昨年、公開される前から見たいと思っていた映画を、ようやく見られた。"La Vie En Rose"(邦題:エディット・ピアフ~愛の讃歌~)。シャンソン歌手、エディット・ピアフの生涯を描いた映画だ。
「子供のころ、両親が越路吹雪を聴いていた」世代である。こてこての日本人にも関わらず、妻への愛情表現が欧米的だった父親は、「あなたの燃える手で、わたしを抱きしめて」といった、かなり暑苦しい歌詞で構成されているところの「愛の讃歌」を、力一杯、口ずさんでいたものだ。
小学生のわたしと、和製シャンソンとの、それが出会いであった。旋律は美しく力強いと思うものの、そのあからさまな歌詞は、照れくさかったし、今でもその翻訳はすばらしいと思うものの、日本人には直裁的すぎるだろうなとも感じる。
初めてパリを訪れたのは、25歳のときだった。その前後に、エディット・ピアフの存在を知った。それまでは、越路吹雪の歌と思い込んでいた歌の数々が、彼女のものであったということを知って驚いた。
20代後半に重苦しい恋愛をしていたころ、彼女の歌声が身にしみた。幾度か欧州を旅して、パリを歩くたびに、頭のなかには彼女の歌が渦巻いていた。といってもフランス語はわからないので、いくつかの歌の「コンセプトだけ」を理解していた。
自分の容姿や性格などをさておいて、悲劇のヒロイン的に、愛の辛さに途方に暮れながら、歌に浸った。ああ、書きながら恥ずかしい。恥ずかしいが、それもまた、青春のひとこまである。
いろいろな音楽を聞いてきたが、彼女の歌はまた、かけがえのない存在感を放っていた。30歳でニューヨークへ渡った時、いろいろなものを処分したが、持参するCDの中には、エディット・ピアフもあった。没後30年に発売された "EDITH PIAF 30th ANNIVERSAIRE" という2枚組のアルバムだ。
王道的な、La vie en roseもいいけれど、Padam Padamが好きだった。迫り来る足音のような、心臓の鼓動のような。Milordを聴けば、パリの石畳を軽快に歩くときを思い出した。
La Fouleの、人波にもまれて人生、流れるような旋律。パリのオレンジ色の夜景と藍色の空、Sous Le Ciel De Parisの、アコーディオンの遣る瀬なさ。Les Feuilles mortes (枯れ葉)はイヴ・モンタンの歌声がまたすばらしいけれど、ピアフのそれも麗しい。
アルヴィンドと出会った当初もしばしば聴いていて、彼もピアフの歌を好きになって、二人でパリを訪れたときは、Jonny, Tu N'Es Pas Un Ange(ジョニー、お前は天使じゃない)を歌を口ずさみながら、街を歩いたものだ。
歩く時、この曲のリズミカルな旋律は心地よい。わたしは適当に、なんちゃってフランス語で歌うのだが(かなり変)、アルヴィンドは、フランス語も少し話せるのだ。
さて、映画である。
想像をはるかに超えて、それはすばらしいものだった。ピアフを演じたマリオン・コティヤールは、昨年のアカデミー賞を受賞しているので、ご存知の方も多いだろう。
20歳から亡くなる47歳までのピアフを演じているのだが、交通事故や、アルコールや、薬物により実年齢よりもはるかに年老いて見えた、まるで老人のようなピアフをまるで、本人が乗り移っているかのような迫力で以て具現していた。
歌のシーンもまた、まるで彼女が歌っているとしか思えぬ様子で、呼吸までもが完璧に一致していて、すばらしかった。
ピアフが自分の歌う曲を選ぶその状況もまた興味深く、晩年に"Non Je Ne Regrette Rien"と出会うシーンがまた、印象的だった。そしてその歌を、ステージで歌う最後のシーンもまた。
これもまた、わたしの好きな歌なのだが、歌詞の意味を知らなかった。と、アルヴィンドが、
「わたしはなにひとつ、後悔しない」
という意味だよ、と教えてくれた。
その途端に、旋律と歌詞と彼女の人生が一体となって花開いたような印象を受け、心を射抜かれた。
いつもはわたしが映画を見て涙を流すとからかい、興ざめさせてくれる夫も、この映画には揺さぶられたようである。二人して目頭を熱くして見た映画は、これが初めてだ。
"Non Je Ne Regrette Rien"を聴いてみたい方は、下の画像をクリックしてYouTubeへ。
「美穂は、後悔していることはある?」
と聞かれ、
「ないよ」
と答える。いろいろと、失敗したなと思うことはたくさんあるし、小さな後悔は日常茶飯事だ。しかし、「あのときこうすればよかった」と大きく後悔することは、 したくないので、ない。
「ぼくは、後悔してばっかりだ。この考え方を、なんとかしなきゃ、いけないんだよね」
と、わたしから見れば何を後悔することがあろうか、という人生を送っているハニーだが、まだまだ自分への欲求や理想が高いのだろう、彼は後悔しがちなのである。
二人の心に、よりくっきりと旋律を残し、今宵、ムンバイの片隅で、パリへの時間旅行を大いに楽しんだのだった。
これらパリの夜景の写真は、この1月、パリを訪れたときのもの。パリの情景をもっと楽しみたい方は、こちらへどうぞ(←文字をクリック)。