リサーチのレポートを送り終えたら、今週は映画を見に行こうと思っていた。ヒンディー映画だが、おなじみ「歌って踊って陽気な映画」ではない。2006年ムンバイを襲った「列車爆発テロ事件」を巡る人間模様を描いた "Mumbai Meri Jaan" だ。
映画館は自宅のあるカフ・パレード地区から車で10分ほどのナリマン・ポイント。ムンバイにおけるビジネス街で、オフィスビルディングが立ち並び、カンファレンスセンターなどもある。
海を望むマリン・ドライヴ沿いには引っ越し前にしばらく滞在していたOBEROI HOTELをはじめ、ヒルトンやインターコンチネンタルなどの高級ホテルが点在している。夫の勤務地も、このナリマン・ポイントだ。
さて、目的の映画館(シネマ・コンプレックス)はこのナリマン・ポイントのショッピングモール"CR2"の中にある。新聞の広告には、2:45、6:30、11:00PMの1日3回の上映とあった。平日の昼間なら、予約なしで席がとれるだろうと、2:45の回を見ることにした。
せっかくだから早めに行ってチケットを買い、アルヴィンドと一緒にランチを食べようと1時ごろチケット売り場に到着したところ……。
「今日から上映スケジュールが変更して、2:45はなくなりました。次の上映は5:45です」
がが〜ん。そういえば、インドの映画館は金曜日にスケジュール変更をするのだった。あああ、忘れていた。なにしにここまで来たのだろうと思いつつ、アルヴィンドに連絡をしてランチを食べに行く。
やはり"CR2"にあるJAPENGO CAFEだ。数年前にオープンしたのは気づいていたが、その怪し気な名前と、日本料理、レバノン料理、東南アジア料理などを出すという不可解な取り合わせのコンセプトにおそれを抱き、一度も入ったことがなかったのだった。
しかしこの店が「ドバイ拠点」の店だと知り、ちょっと試してみようか、という気になったのである。あれほど、ドバイへはなにをしにいったのかわからないくらいの過ごし方をし、旅のレポートもまとめぬままだった癖に、結局「インド」を信じず「ドバイ」を信じるのかわたしは、という矛盾である。
ドアを開ければ……店の雰囲気は、よい。界隈で勤務する外国人駐在員らしき人々の姿も見られる。
メニューを開けば……恐ろしいことに、いや驚いたことに、寿司や刺身まである。お値段もなかなかによい。なにやらプチ高級店である。
今日のところは、無難に店の人の勧めに従い、ナシゴレン(インドネシア風フライドライス)と焼きそば(日本風フライドヌードル)、そして野菜のバター炒め(バターをいれないでただ軽く油で炒めてくれとリクエスト)を注文する。
料理は、期待していなかっただけに、なかなかにおいしい。
ナシゴレンの色がやたらと濃いのが気になったが、味は見た目ほど濃くはなかった。
焼きそばは、可もなく不可もなく、といった味。にも関わらず、お値段がなかなかによい。
これだったら若干高くてもOBEROIのダイニングで食事をする方がいいと思われる。
さて、食事を終えて、映画を見る予定が見られないし、5時すぎの回では遅すぎるし、仕方がない。OBEROIのショッピングセンターで「目の保養」(ジュエリーなどの見学)をして帰ろうかと思う。
おっとその前に、郵便局へ行かねばならないのだった。例の「仰天ライフ」のDVD7枚を送付するべく、持参していたのだ。ここはムンバイ随一のビジネス街である。郵便局の一つや二つ、あるだろう。
通りすがりのおじさんに、「郵便局はどこですか」と尋ねると、前方を指差す。
「遠い?」
と聞けば 、
"Two minutes."
ま、歩けない距離じゃないだろうと、歩き出す。
途中で気になって別の人に聞く。やはり同じ方向を指す。5分歩いても、辿り着かない。暑いし、人通りは多いし、歩くのが辛い。しかし歩く。
分岐点で人に尋ねる。
"Two minutes."
さらに分岐点で、人に尋ねる。
"Two minutes."
もうすでに、10分は歩いている。インドの歩道は足場が悪いし、しかも暑いし、10分も歩くと、たとえばワシントンDCの閑静な住宅街を1時間以上歩くくらいの疲労感が得られるのだ。
わかっていたはずだ。 インドにおける"Two minutes."が、いったいどういう意味をもっているのか。
それは厳密なる時間としての2分、つまり120秒を意味するのではなく、「ちょっと」という意味であるということを。その「ちょっと」のさじ加減は、まことに千差万別で、各人の願望によってはたとえ実質1時間、2時間であろうとも、 "Two minutes."と表現される場合がある。
呑気な土地柄だと、それが2日、3日を指し示す場合さえある。
ということを、わかっていたはずなのに、ビジネス街の中心部に、郵便局はあるに違いないという先入観が、わたしのその判断を、狂わせていた。
新しく買ったばかりのサンダルを履いていたのも災いした。足が痛い。ああもう、帰りたいかも!!
しかし、志半ばで引き返すのは無念だ。もう少し、歩いてみようではないか。
ようやく、頼りない表示を見つけて一安心。取り敢えず、郵便局は存在するらしい。
そして目に飛び込んで来たのが、上の大きな写真。
3つの郵便ポストである。
インドの経済都市ムンバイのビジネス街のポストとは思えない、前時代的なムードである。
さて、郵便局はどこだろうと方向転換すれば……。想像を裏切らないすてき建築物。万年工事中の風情を漂わせている。
あまりにも無防備な工事現場。もう、すでに見慣れてしまっているけれど。「頭上にセメント降って来てOK!」と言わんばかりのおおらかさに脱力だ。
そして今、気がついたが、鼻の掃除に余念のないおじさんが写り込んでいる。嗚呼。
それにしても、この工事風景のディテール(右写真)。こんなセメントの塗り方じゃ、また数年もたたぬうちにはげ落ちること必至である。インドの、かような工事に使用されるコンクリートは、セメント成分が少なく砂利などがたいそう混ぜられているから、強度が低いのである。
コンクリートは酸性雨などでダメージを受けることは知られているが、温度・湿度の急激な変化にも弱い。ムンバイ気候は、コンクリートを傷めやすいのである。
と、コンクリートを語っている場合ではない。
はがれ落ちたらまた、塗り直せばいい。ただそれだけのことである。女性が毎朝化粧をして、夜になると落とすように、塗ってははがれ落ち、塗ってははがれ落ちを、繰り返すがよい。
郵便局内部はまた、「前時代的」である。無駄に能率の悪い、やはり旧共産主義国や旧社会主義国を彷彿とさせるたたずまいである。
7つの封筒それぞれの重量をはかってもらい、切手の料金を書き込んでもらう。
次に窓口2に行き、切手を購入する。
次に窓口3へ行き、それらを配送箱にいれてもらう。
その都度、そこには列がある。今日は利用者が少なく、さほど並ばずにすんだが、これがいちいち並ばなければならないとしたら、またしても疲労度は増すというものだ。
どうしてこうも、前時代的な風情に満ちあふれているのだろうインドの国営機関は。
「前時代的」という表現はいや、間違っているかもしれない。
たとえば日本であれば、明治4年に前島密が郵便制度を英国から導入した瞬間から、こんな面倒な手続きはなかったはずだ。1つの窓口で完了だったに違いない。
そんなわけで、先日の「電気代支払い」同様、郵便物を送付するだけでたいそうな疲労感と達成感。そのままOBEROI HOTELへ赴き、その芳しいアロマの芳香に身を任せつつラウンジでしばし休憩。
英気を養って後、ショッピングセンターを軽く歩き、帰宅したのだった。
それにしても、「郵便局へ行った」という、あまりにも日常的でシンプルな行動に関して、どうしてここまでも「語れる」のだろうか、インドよ。だから、書いても書いても、書き尽くせない日常なのだ。
映画を見られなかった不完全燃焼から、帰宅して、MOVIE BANKというDVD宅配サーヴィスに申し込んだ。チラシをCR2でもらっていたのだ。近所のレンタルDVDボックスを利用することもできるし、インターネットや電話で注文することもできる。
人手過剰のインドでは、各種「宅配」が手軽に行えるのが利点だ。4本のDVDを注文し、1時間後に受け取った。月曜日にピックアップに来てくれるらしい。便利だ。週末は、見たかった映画の鑑賞を楽しもうと思う。
フライドチキン関係は、どうにもそそる好物である。
アルヴィンドもわたしも大好きなのだ。
我々が、
「食べても食べても太らないの」
という体質だったら、週に一度は揚げ物を取り入れたいところだ。
今日は、鶏肉についても「かなり」語りたかったのだが、なんだかどうでもいいことを果てしなく長く綴ってしまいそうな予感がするので、この辺にしておく。
さて、今夜は映画で、シャンソンに身を委ねつつ、パリを旅する予定だ。