌道に乗っていた会社、仕事を半ばあきらめ、半ば主婦になることへのやりきれなさ。一方で、「ちょっとは自由な時間を楽しめばいいではないか」という楽観。
「わたしの仕事は、どこででも、できること」
という思い込みを貫くことで、なんとか自分に折り合いをつけつつも、ことあるごとに、夫とぶつかりあった。
「あなたのために、わたしは自分の会社を諦めた」
と、言ってはならないとわかっていても、最終的には自分で決めたのだとわかっていても、何度となく、口に出したものだ。
マックスのそれに比べると、実に地味なキャリアのわたしですら、そうだったのだ。コンピュータサイエンスの博士号を持ち、可能性に満ちた彼が、今この時期、思うように羽ばたけぬことの歯がゆさがどういうものか、想像に難くない。
二人の才能が、バランスよく開花する日が遠くないことを祈るような思いだ。
と、わたしも、人のことを祈っている場合じゃなく、がんばらんとならんのだが。
……
おっと、ちょうどいいところでアルヴィンドが打ち合わせから戻って来た。さて、現在9時。これから4時の次の打ち合わせまで、どうするんでしょうか。スタンフォードショッピングセンターでお買い物か。