最終日。時間に余裕ができたので、『Ashdeen』へ赴いた。わたしは2年前に、京友禅サリーのプロモーターをつとめた際、DASTKARの創始者であるLaila Tyabjiとデリーでお会いした。それがご縁で、オーナーのAshdeenともお会いする機会を得ていた。
その後も、わたしがデリーで京友禅サリー展示会を開催したときや、ムンバイ店でも、タイミングよくお会いしてきた。Ashdeenは、ハイデラバードやコルカタなど他都市でも展示会を開いてご多忙だ。今、デリーにいらっしゃるだろうか……と思いつつ連絡したところ、ちょうどその日の午後、デリー店にいるという。
せっかくなので、印日フォーラムで着用した京友禅サリーをお見せするべく持参した。うえの2枚が今回撮影した写真だ。店内のディスプレイとも見事に調和している。関心のある方は、ぜひ過去の記録をご覧いただければと思う。
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インドにはさまざまな伝統的な技法を用いたテキスタイル、サリーが存在する。そのなかでも、特にわたしが大好きなのが、パールシー刺繍のサリーだ。2008年から2年に亘り、我々夫婦はバンガロールとムンバイの二都市で生活をしていた。その時期、サリー専門店や展示会で、何枚かを購入した。十年以上経った今も、しばしば着用しているお気に入りだ。以下、以前も記したが、一部転載する。
パールシーとは、今から1000年以上前に、ペルシャ(現在のイラン)からインドに移住したゾロアスター教徒のこと。西暦651年に、イスラム教徒から迫害された彼らの末裔は、やがて西インドのグジャラート州に辿り着いた。
ペルシャから運ばれた神聖な火を崇めることから、拝火教とも呼ばれる。寺院には、ゾロアスター教徒以外は立ち入ることができず、基本的には同族との婚姻が一般的。インドにおいて、極めて少数派の宗教ながら、タタ財閥を筆頭に、社会的に影響力が強いコミュニティでもある。
タタ財閥の創始者であるジャムシェトジー・タタが綿貿易会社を創設、1893年、東京を訪れた彼は渋沢栄一と会い、日印定期航路の開設を提案、同年に神戸=ボンベイを結ぶ日本郵船の航路が誕生した……といった、歴史的な背景を綴れば尽きない。坂田のセミナー動画でディープに触れているので、関心のある方は、ぜひご覧いただきたい。①〜⑤まで、ぐっと見ていただきたい。
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パールシー刺繍に話を戻す。以下は、2年前、初めてAshdeenにお会いした時に聞いた話を一部転載する。
世界史の授業で出てくる「三角貿易」の話をご記憶だろうか。主に17〜18世紀にかけて、英国により展開された貿易構造のことで、3つの国や地域が関係する大西洋での貿易を指す。
Ashdeenは、自分の出自を探るべく、イランや中国を旅し、パールシー刺繍についての研究をしてきた。彼によると、英国、インド、中国(清)が、綿織物、茶、阿片(アヘン)の取引をしていた時代、パールシーの商人たちは、広東に赴き、積極的な貿易をしていた。
中国の精緻な刺繍(汕頭/スワトウなど)を目にした当時の貿易商らは、妻たちのサリーに刺繍を施すことを思い立つ。インドから約5メートルの絹布を持ち込み、広東の職人に刺繍を施してもらい持ち帰る……。
艶やかな刺繍のサリーは、瞬く間にパールシー女性たちの心を惹きつけた。やがて男たちには任せられぬと、女性たち自ら広東へ赴き、自分たちの好みを伝え、パールシーと中国の「折衷」デザインが誕生していったという。主には、サリーの両端に施すボーダー部分の刺繍物が普及したようだ。
Ashdeenの説明を受けながら、中国の伝統や自然、言い伝えなどが反映された見事なサリーを眺める。一つ一つのモチーフに、物語がある。
彼が『Ashdeen』を創業してから12年。この間にもビジネスは着実に拡大し、職人たちも10倍以上に増えたという。昨日掲載したデザイナーズ・ブランドの伝統衣装にも見られるが、インドでは、伝統的な手工芸を守りながら現在のデザインに反映すべく「不易流行」のコンセプトが確実にある。自国の手仕事を慈しみ、守り、未来に継承することは、とても大切で、尊い。
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さて、わたしが今回、『Ashdeen』を訪れたのは、他でもない、自分のサリーを注文するためだ。2年前から、ここで赤いサリーを注文することを決めていた。赤にも、いろいろある。直接お会いして、色見本を拝見して、色、そして柄を決めたかった。これまで『Ashdeen』のパールシー刺繍が大好きだと言いつつ、実はバッグを1つ購入したことしかなかった。遂には、サリーを注文できたことがうれしい。
来年の誕生日に着ることが、楽しみだ。
🇮🇳🇯🇵 パラレルワールドが共在するインドを紐解く① 多様性の坩堝インド/多宗教と複雑なコミュニティ/IT産業を中心とした経済成長の背景/現在に息づくガンディの理念
🥻京都とKYOTOが出合う。Ashdeenを訪ね、パールシー刺繍の歴史や、日本とインドの関わりを知る至福のひととき。(2022/11/3)
https://museindia.typepad.jp/fashion/2022/11/as.html
🥻Ashdeen。夢のように美しい刺繍……! パールシー刺繍専門店へ。(2022/10/30)
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🥻パールシー刺繍の専門店『Ashdeen』で優美な衣装を眺め楽しむ(2023/06/03)
https://museindia.typepad.jp/fashion/2023/06/ashdeen.html