多様性の国インド。坂田の「インド・ライフスタイルセミナー〈必修編〉」では、冒頭で、「多様性の実態」を具体的に話す。「多様性=Diversity」という言葉の意味合いさえ、日本人と、非日本人とでは、根拠とするところが異なる。
「平均値」を出すことで、「最も多い層」を割り出すことができる日本。
「平均値」を出したら、該当する人間がほとんどいなくなるインド。
これ、極めて重要。
さて今日は、月に一度の、YPOのフォーラム・ミーティング。わたしが属するフォーラムのメンバーは、同地の他のYPOのフォーラムグループに比して「多様性のグループ」とみなされている。
イスラム教徒、ヒンドゥー教徒、チベット系仏教徒のインド人、マイソール(カルナタカ州第2の都市)から来る人、コインバトール(タミルナドゥ州第2の都市)から来る人、仏教徒の日本人……。
牛肉を食べ豚肉を食べないイスラム教徒。完全菜食のヴェジタリアンなヒンドゥー教徒もいれば、牛肉だけは食べないが他の肉類は食べるヒンドゥー教徒、我が夫同様、なんでもかんでも食べるヒンドゥー教徒&仏教徒……と、食生活一つをとっても、それぞれに異なる。
そんな彼女たちと、香港やマルタ島を旅したときには、「協調性ってなんだろう」と根源的な定義を問いたくなる自由奔放、しかし楽しすぎる時間を過ごした。
「みんなちがって、みんないい」(by 金子みすゞ)
異なるバックグラウンドの人々が、同じひとつの国に暮らすに際しては、異文化に対する敬意、尊重があってこその和平。
それぞれの宗教の祝祭日には、同フォーラムのWhatsAppには祝辞があふれる。異なるイデオロギーの人たちと、親しく日々を過ごしていれば、齟齬を端緒とする戦争は起こらないのにと、つくづく思う。
我が夫が、米国発のグローバル組織であるYPO (Young Presidents’ Organization)のメンバーになって3年余り。伴侶メンバーとしてわたしも同時期に入会、現在のフォーラムのメンバーになってからはちょうど2年。彼女らとの出会いは、わたしの人生にとって、かけがえのない現在進行形の財産だ。
月に一度、YPOの定めるルールとメソッドに則っての、ある種、自己啓発的な意味合いのあるミーティングを実施する。そこで話し合われることはコンフィデンシャル(極秘)であるが、今日のテーマの一部については、彼女たちの了承を得たので、シェアする。
「自分が得意(得手)とすることで、今後、そのスキルを伸ばしたいもの」と、「自分が不得意(苦手)とすることながら、今後、きちんと取り組みたいこと」について、3つほどの項目を挙げ、互いに発表しあった。
わたしは、「自分が不得意(苦手)とすることながら、今後、きちんと取り組みたいこと」の中で、「英語力」を挙げた。去年までは、週に一度、Skypeで英語の授業を受けていたが、この1年は諸事情で中断している。
若者らには「英語力の習得は必須!」と熱弁をふるってはいるが、自分自身は中途半端。他のメンバーは、英語はもちろん流暢に話せるし、インドは複数の「根本的に異なる言語」が使われているから、学歴の有無を問わず、複数言語を操る人は多数だ。言語の問題を抱えているのはわたしだけだろうと思いきや!
チベット系インド人の友人は、英語、ヒンディー語、カンナダ語(カルナタカ州の言語)などを操れるが、チベットのコミュニティで重責を担っている立場ゆえ「もっと深くチベット語を勉強しなければ」という。マイソール出自で、ヨガ関係のビジネスをしている友人は、「サンスクリット語をきちんと勉強しないといけない」という。ヨガを習いに来る外国人の方が、むしろサンスクリット語をしっかり勉強しているので恥ずかしいのだ、とのこと。
英語、ヒンディー語、テルグ語(アンドラ・プラデーシュ州)、マラヤーラム語(ケララ州)、タミル語(タミル・ナドゥ州)が話せる友人は、しかし自分のタミル語が不完全だからビジネスの上で敬意を得られない、オヤジたちに舐めた態度を取られて悔しいからもっと流暢に話せるようにするという。
英語、フランス語、ヒンディー語、カンナダ語、タミル語その他、よくわからないくらい話せる人もいる。それでも、みなそれぞれに、課題がある。
海外在住経験、渡航経験も豊富な彼女たちと、「スタンダード」も、「阿吽の呼吸」も「忖度」もない中で、直裁な言葉だけをツールにコミュニケーションを図る面白さと、同時に英語力不足の悔しさ。
「掛け声」ばかりではない。本当に、英語の勉強をきちんとしなおすべし、を、日々痛感。ネイティヴ並みに英語の読み書きができる友人各位。おすすめのメソッドがあれば、どうぞ教えてください。
ミーティングの終わり、8月の誕生日のメンバー2名を祝すべくひととき。それでなくても顔が大きい平たい顔族。セルフィーのポジションを間違ってた無念。頬寄せ合っている同じ歳の美しい彼女は、「ミス・インディア」でもあった才媛。同じ種(しゅ)とは思えぬお顔立ちだ。