ここ数日は、曇天だ。一日中、灰色の雲が垂れ込め、時に小雨を降らせ、吹く風が冷たい。気圧の変化に直撃されて、心なしか身体がだるい。頭が重い。雨も2、3日ならいいけれど、やっぱり昼間は晴れて欲しいものだと、降れば降ったで注文が多い。
派手なポスターに踊るヒーローは、スーパースター・ラジニカーント。
数年前に日本で流行ったらしい『ムトゥ 踊るマハラジャ』に出ていた俳優である。
ラジニカーントは、あくまでも南インドのスーパースター。
ムンバイで作られる「ボリウッド映画」ではなく、チェンナイ産タミル語映画のヒーローだ。
その彼の新作が2年ぶりに公開されたとあって、先週は南インドの各市町村で大騒ぎ。ちょうど次回(25日月曜日)掲載予定の西日本新聞の記事に「映画」の話題を書こうと思っていたところだったので、このラジニカーントの新作映画についても触れたのだった。
実はわたしは『ムトゥ 踊るマハラジャ』を見たことがない。人々の熱狂の理由を探るためにも、見ておかねばならないなと思う。新作もまた、DVDが出るのを待って、観ようと思う。インドの映画は「長い」上に、熱狂する観客に紛れて見続ける根性が、わたしにはない。
●今夜もまた、BECの集い。
今夜もまた、先々週に引き続き、BECのGet togetherが、ホテルTaj ResidencyのICE BARで開かれた。
母には留守番をしてもらい、アルヴィンドと二人で出かける。
今日もまた、美しいラシュミの笑顔に出迎えられる。彼女は製薬会社に勤める一方で、モデルもやっているらしいということを知った。納得である。我が家のファミリーフレンドであるハンダ家のマリアムと、CMで共演したこともあるのだとか。
インド女性のきれいな人は、抜群にきれいだから、本当にしみじみと、見入ってしまいたくなる。彼女の写真がないところが残念。また別の機会に撮らせてもらおうと思う。
彼女の夫はインド人かと思いきや、米国で出会ったジンバブエ出身の男性だった。彼とも挨拶を交わし、今日はまた新しい人たちとの出会いも多く、早速作り立ての名刺が役に立った。
今日のユニークな出会いは米国から1週間前にやって来たばかりのマイク。聞けば、彼自身は音楽関係の仕事をしているらしいが、奥さんの駐在に伴って、自分の仕事はやめて、バンガロールに来たらしい。
「ぼく、前々からインドには来たかったんですけどね。なかなかまとまった休暇が取れず、妻の賛同も得られなかったんだけど、なんと妻に、インド赴任の辞令がおりてね。2週間のヴァケーションが2年間、ってわけで、ぼくは喜んでついてきたんですよ!」
背が高く、ぽってりとしたマイクは、身体をゆすりながら大笑い。
妻の勤務先はTARGET。5、6名の米国人社員とともに、「5000人を雇用せよ」というミッションを遂行すべく、バンガロールへやってきたとのこと。
5000人。
しかも、MBAホルダーなど優秀な人材のみを選んでゆくのだとか。
インドの各都市に、怒濤のように押し寄せている、先進諸国からのBPO (Business Process Outsourcing)の波。わたしたちが米国に暮らしていたすでに2003年あたりから、シティバンクやアメリカンエクスプレスのコールセンターはインドに移行していたが、その潮流はとどまることをしらずの状況だ。
もちろんコールセンター以外の、たとえばシステム管理などテクノロジー部門をオフショアで、という趨勢は最早一般的。
それにしてもだ。インドから出たことのない、インドの慣習になじんだ若い人材を、自国のビジネススタイルに照らして教育していくことは、どれほどたいへんなことだろう。
あらゆる差異を乗り越えて、人を雇用する。活用する。
なんとダイナミックな雇用計画であろうか。今、この国のそこここで展開されていることではあるが、そのディテールに思いを馳せるに、欧米企業のパワーを感じずにはいられない。
右の写真は、アルヴィンドとペドロ。ペドロは前回挨拶を交わした、米国出身、コリアンの母とメキシカンの父を持つ、オリエンタルな顔立ちの男性だ。
今日、母校が同じMITだったとわかり、ボストンの話題などで盛り上がっている二人。
祖母が下関出身のコリアン女性ヘイリンと4人で、遅い夕食をとりにダイニングへと赴いた。
みな、一時期ニューヨークに住んでいたことがある。「そこそこ」の料理を味わいながら、ついつい、ニューヨークのお気に入りレストランの話題になり、みな、食の都を恋しがる。
ヘイリンは今、バンガロールに父親とともにビジネスをするために暮らしているが、韓国には母が住んでいるので、二都市を行き来する生活。
ペドロは2年間の予定で、バンガロールに駐在。
そういえば、ラシュミも両親の住むニューヨークとバンガロール、そして祖父母のいるケララを行き来していると言っていた。
地球のあちこちに家族が、居場所が点在していて、まるで大海を撹拌しながら生きているような人々。
いろいろな人生が、あるものだ。
自分の人生が軽やかに思えて、今夜もまた、心地よい時間だった。