旅を終えて1週間がたってしまった。来週以降は、視察旅行に親戚の結婚式旅行(!)と、公私ともにあれこれが立て込んでいる。今日のうちに、手つかずのままだったエローラ旅の記録を、残しておこうと思う。
アジャンターとエローラ。同じ石窟寺院群であり、アウランガーバードを拠点にした世界遺産であるという知識はあったものの、両者がどのように異なるのかは知らなかった。
簡単に違いを説明するに……
●アジャンターは仏教の石窟寺院である。
●エローラは、仏教、ジャイナ教、そしてヒンドゥー教3つの宗教の石窟が共存している。
●アジャンターは石窟そのものもさることながら「壁画」が見どころとなっている。
●エローラは、ダイナミックな「掘り/彫り」が施された石窟そのものが圧倒的である。
といったところか。つまり、「どちらの方がよかった?」と尋ねられても、それは比べられない異なる味わいがあるのだ。
さて、アジャンター同様、エローラについての概要をピックアップしておく。詳細を知りたい方は、どうぞネットを駆使して調べていただければ思う。
■エローラ石窟群は、アジャンターが放置されつつあるころ、つまり6世紀ごろから建造され始めた。
■左右に広がる岩山に、34の石窟寺院が並んでいる。正面を向いて左側からジャイナ教石窟、ヒンドゥー教石窟、仏教石窟となっている。
■仏教石窟群は仏教衰退期の7〜8世紀に、ヒンドゥー教石窟群は6〜9世紀に、ジャイナ教石窟群は9世紀ごろに建造されたと見られている。
■最大の見どころは、ヒンドゥー教石窟群にある第16窟カイラーサナータ寺院。一番上の写真がそれである。
アウランガーバードのホテルをチェックアウトしたわたしたちは、荷物を車に詰め込んで、前日同様、ガイドとともにホテルを出る。エローラまでは1時間弱。気軽なドライヴだ。
昨日に比べると道路もよく、途中の風景も長閑で気持ちがいい。途中、観光地らしき古い城塞のあとも見られる。ダウラターバード(DAULATABAD)。
どことなく、田舎の展望ドライブイン? みたいな雰囲気が漂っているが、12世紀に建立されたものらしい。
さて、エローラに到着。前方の岩山全体に亘って、石窟が並んでいる。中央に見えるそれが、エローラのハイライトであるカイラーサナータ寺院。
ガイド曰く、
「今日は、食事をするように、巡りましょう。まずは前菜、そしてメイン、最後にデザートという具合に」
というわけで、まずは前菜であるジャイナ教石窟寺院へ。第32窟の観光からスタートだ。
ジャイナ教とは、仏教の開祖である仏陀(釈迦)と同時代に生きていたマハーヴィーラ(ヴァルダマーナ)を祖師と仰ぎ、アヒンサー(不殺生)の誓戒を厳守する宗教。
菜食主義者の中でも「スーパー・ヴェジタリアン」な人々が彼らだ。彼らは卵、根菜類なども口にしない。虫を殺さないためだと思っていたが、理由はそれだけではないらしい。
彼らは植物に対しても生き物とみなし、「殺生」という感覚があるらしく、根菜や球根は、植物を育む根の部分となるため、根源を口にしないというのだ。
ジャイナ教は、仏教の発生よりも古いとされており、インド以外の国には広がらず、今に至っている。ムンバイで車を購入し、革張りのシートを選んでいた時、ディーラーの人が話していたのを思い出す。
「ムンバイはジャイナ教徒が多いから、人工皮革のシートカヴァーも用意しているんですよ」と。
口にするもの以外でも、動植物に対する敬意を払って生きている人たちなのである。
ガイド曰く、マハーヴィーラ像と仏像は、よく似た印象を受けるが、見分けるポイントがいくつかあるという。まず、マハーヴィーラ像は「全裸」も見られるが、仏像に全裸はない。
また、マハーヴィーラ像の座り方は、蓮華座が左右に広がっていて、足が組まれていないが、仏像は左右が狭く組まれている。
そう言われてみると、なるほどその通りだ。
ジャイナ教石窟寺院は全部で5つあるが、この第32窟がもっとも規模が大きく最大の見どころだとのこと。
このように「オープンエア」のすべての石窟寺院に共通しているのは、岩山のてっぺんから掘り始めたということ。上から少しずつ少しずつ掘って、今度は寺の外観、内観を彫って、寺院を構築していったのだ。
そもそも、この岩山全体が、底の方までしっかりとした岩で成っているということが、あらかじめわかったのだろうか? 掘ってる最中に、途中で砂利や土が出て来たり……なんてことを考えなかったのだろうか?
あくまでも自然の岩山であるから、場所によって層が見られ、表面の質感が異なる。それがまた興味深い。当然ながら、すべてに「つなぎ目」がない。よくもまあ、こんなに掘って彫ったものだと、つくづく感嘆する。
この部屋の、ダイナミックな装飾がとても気に入った。天井に蓮の花。その下には噴水のようなものがあったという。
壁面は色とりどりの絵画で覆われていたとのことで、この部屋もまた、いかにきらびやかで豪奢であったろうかと偲ばれる。
今となっては、訪れるインド人女性たちの、華やかなサリーやサルワールカミーズの色合いが、石窟の静けさを引き立てるかのようだ。
こうして、彫刻の途中で放置された石像も随所に見られた。中途半端ながらも、やさしげな面差しで。
ジャイナ教寺院でしばらく、ガイドの話をきいたりしてゆっくりと過ごしたあと、次はメイン。
ヒンドゥー教石窟群のカイラーサナータ寺院へ直行する。
ここはまた、昨日にまして、大勢の子供たちや家族連れで大賑わい。
若者たちの姿が多数で、みな、やんややんやと騒いでいる。はっきりいって、相当うるさい。うるさい上に、マナーがなっていない。
アジャンターの記録にも書いたが、彼らはこの遺跡が丁寧に守られるべきとかなんとかいうことには、無頓着であり、知る術もないと思われる。
彫像に触るだけでなく、よじ上る青年たちもいて、ガイドのおじさんたちは、そのたびにみな、声を張り上げて叱っている。
「マナーがなっていないんだ」
と嘆くガイドに、
「きちんと教育することが大切ですよ。彼らは価値を理解していないのかもしれないし」
などと、わたしなりの見解と、やたら具体的に提案しつつ、寺院内を巡る。
マナーと言えば、インドの田舎の人たちは、外国人と見るや、一緒に写真を撮られたがる。有名人にでもなった気分に陥るが、はっきりいって、鬱陶しい。
なにしろここでは、極力、心静かに遺跡を眺めたいのだが、そうはいかないようである。
わたしを取り囲む人々を、夫が過度にプリプリしながら追い払っている。なかなかに無駄なエネルギーを要する観光だ。
とはいえ、この壮大なる、ひとつの宇宙のごとき空間に身をおき、周辺の雑踏から自らを遮断すれば、遥か時空を遡るひとときだ。
9月ごろが、オフシーズンだという。そのころにまた、静かに、訪れてみたいものだと痛感する。
1500年ほどもまえに、地道に、地道に、こつこつと掘られた、岩肌。
全てが巨大な岩山で、上から掘られて地に届き、支える無数の象のリアル。
なんとなく、放置された感じの天井の、そのラフさがまたダイナミックだ。
エローラ訪問で最も楽しみにしていたのは、寺院を上から見下ろすこと。灼熱太陽照りつけるなか、息を切らして上へ上へ……。
見晴らしのよい高台。遥か地平を見渡せる、しかし足がすくみそうな崖。もちろん柵などはなく、米国の国立公園を思い出させる。
確かに危険だけれど、しかし柵などをつけてしまったのでは、自然の有り様が著しく損なわれる。これはもう、自分の判断で、「危機管理」をするしかないのだ。
寺院の屋根の天辺あたりに屹立すれば、地球外生物と交信ができそうな、そんな感じだ。夜訪れると、どんな感じなのだろう。満天の星のもと、ここに立ってみたい。
さて、最後はデザート。仏教石窟寺院だ。第10窟。ガイドが一番好きな場所らしく、静かな時期には、ここに一人で訪れ、瞑想をすることもあるのだという。
この、素朴でやさしげな表情の仏像。手を合わせる人々があってこその。
だから彼らにとっては、ここは保護されるべき遺跡としてというよりも、近所にある寺院と同じような、日常の祈りの場でもあるのだろう。
だから、とりたてて「保護されるべき」とか、「丁寧に触れ合うべき」という概念はないのかもしれない。
「古い時代に作られたから」とか、「世界遺産だから」とかいう名目のものに、ありがたがっているのはむしろ、部外者だからかもしれない。
古いものは、自然に任せて、朽ち果てて行くのが、自然のありようでもあるのかもしれない。
とはいえ、やっぱり、これらはなるたけ、後世に残すべく、守られて欲しいとも思う。
足を広げて座る仏陀。こうして、しんみりと在るよりも、人々が祈り、まとわりついている方こそが、望まれるべき姿か。あくまでも、宗教の場、なのであるから。
エローラを巡って思うところ、あれこれと綴りたいところだが、日曜の夜。もう、そろそろ夕飯の準備をせねばならぬし、ビールでも飲みたい。
というわけで、この辺でとどめておく。インターネット上にさまざまな情報があふれているので、ご興味のある方は、どうぞ検索されたい。
エローラ遺跡を巡った後は、近所の食堂でランチ。左上写真がそれだ。
味付けがマイルドな家庭料理風インド料理。意外にもおいしくて驚いた。が、ローカルの店にしては値段も高くて驚いた。が、観光客にはお勧めの清潔な店である。
空港へ向かう途中、サリー専門店へ。なんでもアウランガーバードには、伝統的なサリーが2種類、織られているというのだ。
そのうちのひとつがこれ。PAITHANI SILKと呼ばれるもので、2000年以上の歴史を持つという。パルー(ひらひらとたなびく部分)にクジャクが織り込まれているのが伝統なのだとか。
2000年の歴史と聞くだけで、なにやら興味をそそられるが、しかし好みの柄ではないので、衝動買いは、なしである。
HIMROOと呼ばれるもの。
こちらも700年だかなんだかの歴史があるらしい。
タペストリーなどにも使われている、がっちりと質感のある布だ。
織物とはおしなべてそうだが、そのややこしい製造工程を教わるたびに、気が遠くなる。
手織りの衣類。
大切に着たいものだと思わされる。
……と、店内に入れば、少しも大切に扱われていない、どっさりと、布の山。
あれこれと見てはみたが、特段「これ!」と思われるものがなかったので、見学で終了した。その後、空港へ向かい、バンガロールへ戻って来たのだった。
以上で、ひとまずアジャンター&エローラ紀行、終了したい。
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