先日、友人のデヴィカに誘われ、VAYATI WEAVESの展示会を訪れた。
若き職人起業家たちが、伝統的な手工芸を瑞々しい感性で継承。あるいは、蘇らせている。
わずか13分の動画を通し、数千年の古からからの時間旅行が楽しめる。
VAYATI WEAVESに携わる青年、アディティヤが口にした「Hiraeth/ヒラエス」という言葉。
すでに存在しないものへの憧憬。帰れない場所への哀切や郷愁。
彼はインドの豊かな布の中に、ノスタルジアを見出し、今を生きる原動力に変えている。
日本とインドを繋いできた、一つの世界でもある「布」そして「衣類」。
インダス文明の時代から受け継がれてきたテキスタイル 。
宇宙を表す紋様。
ダッカ・モスリンを巡る悲劇……。
我が故郷福岡の、久留米絣のジャケットを通してのエピソードも盛り込んでいる。
そして我が祖母の、若かりし頃の写真なども。
時空も、国境も越えて、人の心を繋ぐものを、大切にしたい。
展示会では、「30歳以下の若き10人の職人起業家」によるテキスタイルが販売されていた。
デヴィカは陶芸が専門の芸術家。かつて日本の窯元で修行をしたこともある。ケララ州出身の彼女はバンガロールを拠点に、インド各地の職人を支援してきた。伝統工芸の継承に尽力すると同時に、貧困層女性の職業支援も行う。
わたしが彼女と初めて出会ったのは2012年。スラムにある職業支援所を訪れた。彼女は、リサイクル・バッグの制作指導を通して、女性たちの自立を促していた。彼女はまた、1981年に創設された、インドの伝統工芸を支援、継承するデリー拠点の非営利団体、DASTKARにも深く関わってきた。
わたしも大好きなバザールで、バンガロールで開催される展示会には必ず訪れている。その後、わたしは、彼女にさそわれて、人生で最も忘れ得ぬ旅の一つ『カシミールへの手工芸を巡る旅』にも出かけた。
遠く離れた北インドのカシミールを活動拠点のひとつにし、頻繁に訪れてきた彼女。カシミールにおける、多種多様の伝統工芸の職人に関わる。山間の土地 PAHAALGAMでは、シェパード(遊牧)の女性たちに技術を伝える。共に現場を訪れて、彼女の活動の偉大さを実感した。
わたしが2012年にミューズ・クリエイションを創設してからは、毎年、彼女が関わる手工芸品を販売してもらうべく、バザールに出店してもらった。すべての記録は、ブログに残している。概要欄に記載しているので、ぜひ読んで欲しい。
さて、このVAYATI WEAVESの母体である、VAYATI FOUNDATIONも、デヴィカが関わる団体のひとつ。職人たちを支援するための実践的な仕組みが構築されている。職人たちの生業を支援するために、多くの人々が関わっている。
VAYATI WEAVESは、若きアントレプレナーのシシーラが、2019年に立ち上げた。デヴィカは、彼らのサポートにも尽力している。インド各地の伝統的なテキスタイル技術を継承する若者き職人。不易流行。基礎や伝統を守りながら、流行を取り入れた魅力的な布の数々。
わたしはこの展示会に2度訪問。1回目には、天然染料によるオーガニックコットンのサリーを購入。それは、奇しくもシシーラ自らデザインしたものだった。
天然染料は元来、大量の水を要することから、決して環境にいいとはいえなかった。しかし若きエンジニアたちが、少量の水で染められる技術を開発したという。ゆえに、全体に色が淡いが、それが布の柔らかさと調和して味わい深い。
VAYATI WERVESでは、30歳以下の若き職人起業家たちと協調。通常は熟練された技術を持つ職人たちが業界の核となってきたが、未来を担う若い世代と共にプロジェクトを進める。インド各地の、それぞれに異なる技法と彩りのテキスタイルが集められている。
アディティヤがテキスタイルの業界に入った理由を尋ねた。
極めて個人的なことなのですが……僕は過ぎし日々を慈しむ暮らしが好きで、ノスタルジアは美しい感情だと思っています。昔、母が着ていた、美しいサリーを思い出します。懐かしくも美しいものを探し求める感情。Hiraethという言葉があるのだけれど。すでに存在しないものへの憧憬。帰れない場所への哀切や郷愁。それは幸せな気持ちにさせてくれるのです。
彼らとインド各地の若き職人らを結び付けているのはデヴィカ。複数のプロジェクトに携わる彼女が支援している。カシミールだけでも、何人もの職人と関わっている。
アジュラークAJRAKHと呼ばれる伝統的なブロックプリントの技法。このモチーフは、宇宙から着想を得ている。インディゴなど天然染料が用いられている。数千年の古い歴史を持つもので、古来、遊牧民の男性が着用していた。伝統的な文様や、イスラム教の神聖なジオメトリー(幾何学模様)などが用いられている。
インド亜大陸は、ムガール帝国の時代、イスラム教文化が繁栄。多くの神々の偶像を崇拝するヒンドゥー教。一方のイスラム教は偶像崇拝を禁じる一神教。幾何学的なアラベスク模様での装飾が一般的だ。
一枚のサリー(約5メートル)に4種類の柄が施されている。この日、わたしが購入したサリー2枚のうちの1枚。パルー(肩から垂らす部分)の大きな丸が気に入った。
この幾何学模様は現代的なデザイン。一瞬、「魚?」と思ったが「花」だった。
わたしはマハラシュトラ州アウランガバードのパイタニと呼ばれる。2000年以上の歴史を持つサリーが、現存する最も古い技法だと思っていた。今から4000年以上前の、インダス文明の時代のテキスタイルが遥かに古いのだ。先ほどアジュラークは、そのひとつ。
この展示会の目的は「テキスタイル 」の技法をアピールするもの。金糸で彩られた絹のパイタニ・サリーは高価で一般の人は買えなかった。たとえば、このタングリアと呼ばれる技法の布。この綿には、薬品や農薬だけでなく、水も使われていない。
これらもすべて、オーガニック・コットン。農薬や防虫剤を使わず、水も少量ですむように開発された。すべてが植物由来の染料で色付けされている。DASTKARの拠点でもあるラジャスターン州ランタンボールのブロックプリント。
コルカタのブロックプリント。ランタンボールのブロックプリントとは意匠が全く異なる。若者らによる斬新なデザインだ。
これは、ベンガル地方の伝統工芸モスリン。現バングラデッシュのダッカが発祥の地。英国統治時代、モスリン、つまり綿織物の、卓越した技術を持つダッカの職人たちに脅威を感じた英国人は、高度な技術を持つ職人たちの指先を、切り落とした。多くの職人が殺害されたとの記録も残されている。
このダッカ・ムスリンの技術が生かされた、藍染、木綿のサリー。伝統的な技法の中に、モダンな花模様があしらわれていて愛らしい。1回目に訪れた時、アディティヤが日本のテキスタイルへの関心を語っていた。日本の絣(かすり)と藍染に関心があると話していた。彼に見せようと、久留米絣のジャケットを持参した。かつて西日本新聞に連載をしていたとき、取材に訪れた。
アディティヤは大喜び。彼のドーティ(腰巻き)もまた絣なのだ。ちなみに椿柄がすてきなこの絣は、「丸亀絣織物」のもの。2017年に一時帰国した際、福岡市天神の大丸で購入した。
実家で「発掘」していた父方祖母の写真も何枚か持参した。古代インドで発祥したとされるイカット(絣)を、祖母が身につけていた写真。ダブルイカット(経緯絣/たてよこかすり)の高度な技術が継承されているのは、インド、バリ島、日本など限られた土地だけだという。
◆VAYATI FOUNDATION
➡︎https://www.vayatifoundation.org/
◆VAYATI WEAVES
➡︎https://www.vayatiweaves.com/
【VAYATI WEAVESの展示会について記したブログ】
◉若き起業家たちが受け継ぐインドの伝統手工芸の新しい境地 (2021/08/26)
➡︎https://museindia.typepad.jp/2021/2021/08/day3.html
◉日印の「縁」が強すぎる。サリーとテキスタイルの世界ひとつをとっても。(2021/08/27)
➡︎https://museindia.typepad.jp/2021/2021/08/ambara.html
【同動画に関連するブログ】
◉リサイクル製品作りでスラムの女性の自立を支援 (2012/03/27)
➡︎https://museindia.typepad.jp/2012/2012/03/devika.html
◉2012年。カシミール地方の手工芸を巡る稀有な旅
➡︎https://museindia.typepad.jp/library/2021/06/kashmir.html
◉一時帰国中、福岡で久留米絣のジャケットを購入した時の記録 (2017/11/02)
➡︎https://museindia.typepad.jp/2017/2017/11/japan2017.html
【同動画に関連する動画】
◎インド各地から108のヴェンダーが集結。手工芸品バザールDASTKAR
◎インド各地の洗練された手工芸品が一堂に。COVID-19禍の職人たちを支援して実現したバザール
[シャシ・タルール博士]イギリスはインドに植民地支配の賠償をすべきか?
➡︎https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=95795