1978年。中学に入学して直後、わたしはバスケットボール部に入部した。最初に購入したバッシュ(バスケットボール用のシューズ)は、白いデニム地に赤いラインが入った「オニツカ・タイガー」ブランドのハイカット。当時、バッシュといえば、鬼塚が主流だった。
しかしながら、布製は傷みも早い。しばらく履いた後、次に買い換えようとしたときには、同じ鬼塚から誕生した「アシックス」というブランドの革製のバッシュが台頭していた。オニツカ・タイガーは、そのころアシックスに統合されていたようで、シューズのクオリティも値段も、急に上がったことを思い出す。
「あんたかベイビー」と呼ばれるキャラクターのTシャツ、アシックスのバッシュ、アディダスのジャージや半円型スポーツバッグ……。当時の我がバスケ・ファッションが懐かしく思い出される。スポーツウエア好きは、今も、さほど変わっていないかもしれない。
その後、世間から消え去っていたオニツカ・タイガーのブランド名が、今世紀に復活。クエンティン・タランティーノ監督の映画『キル・ビル』(2003)で、ユマ・サーマンが、黄色いオニツカのシューズを履いたことで、海外からの注目も集めた模様。ちなみに黄色が好きなわたしは、あのユマ・サーマンのファッションが好きすぎる。ちなみにオニツカ・タイガーは、ナイキのルーツにも深い関わりがあるという。
さて、インドでも、オニツカ・タイガーが店舗を展開しているが、個人的には「懐かしいな」と思う程度で、特に関心を寄せてはいなかった。ところが、パンデミック後、デリーやムンバイのショッピングモールに出かけると、やたらとオニツカ・タイガーが目立つ場所にあり、際立っている。さらにはインドの友人らがオニツカ・タイガーを勧めてくる。無論、他のスポーツブランドも、このところ店舗の洗練度が高い。
先日の日本旅で、銀座の店舗に立ち寄り、気になる「黄色」のスニーカーを見つけるも、サイズがなく断念。東京では時間もあまりなかったこともあり、わたしは買わずにいたのだが、夫は一足購入。それを見ると、やはり自分も欲しくなった。
というわけで、先日のムンバイ。滞在していたホテル、セント・レジスは、2017年にオニツカの一号店がオープンしたフェニックス・パラディアム・モールに直結していることから、チェックイン後に立ち寄った。
早速、「黄色」を履いてみるが、履き心地はいまひとつ。しかも、足元が主張しすぎて、服と合わせにくい懸念がある。
ほかに何かいいのはないかしら……と眺めていたら、「メイド・イン・ジャパン」コーナーの、黒革に刺繍が入ったシューズが目に飛び込んできた。ユニセックスで、サイズは25センチからだという。わたしは24.5cmなので、試しに25センチを履いてみたところ……。なんとピッタリ! しかも履き心地が非常によい。
他のシューズよりも割高であるが、歩きやすいし、デザインもクールだしで即決。ちなみに同行していた夫は、気づいたら自分が黄色いのを購入していた。そんな次第で、中学1年以来、実に45年ぶりに、オニツカ・タイガーを履くに至っている。うれしい。
調べてみるに、オニツカ・タイガーの海外戦略は非常に興味深い。わたしが購入した「書道風刺繍」もそうだが、西陣織を使用したものなど、スポーツシューズとはイメージが異なるブランドとのコラボレーションなども、関心を集める理由になっているのかもしれない。……またしても、話が長くなった。👟