今日は土曜日ではあるが、明日からまた出張の夫はオフィスに出向き、わたしも自宅で仕事をする。夕方、帰宅した夫が、わたしの誕生日プレゼントを買いに行こう、パシュミナはどう? と尋ねる。
それはすてきなご提案!
誕生日の夜に夫は帰宅するので、あらかじめプレゼントを買っておいてくれるらしい。刺繍入りなど派手目のストールはいくつか持っているだが、どんな服にも合わせられるようなシンプルなパシュミナのストールを欲しいと思っていたので、早速出かけることにする。
といっても、我が家から目と鼻の先、歩いて3分ほどのカニンガムロード沿いにあるエンポリウムだ。ここは引っ越し当初、それから母と妹が来たときなど幾度か訪れ、わたしは、たいして買い物をしたわけでもないのだが、「お得意様」状態なのである。
これまで幾つものパシュミナやウールのストールを見て来たが、この店が最も信頼がおけるし、品質もよいし、値段も手頃であると認識したゆえ、迷わずここで買おうと思った次第。
100%パシュミナの手織り模様入り、100%パシュミナの手織り無地、100%パシュミナの機械織り、パシュミナとシルクの混紡、その他ウールの刺繍入りなどさまざまなカテゴリーがある。
カシミールの山奥の村で、それらが作られる過程を撮影した写真などを見せてもらいつつ、パシュミナヤギのご近影を仰ぎつつ、あれを羽織り、これを羽織り、どっちがいい? これもいいわね、うわ〜これフワフワ〜、ちょっと触ってみて〜、といつまでも決められない二人。
相変わらず店のお兄さんらのおしゃべりは巧み。カシミール地方の気候や地形、パシュミナの作られる過程などを事細かに説明してくれるので、非常に面白い。
厳寒の地の、峻険な山間にしか住まないパシュミナヤギの、その毛を採取し、それを丁寧に手で紡ぎ、その紡がれた糸を、丁寧に手織りしてゆく。
「パシュミナ」を厳密に定義すると、カシミール地方(ヒマラヤ山麓)の標高数千メートル以上の山岳地方に生息する野生のカシミヤ山羊の抜け毛、であるとのこと。つまり、決して大量にとれるものではなく、つまりは世界各地で「パシュミナ」と称して売られている物は、正しく言えば、パシュミナではないらしい。
「シャンパーン」みたいに、登録商標を厳密に管理しているわけではないからこそか、「パシュミナ風」までもが、パシュミナと信じられ、売られているのである。
「パシュミナヤギは、家畜にして増やすことはできないの?」
との夫の問いに、店のお兄さんは首を横に振る。
「パシュミナヤギは、山奥でしか暮らせないのです。そこは、人間が立ち入りにくい場所で、現地の人でもなかなか入り込めません。わたしたちも何度か訪れましたが、猛烈に寒いし、肌はぱりぱりになるし、唇は切れるし、数日滞在したらボロボロになるんですよ
現地の人は、だからバターをたっぷり摂取するんです。バターは身体を温めるし、潤わせますからね」
話を聞いているうちに、この、本物に違いないパシュミナがたいそう有り難いものに思えてくる。
ちなみに上の写真は、パシュミナではなく、上質のウールに、手で刺繍が施されたもの。一人の人間が8カ月ほどかけて仕上げる物だとか。
刺繍入りのストールは、これとは全く意匠が異なるが、しかし何枚か持っているし、それにこれらは1枚がUS$1000以上もする高級品に付き、買い求めるつもりはなかったのだが、あれこれと広げてくれるので、「向学」のために見る。
「ちょっと羽織って見てくださいよ」というので、羽織ってみたりもする。撮らずともよい、というのに、夫に写真までも撮られる。
さて、本物のパシュミナ製品か、偽物かの見分け方、たとえばコマーシャルストリートやMGロードの土産物屋のパシュミナとこの店のパシュミナの違いなど、実物を出して比べさせてくれる。
確かに一見したところは両方とも高品質に見えるのだが、触ってみると感触が全く違う。一般的な土産物店では、パシュミナではない一般のウールを、薬品によって柔らかくして販売しているのだという。
彼らの話が本当であることは、触ってみればすぐにわかる。手織り100%の、なんと柔らかいことか。ふわふわと軽く、しかも暖かく、巻き付けるだけで幸せな気分になる。
母は無地の手織り100%を買って帰ったのだが、今回は、無地ながらもペイズリー柄などが編み込まれた、非常に上品かつ洗練された手織り100%が入荷されていた。
もともとは、淡いオレンジや赤、ピンク系など、暖色系の無地を買うつもりだったのだが、店のお兄さんと話しているうちに、そうだ自分の服は派手な色が多いから、ストールは落ち着いた色がいいのだ、という基本的なことに気づき、路線変更。
最終的には、浅いベージュグレイのペイズリー模様入りを買ってもらうことにした。
ところでこのお茶は、カシミールティー。いつも出してくれるお茶だ。サフラン、シナモン、カルダモンが入っている。はちみつを入れて飲むと身体が温まり、滋養強壮効果があるのだとか。
サフランといえば一般的に高価だが、カシミール地方ではたくさん採れるようで、人々は日常的に摂取しているとのこと。
夜はスジャータたちが夕食を食べにくるし、今夜はわたしがシチューを作る予定だし、もうそろそろ帰ろうよ、と夫に耳打ちしているのに、夫は椅子に座り、妙にくつろいで、店のお兄さんたちとカシミール談義に花を咲かせている。
彼らはカシミールレストランをバンガロールにオープンする計画中なのだとか。興味津々の夫に、
「この店では毎月1度、クライアントを集めて軽食パーティーをやってるんです。よかったら、今度お宅に配達させますよ!」
とのこと。夫、大喜び。わたしも、うれしいけれども。
きれいに包んでもらったパシュミナストールを、受け取る。あまりの軽さにまた、驚く。
スジャータとラグヴァンもまた、来週はデリー行きなので、誕生日に立ち会えないからとプレゼントをくれた。パシュミナを見せたら、これは質がとてもいいと褒めてくれた。
ところでスジャータ、普段は質素なファッションではあるが、サリーなどは家族から受け継いだ物をはじめ、質のいい物をたくさんもっている。聞けば彼女、数年前、高品質のパシュミナを数枚、買ったそうだ。しかも、1枚がUS$1000以上はしたらしい。日頃の服装とのギャップに、一瞬、困惑する。
彼女たちの価値観は、実に揺るぎない、というか、明確なのね〜と、改めてカルチャーショックを受けるのである。
さて、マダム特製のホワイトクリームシチューは好評で、みな喜んで食べてくれた。
ところで、件のパシュミナ店は、下記の通り。パシュミナだけでなく、質のいいカーペットやベッドカヴァー、サンダルウッドの置物など、あれこれ置いてある。
「MIHOからの紹介だ」と告げてくれれば、わたしにコミッションが入る訳ではないけれど、あなたが値切ることなく、割引価格で購入できます。よろしければ、お立ち寄りください。
ASIAN ARTS EMPORIUM
#8, Cunningham Road, Bangalore
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