今日、世界人口の17%ほどもの国民を抱えるこの国は、朝から静寂に包まれている。デカン高原の都市、ここバンガロールは、昔日の情景を蘇らせるが如く、木の葉のざわめき、降り注ぐ陽光、遠く近くから鳥たちの鳴き声が届き、異次元空間に紛れ込んだかのようだ。
2020年3月22日(日)。今日は、インドの歴史に残る1日となるだろう。
3月19日の夜、モディ首相は国民に対し、以下の声明を発表した。
1. 3月22日は午前7時から午後9時まで、「JANATA(Public) CURFEW」即ち国民の外出を禁止する。
2. 警官や医療関係者、配達業、メディア、消防官など、必要不可欠な業務に従事する人たちは例外とする。
3. 国民を新型コロナウイルスから守るため、過去2カ月間に亘り、身を賭して働き続けている「2.」に該当する人たちへの感謝を表するべく、3月22日午後5時、国民は全員、自宅ドアの前やバルコニー、窓際に立ち、5分間、拍手をしたりベルを鳴らしたりして、労働を称える。
この場合のベルとは、宗教儀礼で使う「鈴(りん)」のことである。「2」に対する人たちを讃えるのに、拍手だけでなく、なぜ鈴を鳴らせというのか。インドの友人がシェアしてくれた情報に「占星術と関係がある」とのヒントがあったので、調べてみた。
結果、今日午後5時からの5分間は、占星術とサイエンスの相乗効果を狙っているのだな、と思われる。胡散臭いなどと思わず、まあ、読んでほしい。
チリンチリンと間断なく鳴らされる「ベル」は、インドでは日常的に、ヒンドゥー教の儀礼などでも使われるもので、その音は、「邪悪な気」を払い、空気を浄化するとされている。ヒンドゥー教に限らず、クリスチャンの教会にも、仏教寺院にも鐘はある。日本の仏壇には「鈴(りん)」があり、祈りの前にチンと鳴らて、空気と、心を、整える。
日本人にとって身近な鐘といえば「除夜の鐘」だろう。一年を終えるとき、108回、撞かれる鐘の音には、「音霊」による「お祓い」の効果がある。
明後日、3月24日は新月で、今現在、月はどんどん、欠けている。1カ月のうちで最も暗くエネルギーが減衰する時期だ。そんな今、地球人口の17%をも占めるインド13億人の我々が、一斉に5分間もの間、音を鳴らし続けたら、どうなるのか。
累積された鐘の振動音は、人間の血流を促す。
血流が活性化されることにより、人体は、免疫力を高める。
免疫力が高まれば、菌に感染しにくい身体になる……というわけだ。
テクノロジーとサイエンスを絶対視する人には、そして、この国の歴史を知らない人には、インドのやっていることが、摩訶不思議で前時代的に思えるだろう。
しかし、敢えて言いたい。
テクノロジーやサイエンスや利便性ばかりを絶対視した結果、今の地球はどうなっているか。人類が原始時代から培ってきた叡智をおざなりにした結果、どうなっているか。
人類は不健康ではないか。人類だけではない。地球環境を破壊し、人類以外の生命体にも、自然にも、悉く、ダメージを与えているではないか。
人類が、未曾有の苦境に立たされている今。「物事を見る目」を、変えるべきときだと、切に思う。
数日前にも記したが、改めて綴る。
13億人もの国民を抱える、世界最大の民主主義国家インド。宗教、文化、言語、習慣、所得……あらゆる点において、平均値のないこの国。
日本の約9倍の国土に、約10倍の人々が暮らす。欧州連合全体よりも狭い国土に、3倍近くもの人が暮らす。1947年の印パ分離独立時には、誰もが統一インドの実現と維持を不可能だと予測した。しかしながら、今なお、一つの国家として存在している。
そんなインドで、13億人が、一斉に、足並みを揃えようとしているのである。途轍もないことだな、と思う。
他国に暮らしている人には想像し難いかもしれないが、今、この国は、かつてなく「清潔」を意識し、瞬間的な決定で、先手先手の対策を取りながら、感染の防御を張っている。それは、人口が多い一方、医療体制が整っていないインドにとって、第二のイタリアやイランになることが、目下、最大の懸念だからだ。
そして、多くの人々が、国や行政の指示に従い、優良な情報をシェアしあい、互いをサポートし始めている。
個人的には、この国の人々の、日頃から培われた「免疫力の強さ」を信じたいところだが、楽観視はできない。今後の、インドにおける「COVID-19」の感染の行方は、誰にもわからない。神のみぞ知る。
外出禁止が長引く可能性も否めない。
ゆえにわたしもまた、このごろは日々、お香を焚いて空気を清め、普段以上に健全な食生活を心がけ、しかしアルコール摂取量は高まっている気がするが、まあそれはさておき、自分ができる限りのことはやって、あとは天に祈りを捧げるばかりだ。
モディ首相は声明で、「現状、サイエンスでは解決できない」と何度か口にした。サイエンスを頼れない今、伝統的な人間の智慧を思い起こしても、いいのではないか。
インド在住のみなさん。このような瞬間に立ち会えるのは、極めて稀有な経験だと思います。午後5時には共に音を鳴らし、働く人々を讃えつつ、邪気を祓い、菌を追い払いましょう!