途方もなく長い歳月、砂に埋もれ眠っていたアブ・シンベル大神殿の一部を見つけ、発掘の契機を作ったのはスイス人の東洋学者ヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルト。1813年のことだという。エジプトの大地は、インドの大地と同様、欧州列強の人々により、好き勝手に「発掘され(荒らされ)」、大小様々な大いなる遺産を「持ち去られ(盗難され)」た歴史がある。
大英博物館で見たエジプトのロゼッタストーンや無数のミイラ、あるいはロンドン塔に展示されているインドの宝飾品、さらにはドレスデンの宝物館を訪れた時には、複雑な思いにとらわれた。……と、今、ドレスデンの宝物館について検索したら、なんと2019年に盗難に入られ、総額1億1400万ユーロの宝物が消えたという。
この宝物館で最も価値が高いとされるグリーン・ダイヤモンドは、ニューヨークのメトロポリタンミュージアムに貸し出されて無事だったとのこと。ちなみに、この宝物館で最も価値が高いグリーン・ダイヤモンドも、インドから「持ち去られた」ものだ。参考までに、ドレスデンの旅記録を添えておく。41カラットのグリーン・ダイヤモンドの写真も載せている。
【欧州旅 Day 14 ドレスデン】訪れたい場所、見たいものの多さに圧倒される1日
https://museindia.typepad.jp/2018/2018/10/14.html
さて、アブ・シンベル大神殿は、ラメセス2世の自我が顕在化したような場所だと思う。入り口の4体(1体は自然崩壊)は全員、ラメセス2世。石窟に入ってすぐの、左右に並ぶ8体の立像も、オリシス神の姿を借りたラメセス2世。
左右の壁画レリーフの主人公もまた、戦闘地で奮闘するラメセス2世の勇姿だ。正面奥、我が夫が立っている至聖所の3人の神々とラメセス王が並んで座っている。ここは2月と10月の年に2回だけ朝日が差し込み、左端の冥界神を除く3体に光が当たるようになっているという。
この石窟神殿の北側に、もう一つ小さめの石窟神殿がある。これは、ハトホル女神と、ラメセス2世の妻であるネフェルトイリ王妃に捧げられたものだという。後半の写真がそれだ。
1時間余り、じっくりと神殿を眺めてのち、カフェでガイド氏としばらく語り合う。
我々は、古いものを「原始的だ」という言葉で「下に見る」傾向があるが、昔の人間の方が、人間自体のポテンシャルが高い側面も多々あったいうことに話題が及ぶ。意気投合する。
一部の人間が構築したテクノロジーに頼りきった大多数の人間は、不器用に退化し続けているように思う。かつて人間は、測量機や定規が普及してなくても、そこそこ均等に作ることができたのではなかろうか。重量にしても然り。
比較対象が卑近だが、わたし自身もそうだ。手書きしか手段がなかった20代のころは、罫線のない白いノートに、等間隔でまっすぐに文章を書くことができた。1ミリも違わずに何十行も、だ! かつて、しばしば大量の菓子作りをしていたころ、1つのタルト型に使う生地24グラムを、ほぼ近似値で取り分けることができた。
古来の技術者とは、みながそのような力を備えていたはずで、人間力がすさまじかったのではないかと夢想させられる。
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