ロックダウン初日。午前7時、窓からかすかに吹き込む涼風と、鳥のさえずりで目をさました。この落ち着かない事態の中で、睡眠時間は短いというのに、しかし睡眠の質が高い。過去1週間の外出制限により、多分、明らかに、街の空気がよくなっているせいだ。朝の庭を裸足で歩き、軽く体操をし、ストレッチをする。いつもと同じ庭なのに、どこか高原のリゾートにいるような気がする。
外出禁止となり、自分の時間に余裕ができるような錯覚に陥っていたが、それは勘違いだったということに、今更ながら気づいた。メイドやガーデナーが休むことにより、普段は料理だけをしていたのが、掃除洗濯が加わる。水撒きや庭掃除もせねばならない。三食の準備に片付け、夫対応と、むしろ普段よりもやることが多いじゃないか。
さて、バンガロールの盛夏は4〜5月だが、ここ10年ほどは、3月ごろからかなり気温があがり、暑さが長引く年が増えていた。今年も3月初旬から、急に暑さが強まり、未だに冷房なしで凌いでいる拙宅では、夏の間だけのエアクーラー(インドならではの水冷房)を出したばかりだった。ところが、ここ数日は使うことなく、天井のファンだけで心地よい。
わたしがバンガロールに移住した2005年には、もうすでに都市化は加速しており、車も増えていたが、今よりは圧倒的に空き地も緑も多く、静かだった。郊外の高層ビルディングやテックパークの大半は、ここ十数年の間に完成したものばかりだ。
かつては、至るところの大樹が枝葉を伸ばし、緑が日差しを遮り空気を冷まし、柔らかな木漏れ日だけを地上に降り注がせていた。バンガロールで生まれ育った友曰く、「昔は町中、どこを歩いても、木陰だったのよ」。ゆえにガーデンシティ、エアコンシティと言われていた。
四季の変化に浅く、季節の移り変わりが緩慢なバンガロールだが、そのときどきで異なる自然が息吹いている。「樹の花」が咲き誇る季節の今、外に出られないのは、本当に残念なことだ。悠然と舞うトンビの視点を借りて、中空を旋回しながら、この街を見下ろしたい。
透き通るような薄紫色の木の花は「ジャカランダ」。よく見ると、トランペットのような形をしている。そして、日本の桜を彷彿とさせる木々もあちこちに。「ピンク・テコマ」あるいは「ピンク・トランペット」と呼ばれ、薄桃色の木の花を咲かせる。同じテコマでも、鮮やかな黄色い花をつけるそれは、デカン高原の青空に映えて、ひときわ色鮮やかだ。
やがて、4月から5月の盛夏になると、真っ赤な「グルモハル」の花が咲き乱れる。まるで炎のように中空を染めることから、日本語では「火焔樹」と呼ばれる。グルモハルが散ってしまう前に、自由に外へ出られる日が来られますように。
ところで今日は、UGADI(ウガディ)と呼ばれるデカン高原界隈、南インドの新年だ。カルナータカ州、アンドラプラデーシュ州、テランガナ州、マハラシュトラ州、ゴアあたりが該当する。各家庭では、マンゴーやヤシの実などを用いた伝統的な儀式が行われ、「六つの味」を食すのが象徴的だという。
「六つの味」といえば、アーユルヴェーダの食事の作法の一つに「サトヴィック」というものがある。このサトヴィックでは六味を刺激する調理法が用いられており、六味は六つの感情にリンクしているらしい。
・苦味:ニームの芽や花→悲しみ
・甘味:ジャガリー→幸せ
・辛味:青唐辛子、胡椒→怒り
・塩味:塩→怖れ
・酸味:タマリンドジュース→嫌悪
・刺激:熟してないマンゴー→驚き
そういえば、今はマンゴーの季節。好きなマンゴーを自由に選ぶことさえもできない。一昨日買っておいた果物は、近々底をつく。当面、新鮮なものが速やかに配達されるかどうかはわからず、大切に味わう。
本来ならば、盛大に賑わう南インドの正月のまさにその日からのロックダウンを発令したのは、モディ首相の巧みな戦略だったと思う。無論、モディ首相の声明後、真偽のほどは定かではないが、カルナータカ州知事が「今日は正月だから外出禁止は例外に」などという発言をしたとの話もある。確かに今朝から数回、遠くから、祭りの賑わう音が聞こえている。やれやれ、13億人を統制することは、途轍もなく困難だ。
それにしても、モディ首相の、今回のロックアウト発令に至るプロセスは、見事だったと思う。例えば10日前に、「明後日から1カ月間、外出禁止!」と言われたら、13億人の大半が、パニック状態に陥っただっただろう。徐々に、しかし大胆に、最初は「日曜日だけの外出禁止」を匂わせておきながらの、1日おいて、国民に「予感」させる時間を与えつつの、ドンと3週間。賛否両論あろうが、今は、為政者に不満を言っている事態ではない。
13億人のトップに立つことが、どれほどの重責か。モディ爺さん、くれぐれもお身体を大切に……と、案じるばかりだ。