わずか10日間のあいだにも、マルハンさんちでは、いろいろなことがありました。
一昨日は、ちょっとした「事件」も起こって、2人家族とは思えないドタバタぶりです。
どたばたな暮らしのなかにも、平穏は確かにあり、それは「陰陽」の如き調和、なのだそうです。
その陰陽を表すかのような、天竺揚羽(テンジクアゲハ)が、遊びに来ました。毎年、この季節になるとやってくる蝶々です。
インドで二番目に大きい蝶だとのことで、英名はBlue Mormonといいます。
庭の片隅に放置されている蘭は、ときどき、思い出したように花を咲かせます。花が咲いている間は、庭の片隅から表舞台に移動です。
先週、みほさんはナーサリーに出かけ、植物を購入しました。芝生の生育が悪い場所に、地面を覆う草花を植えることにしたのです。
この5、6年の間にも、芝生を2度ほど全面張り替えしたのですが、たいへん手間がかかりますし、日陰の部分はどうしても生育が悪くなります。農薬を一切使わず、オーガニックの肥料だけで育てていることもあり、なかなか常に緑豊か、というわけにはいかないのだそうです。
庭師のお兄さんが庭を耕して植えていると、ROCKYがうれしそうに柔らかな土の上に寝そべります。
せっかく植えた花の上を、NORAとROCKYが楽しげに走り回るので、みほさんは気が気ではありません。
土が掘りやすいからと、NORAは喜んでおトイレにする始末。ずっと見張っているわけにもいかないので、植物の生命力に期待するしかありません。
馬には、花の鉢植えを運んでもらうことにしましたので、もうここに、猫らの飲み水はありません。ROCKYは少し、戸惑っているようです。
かわいいですね。
ROCKYは、相変わらず庭の花や緑が大好きです。毎日のように、花や葉っぱをかじってみたり、木に上ったり、小さな昆虫と戯れたり、蝶々を仰ぎ見たりしています。
それと最近では、庭の隅っこを全速力で走り回るのがブームのようです。
新しくやってきたカラフルなお花も、まずは匂いを嗅いでご挨拶。
みほさんがクローゼットの掃除をして、引き出しを虫干ししていたら、早速、猫らがやってきます。こういうもので遊ぶのが大好きなようです。
ROCKYの寝姿はとても愛らしく、ついつい、「お布団」をかけてあげたくなるのだそうです。
暑いのに。
人間のヨガの、スーリヤ・ナマスカール(太陽礼拝)のポーズと、とてもよく似ています。
ところで、ある夜のこと。まるおさんが階下から大声でみほさんを呼びます。
「みほ〜! トイレでいったい、何をやったの?!」
みほさんが、こんなことをするわけがありません!
これは、ROCKYの仕業に違いありません。まるで人間の子供のようです。
トイレのドアを閉めておけばいいのですが、ついつい、少し開けっ放しにしていしまいます。というのも、欧米の家庭では、バスルームのドアは、少し開けておくのが一般的なのです。それが「使用中ではありません」という合図にもなるのです。
その習慣もあることから、つい、少しだけ開けているせいで、そこからROCKYが侵入するのです。
今後は日本的に、きちんとドアを閉めましょうと、まるおさんとみほさんは決めていたのですが……。
数日後、またやられてしまいました。
ちなみにインドではトイレットペーパー、とても高いんです。1ロールが200円くらいするそうです。みほさんは「資源の無駄遣い」を嫌いますので、エコノミカルでもエコロジカルでもないROCKYの行動にご立腹です。
こんどこそ、きちんとドアを閉めておかなければ!
と、諭しに入ったNORA姉さんに、えいっ、とパンチを食らわすROCKY。
本当に、困った弟です。
夕方、みほさんがお台所で夕飯の準備をしていると、猫らは仲良くやってきます。
特に、肉や魚などを焼く、いい匂いがしているときには、ミャオミャオと言ってまとわりついてきます。
ときどきは、猫らにも食べられるものがあるので、人間よりもさきに、鶏肉のササミや焼き魚などをもらえるのですが、いつもそうとは限りません。
「今日は、なにもありませんよ」
「台所は危ないから、あっちに行きなさい」
とみほさんが言うと……。
2匹そろって、たいへん恨みがましい目つきで、みほさんを睨みます。
ところでNORAは、みほさんが呼ぶと、たいてい返事をしますが、ROCKYは、未だに返事をしません。爆睡していることもありますが、そうでないときにも、返事をしないのです。
ROCKYという名前に自覚がないのか、本当におばかさんなのか、よくわかりません。ただ、NORAがご近所パトロールから帰って来たことに気づいたみほさんが「NORA!」と呼んだりする時には、その声に反応して、NORAを探しに出かけます。
ある夜、ROCKYの姿が見当たらないので、みほさんが名前を呼びながら家中を探していたところ……。
リヴィングルームの電気をつけたら、ROCKYが!
仕方がないので、このカゴは、ROCKYのおもちゃになりました。
けれどそのうち、ROCKYは大きくなって、収まりきれなくなるに違いありません。
ところで水曜日の朝には、ROCKYは病院へ行きました。ワクチンの接種の最終日です。このワクチン接種が終わったら、1年後までは必要ないそうです。
カゴに入れられて、犬や牛やロバのたくさんいるワイルドな動物病院へ連れて行かれて、ROCKYはとても緊張しています。けれど、やはり注射の針を刺されても、いつものように気づいていないのか、暴れることもなく、あっという間に接種が終わりました。
この日の夜、実はちょっとした事件があり、みほさんも注射を打たねばならない羽目に陥りました。
そのお話の前に、ご近所の野良猫情報を、レポートしておきます。
モチャ、ではなく、モカ、ですよ。
ROCKYの数カ月お姉さんの彼女は、このアーチのブーゲンビリアの茂みを住処にしています。
MOCHA、と呼ぶと、ミャアミャアと返事をして、顔を出します。その点、ROCKYよりも、賢いです。
メスだけに、顔つきも体つきも、ROCKYに比べるとやさしげですが、よく似ています。
慣れた足取りで木からするすると下りてきます。なかなかに、格好いいです。
この小道を、みほさんやまるおさんの後をついてやってきて、餌をもらいます。夜はこの小道を、何往復もしてお散歩をするご近所さんが多いので、そのときには世間話となります。
まるおさんがMOCHAに餌を与えていることはご近所でも有名です。他のご近所さんも、MOCHAや、MOCHAのお母さんのジュリーの面倒を見ているそうです。
ところでMOCHAは、とても臆病で、いつも他の猫に追いかけられています。
そのうちの一匹が、実母であるジュリー。そして、もう一匹が、下の写真のMADAMEです。
フレンチ風にマダ〜ムと発音してください。命名したみほさんいわく、妊婦のMADAMEは、鳴き声がとてもすましていて、貴婦人のような発音で、「ミャ〜オ」と鳴くのだそうです。
けれど、気高い鳴き声とは裏腹に、食べ物にはたいへん貪欲で、MOCHAが餌を食べていると知るや、彼女を追っ払って、全部食べてしまいます。母は強し、です。
MOCHAがみなに虐げられているのは、ご近所の散歩仲間のみなさんはよくご存知です。
この間は、みほさんが、
「お宅の猫が、たいへんな勢いで追いかけていましたよ」と指摘されていました。
NORAのことです。
ともあれ、野良猫たちはご近所さんたちに見守られながら共生している状態ですが、凶暴な猫などには注意をしなければなりません。近所の子どもたちにも「触っちゃ駄目ですよ」と、みほさんは教えています。なぜなら、野良猫が病気を持っている可能性が高いからです。
先日、どうしても触りたい、という女の子がいましたので、NORAを触らせてやりました。とても喜んでいました。NORAは非常に、迷惑そうでしたけれどね。
ところで、以前も書きましたが、インドには、基本的に動物の殺処分がありません。動物にとってはよい環境ですが、しかし人間にとっては危険もたくさんあります。
なにしろインドでは、狂犬病で年間に3万人ほどもの人が命を落としているのです。狂犬病の感染源は、犬が主ですが、猫やリスなどからも感染します。
みほさんが住んでいたニューヨークでは、セントラルパークのリスが狂犬病を持っている可能性があるということで、ニューヨーカーは決してリスには近づかなかったということです。
さて、事件が起こったのは、水曜の夜のことです。
NORAはご近所パトロール中。ROCKYは、みほさんの机の傍らで眠っていました。
と、ネコが餌を食べている音が聞こえました。NORAは、いつも帰宅したら、まず「ただいま(ミャ〜オ)」とみほさんに挨拶をして、それから食事をします。
挨拶もなしに食事をするなんておかしい、それに、鈴の音も聞こえなかった。訝しく思いつつ、みほさんが階下に下りたところ……。
そこには、「のらくろ」が!
以前、たびたびマルハンさんちに侵入していたオスのふてぶてしい野良猫です。黒い身体に、口の周りが白くて、あと白い靴下をはいたような足をしています。
このごろは、見かけなかったのですが、なぜか塀を飛び越えて侵入して来たようです。侵入は簡単ですが、脱出は難しいにも関わらず、彼はどこからか、脱出して行くのです。
みほさんは、
「引田天功みたいだな」
と感心しています。
引田天功って、なんですか?
ともあれ、NORAですら、脱出経路は今のところ、仏像の背後の1カ所しかなく、そこも熟考した上で編み出した作戦だったのです。
しかし、その夜は感心している場合ではありませんでした。
みほさんの登場でパニックになったのらくろは、出口を見誤り、カーテンの背後に隠れていました。それを知らずにみほさんがカーテンをあけたところ、のらくろはびっくりして飛び上がり、その弾みで、みほさんの右手の中指と人差し指の先を引っ掻いてしまったのです。
傷口は小さいものの、結構、たくさん血が出て、特に中指が腫れてきました。
みほさんは即座に流水でしっかりと洗いましたが(本当は石鹸水で洗った方がよかったそうです)、傷が深めであることから、病院に行くべきだと判断しました。
まるおさんに電話をしたところ、ちょうど帰宅の車中でしたので、事情を説明して、帰宅してから一緒に病院に行くことにしました。まるおさんのオフィスはご自宅から車で10分程度と、とても近いのです。
まるおさんは帰宅するなり、すでに情報収集をすませていたのか、
「狂犬病 (レイビーズ rabies)と破傷風(テタナス tetanus) の注射を打たねばならない!」と言います。
みほさんは、日本語で「狂犬病と破傷風の注射だな」とは思っていましたが、その英単語を知りませんでしたので、「そうだね」と取り敢えずは適当に話を合わせて、病院に行きました。
24時間の救急病院は市内にいくつかあります。
まるおさんは、「コロンビア・エイジアかマニパール・ホスピタルに行くべきだ」と言いましたが、ネコの引っかき傷程度で、わざわざ遠くの大病院に行くこともないので、近所の大きめのサントシュ・ホスピタルに行きました。
救急外来 (casualty)は幸い空いていたので、すぐに先生と話をすることができました。
「狂犬病は致死率100% しかし、防げます」のポスターが。
先生曰く、
「狂犬病の注射を5本、それから破傷風の注射を1本、打たねばなりません」
とのことです。
「一気に6本ですか?!」
と、みほさんは一瞬、驚きましたが、5回に分けて接種するそうで、一安心です。もちろん、数日おきに通うのは面倒ですが、仕方がありません。
まるおさんはといえば、自分が注射を打たれるわけでもないのに、とても痛そうな顔をしています。
まるおさんも、あらかじめ、予防接種としてワクチンを注射することもできますが、噛まれたらどうせまた、数本は打たねばならないので、噛まれた時に、ということにしました。
ちなみにみほさんの傷は浅めだということもあり、4本でいいということになりました。
インドの大きな病院には、薬局が併設されていて、治療に使う注射や点滴、薬剤などは、ドクターに処方箋を書いてもらったあと、患者さんが直接購入して、それから再び看護師さんのもとへ持参して、施術してもらいます。
インドの病院に家族連れが多いのは、こういうときのサポートが必要だから、というのもあるかもしれません。
取り敢えず、この日は、左腕に1本、左おしりに1本の注射を打たれました。病院は大して込み合ってもおらず、30分程度ですべてが終了したので、ラッキーでした。
それでも、二人が帰宅したのは9時半ごろ。下ごしらえをしていた夕飯に火を通し、遅い夕食をとって、一日が終わりました。
今回は、事故のようなものでしたが、軽症で済んだのは不幸中の幸いでした。
ともあれ、今後、のらくろに侵入されるのは困ります。
ちなみにのらくろとのひと騒動があったとき、ROCKYは爆睡していました。
早く大きくなって、外部からの侵入者に立ち向かえる力強さを備えて欲しいものだと、みほさんは強く願っているようです。
がんばれ、ROCKY!
激写、です。
それではみなさん、ごきげんよう。