午後、ちょっとした買い物をするために、相変わらず小汚いコラバ地区を歩く。少しお腹が空いたので、Kailash Parbat Hindu Hotelという名の何度か訪れたことのある小汚い食堂で、ダヒ・バタタ・プリ (Dahi Batata Puri) でも食べようと思う。
ピンポン球のような揚げスナック(プリ)の中に、ジャガイモ(バタタ)、チャツネ、マサラ(調合スパイス)などを入れ、ヨーグルト(ダヒ)をかけたもの。
一皿30ルピー。80円といったところか。
甘酸っぱくて、歯ごたえはパリッ&しっとり。ともかくは旨いのだ。
噂では、毎日のように雨が降るのだモンスーンシーズンのムンバイは、ということだったが、今週は曇天がちだとはいえ、ほとんど降っておらず、かなり過ごしやすい。
とはいえ、喧噪のコラバ地区を歩くのは決して快適とはいえず。買い物をすませたあと、エスケープするようにThe Taj Mahal Palaceへ向かう。向かいに、ブティックを見つけた。以前からあったのだろうか、気づかなかった。
BOMBAY ELECTRICという、複数の高級インドデザイナーズブランドを扱うセレクトショップだ。
上の大きな写真は欧州でも人気のマニッシュ・アロア。
「どこへ着て行くのだ?」
という派手な服も少なくないが、洗練されたものも少なくなく、ジュエリー類も伝統的なスタイルをモダンにアレンジしたものがすてき。
とはいえ、この手のセレクトショップで「欲しい!」と思える服にはなぜかあまり出合わない。
入念に眺めた結果、店を出る。
店を出て、The Taj Mahal PalaceのSea Loungeへ。お気に入りの窓辺の席に座り、インド門と、その周辺を行き交う人々を眺めながら、くつろぐひととき。
ちょうどハイティーの時刻。ホテルのゲストだけでなく、欧米人の駐在員夫人と思しきグループや、ビジネスミーティングをしている様子の人々が見られる。
それにしてもこのダイニング。このごろは訪れるたびにメニューが刷新されていて、値段が上がっている。変わらないのは、テーブルの上に飾られた黄色いバラの花ばかり。
ダヒ・バタタ・プリが350ルピー。有り得ない。さきほど食べたものの10倍以上の値段だ。もちろん、場所代を考えれば妥当であるが、それにしたって、だ。
なぜならダヒ・バタタ・プリはストリートスナック。日本で言えば、タコ焼きとたい焼きとか、そういう類いの「カジュアル食」である。そういう食べ物に350ルピーも払って恭しく食べるのか? という話しだ。
それはつまり、超高級ホテルのレストランで、特筆すべき味わいでもない、普通のタコ焼きに3000円ほどを払って食べるようなものである。いったい食べる人がいるんだろうか。と思っていたら、隣席のインド人マダムたちが注文していた。
確かに、世間の富裕な人々の多くは、汚い食堂などには敢えて入らぬだろう。たとえそこが、非常においしいタコ焼き、いやダヒ・バタタ・プリを出していたとしても。
一日が終わり夜。ホテルのタイ料理レストランで、アルヴィンドに、今日の出来事を話す。Sea Loungeのダヒ・バタタ・プリの話をした。すると、
「このホテルのダヒ・バタタ・プリもおいしいよ。この間、ルームサーヴィスで頼んだんだ。ちょっと高かったけどね」
こんな身近にいたのだった。インド人ながら、汚いところが苦手で、ホテルでストリートスナックを食べる男が。やれやれ。この国のインフレに拍車をかける人々よ。
コラバ地区をタクシーで走り抜けるたびに夫は言う。
「こんな汚いところ、僕は住めない」
住まなくていいから。いちいちコメントしなくていいから。
「インドには、どうしてきれいで、ゆっくり歩けるところがないんだろう。オモテサンドウみたいなところがあればいいのに」
オモテサンドウ……表参道、ですか?
表参道は、わたしにとっても、東京で最も好きな場所の一つ。「それは気が合うわね」といいたいところだが、しかしコラバ地区の喧噪を見て表参道を想うとは。
彼の前世はやはり、日本人だったに違いない。
そしてわたしは……もちろんインド人である。