久々に二日酔っている日曜の静かな朝。ベッドから起き上がるのが辛かった。というのも、夕べは深夜まで、飲んでしゃべって踊っていたからだ。
アルヴィンドの友人、マニーシュからメールが届いたのは数日前のこと。妻のカヴィタが40歳になるのでサプライズ・バースデーパーティを開くから出席してほしいとの案内だった。
米国でサプライズ・パーティといえば、友人らがこっそりと、早めにパーティの準備をしておいて、何も知らずに帰宅した本人を「わっと驚かせる」という、文字通り「サプライズ」なパーティなのだが、インドではそれは無理。
だいたい、時間通りに人が来ないから、そのような「あらかじめ準備」が必要な企画は、最初から無理なのだ。従っては、「8時半ごろから始まる」という緩い案内に従って彼らの自宅に赴く。予想通り、なにがどうサプライズなのだかわからない、普通のパーティが始まっていた。
マニーシュたちと初めて出会ったのは、オベロイホテルでバンガロール在住の米国WHARTON (MBA)卒業生の会合が催された折、アルヴィンドに伴って訪れたときが最初だった。
マニーシュはインド初の人材会社大手を経営しており、妻のカヴィタはNeevと呼ばれるそのプレスクール(保育園)を経営している。Neevはここ数年のうちに学校数を増やし、評判も高いようだ。
まずはホストのマニーシュと、40歳を迎えたカヴィタに挨拶。傍らには、カヴィタと同じファッションに身を包んだカヴィタにそっくりの妹、ピンキーがシカゴから駆けつけていた。2008年の終わり、彼女の結婚式のパーティにも招かれ挨拶を交わしていたので、顔なじみだ。
やはり結婚式で顔を合わせていた弟もムンバイから来ている。
以前も記したが、カヴィタたちの父親はインド製薬会社大手ルピンの会長で、日本の共和薬品を買収している。以前放送されたNHKの『インドの衝撃』と言う番組で、ルピン社の経営陣の一人として、ボードミーティング(取締役会)に参加していた彼を見ていた。
今回初めてお会いするカヴィタのお姉さんは、ボルティモアから駆けつけたとのこと。彼女の顔にも見覚えがあると思いめぐらせていたところ、彼女は米国でルピン社を管理しており、やはりボードメンバーの一人として共和薬品を訪れ、『インドの衝撃』にも出演していたのだった。
以前、取材をさせてもらった、やはり人材派遣会社を夫婦で経営するシャムとプリヤにも久々にお会いする。プリヤは今時珍しく、会合の折には必ずサリーを着用するコンサヴァティヴな面を持っている一方で、頭脳明晰、優秀で野心を持った女性だ。
お見合い結婚の二人だが、いつ会っても二人仲良く「お似合いの夫婦」。彼らのお見合いに至るストーリーを知っているだけに、彼らを見ると「お見合いって、実は合理的でいいものなのかもしれない」と思わされる。
シャムの姉、ショバはジャーナリスト。彼女は経済紙mintに毎週土曜日、コラムを執筆している。以前、PWC (Professional Women's Club) の講師として来てもらったこともあり、彼女とわたしは顔なじみだ。
彼女の夫、ナラヤンは、つい最近までインドのモーガン・スタンレーのCEOで、しばしば経済ニュースなどにも顔を出していた。しかし、45歳になったのを機に、つい先日リタイアし、これから新しいことをはじめるのだとか。ショバとナラヤンはわたしたちと同時期、ニューヨークに住んでいて、同時期、インドに戻って来ている。
OLIVE BEACHというレストランのケイタリングが来ており、バーカウンターも超充実。次々に出されるワインやカクテルを飲みながら、出会う人々と言葉を交わす。
ちなみに、インドでのこのような会合では、夕食は11時を過ぎないとスタートしないので、スナックをつまみながら、ひたすら飲むのである。これがまた、危険なのである。
空きっ腹だと酔いが回るので、自宅を出る前に「バナナ」などを食べて腹ごしらえをしておいたのだが、どうにもおいつかない。
おしゃべりをしながら、ふと目に留まった見覚えのある殿方。青いクルタがお似合いの彼は、InfosysのCEOであるナンダン・ニレカニ氏だ。カヴィタの誕生日パーティでニレカニ氏にお会いできるとは、うれしい。
早速近づいていき、彼らの会話の邪魔にならぬよう挨拶をし、握手をする。
「初めまして。ナンダン・ニレカニです」
と、なんともお優しいムードである。(存じ上げておりますとも!)と心でつぶやく。マイハニーと同様、ふわふわとやわらかな手で親近感を覚える。
ゲストの大半が、米国在住経験のある元NRI(Non Resident Indian) ばかりなので、話に共通点が多く、ともかく楽しい。
NRI以外の人々の中で印象的だったのは、大学教授をリタイアしたあと作家に転向した人("Don’t Sprint The Marathon"の著者、V Raghunathan氏)、それからドキュメンタリーフィルムの制作者など。
インドのドキュメンタリーフィルムには関心があったので、あれこれと話を聞く。この件については長くなるので割愛するが、ともあれ興味深い出会いがあれこれとあり、非常に楽しい。
やがてピンキーのかけ声でダンスタイム。部屋の一室がディスコに仕立て上げられていて、DJも来ている。なんかしらんが、みんな元気だ。ニレカニ夫妻もカヴィタに引っ張られて踊っている。
ニレカニ氏のダンスは、「機械仕掛けのクマのぬいぐるみ」みたいな動きが、マイハニーとよく似ていて、またしても親近感だ。
それにしても、みな相当に飲んでいて、かなり酔っぱらい状態なのだが、踊る踊る。人間としての潜在的なエネルギー量が強すぎる人たち、という雰囲気だ。かくいうわたしも踊ってはいるのだが、途中で息が切れて退散。
それにしても、日本に縁のある人が多いのには、毎回驚かされる。
名前は覚えていないが、アントレプレナーの30代と思しき男性は、以前、東京に6年ほど住んでいて、数カ月に一度は福岡を訪れていたらしい。
「ぼくは、とんこつラーメンが好きでねえ。納豆も刺身も、なんでもOKなんですよ。
「変な外人、って呼ばれてました。
「東京で一番おいしいもんじゃ焼きの店、どこか知ってます?
「僕は露天風呂が好きでね、河口湖畔の温泉で、富士山を仰ぎながらの温泉がたまらないねぇ、
「僕は日本に行くときは、桜の時期をはずさないようにしているんですよ……
と、黙って聞いてりゃ、いつまでも日本を語り続ける男である。
と、背後からわたしに近寄ってくる男性がいる。
「実は僕、明日の夜から5日間、大阪へ出張なんです。初めての日本なんですが、日本はヴェジタリアンにとって過酷だと聞きました。友人に食べていいもの、食べてはいけないものリストをもらったんですが、どうにも心配で……」
と、相談を受ける、と、アルヴィンドが横から、
「豆腐、食べてたらいいよ、豆腐」
とシンプルなアドヴァイス。そんな、毎日豆腐ばっかり食べてられるかい、という話だ。
先ほどの「変な外人」が、
「大阪なら、たこ焼きがいいよ。たこ焼きっていうヴェジタリアン食があるんだよ」
などと大嘘つきなアドヴァイスをしては大笑いしている。もうみんな、酔っぱらって阿呆のようである。
と、さきほどのリタイア直後なナラヤンが近づいて来た。
「実は一昨年、僕たちは家族4人で京都に二週間滞在し、日本の伝統文化を体験したんですよ」
と語り始める。聞けば日本舞踊や茶道、書道なども体験したのだとか。
「毎晩のように芸者にも会ってね。舞妓さんもね。ほんと、楽しくて娘たちも大喜びでね。今でも歌いますよ、ほら、あのうた、コンピラフネフネ〜 娘たちは覚えてるんだが、僕は覚えてないなあ、美穂、ちょっと歌ってくれる?」
なんでわたしが、バンガロールの空の下で、インド人を前にして、
「金比羅ふねふね、追手に帆かけて、しゅらしゅしゅしゅ〜 」などと歌わなならんのだ!
と思う先から、がっちり歌ってみせる自分が哀しい。
気がつけば11時を過ぎているのだ。
女子の大半は踊りまくっており、殿方は会話に花を咲かせ、食事をする人は少ないが、わたしは食べる。
アラビアータソースのペンネを作ってもらい、魚のグリルとサラダを添えて、一人黙々と夕食だ。
と、落ち着くまもなく、
「ねえ、美穂、彼女の兄さんが、日本人女性と結婚するのよ〜」
と、友人を連れて声をかけてくる知人。
その日本人女性はレイカさんと言うらしい。
「レイカってどういう意味なの?」
と問われるので、
「それは使っている漢字(チャイニーズ・キャラクター)によって意味が違うの」と説明すれば、なんで日本語なのにチャイニーズ・キャラクターなのかと突っ込まれ、もう、頼むから夕飯食べさせて。という話だ。
冷めたアラビアータを食べたあと、チョコレートケーキのデザートまでしっかりと味わい、時計を見ればすでに午前零時。
あまりの騒がしさに、ご近所から苦情が出たらしく、大騒ぎしているピンキーほか女性陣が、マニーシュにたしなめられている。
しかしすでに彼女らは酔っぱらいの極み。箸が転げてもおかしい年頃と化しており、うるさいったらありゃしない。
アルヴィンドに「そろそろおいとましよう」というが、「まだ、もうちょっと」となかなか退散せず、結局12時半ごろまで過ごしたのだった。
外に出て、通りでドライヴァーが来るのを待っていたら、門前で警官2人に遭遇した。アルヴィンドが何事かと尋ねたら、
「パーティで大騒ぎをしている家があって、近所から苦情が出ていたんですよ」
とのこと。あいたたた。警察に通報されていたとは。それにしても、警察がちゃんとやってきていることに驚きだ。騒音程度のこと(と言ったらなんだが)で警官が出動するとは、意外である。
それにしても、警官らが乗っていたバイクの柄に目が釘付けになった。なぜかしらんが、バイクのボディが「ヒョウ柄」にペイントされているのだ。写真を撮りたかったが、さすがに不謹慎な気がしてやめておいたが、撮っておけばよかった!
ヒョウ柄バイクに二人の警官が仲良く二人乗りをして立ち去る姿を眺めつつ、インド。この「時空が歪んだ感じ」が、やはり、たまらん。
いろんな意味で、インドの底力の断片を見た気がする、愉しい夜だった。
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