大物の家具や家電の買い物はすませたものの、生活をはじめるにはこまごまとしたものが必要だ。電化製品の大半は、米国とインドでは電圧が違うので(変圧器もあるが、あまり頼りにならない)、大半を処分して来た。だから休む間もなく、今日もまた買い物である。今日は、ガスコンロ(ストーブ)、アイロン、コーヒーメーカー、ブレンダー(ジューサー)、湯沸かしポットなどキッチン用の家電、それからタオルやベッドリネンを購入する目的でホテルを出る。
人に勧められていたホテル近所にある家電店は、すでに購入したTVや冷蔵庫、洗濯機の品揃えは豊かなものの、キッチン家電の品揃えが薄い。ここで決断するには情報が足りなさすぎると思い、保留。
まずは、昨日、家具店のオーナーに勧められたリネン店、Fabindiaを求めて、コラマンガラに行くことにした。土曜の今日も大渋滞で、店に到着するまでに1時間ほどを要する。が、行くかいのあるいい店だった。帰宅後、夫に聞いたところによると、Fabindiaはニューデリーに拠点を持つ有名店で、マルハン家もしばしばここで買い物をしていたのだという。
質のいいコットン製のクルタパジャマ(男性衣類)やサルワールカミーズ(女性のドレス)、ブラウスやシャツなど衣類の他、ベッドカバーやタオル、カーテン、キッチンリネンなどホーム用の商品がそろっている。色鮮やかなエスニック色あふれるデザインだ。
ここで、シーツやブランケット、タオル、テーブルリネンなどをまとめて購入。市井のスーパーマーケットやモールに比べると少々割高だが、質がいいし、高いと言ったって、安い。数年前から、米国のインテリアショップでは、Made in Indiaのキッチンリネン、バス用品、インテリア雑貨が多く見られるようになったが、同じような商品が半額以下で入手できる。うれしすぎる。
さて、次はキッチン家電などがあるという、やはりコラマンガラのBig Bazaarへ。日本でいうところのダイエーとかイトーヨーカドーとか、そういう感じの店だ。無論、インドは全体に物価が安いから値段は日本のそれらよりも遥かに安いけれど、「庶民の味方」的な存在感という意味で共通している。
しかし、土曜の、庶民の味方なスーパーマーケットは、ある種、地獄やね。もんのすごい込み具合。写真ではなぜかすっきりと見えるのだけれど、もう、たいへんな喧噪なのである。どうしようか、と思ったけれど、キッチン家電の品揃えが結構豊富だし、値段も他の店より同じ商品が安いしで、ここでまとめて買おうと決める。
でぶでぶなサリー姿のおばさんとか、びゃーびゃー泣く子供を抱いたお父さんらと押し合いへし合いしながら、店員さんを奪い合うように、商品の説明を聞く。わたしにとっての重要事項は「シンプルで丈夫で安全なもの」。先端技術が満載の家電は好きではないのだ。無論、インドでそういう商品は稀少だけれど。
アイロン(インド製)、ガスコンロ(インド製)、コーヒーメーカー(英国製)、湯沸かしポット(インド製)まではとんとん拍子で決まったが、ブレンダーで悩んだ。ジューサー(ミキサー)と、野菜などを切ったり攪拌したりするブレンダーがセットになったものが何種類かあるが、いずれも「ちゃち」なのだ。
ところで、日本の家電に比べると、米国のそれは、品質が著しく悪い。安っぽいプラスチック製、とってなどがすぐ壊れる、音ばかり無闇に大きい、など、渡米当初は、ことあるごとに驚いたものだ。そんな米国物に慣れているので、インド製を見てもさほど衝撃はないのだが、日本からインドに直行した人にとっては、「なんて第三世界な!」と思うことだろう。
何度も書いてきたことだけれど、そういう意味では米国もかなり「第三世界的」だから、インドばかりを見下すことなかれ。
日本の家電が優れているとはいえ、個人的にはあまり好きではない。なにしろ、モデルチェンジが早すぎる。余計な機能が多すぎる。いちいちコンピュータ制御されていたり、ピーピー言うのが多くて、鬱陶しい。あと、色合いもファンシーなものが目立って、好きじゃない。最近はどうだか知らないけれど。
ドイツや北欧辺りの、デザインも機能性もすぐれた家電が好みなのだが、そんなことをインドで夢想している場合ではない。
話を戻そう。その「ままごと」みたいなブレンダーセットを見比べながら、店員の女の子に尋ねる。
「この中で、どれが一番、丈夫でシンプルで、おすすめ?」
彼女が勧めてくれたものは、確かに数種類のなかでは、「まし」なものだった。でも、どうしても、おもちゃにしか見えない。ブレンダーは我が家の毎朝の食卓に出る「にんじん、アップル、オレンジジュース」を作るのに必要な重要家電なのである。躊躇しているわたしに彼女は言う。
「マダム、ノープロブレム。これはいい商品ですよ。購入したら、メーカーの人がご自宅までデモンストレーションに来てくれます」
「デモンストレーションはいいけれど、わたしには、プロブレムなの。言っちゃ悪いけど、どれもちゃちですぐ壊れそうに見えるのよ」
「マダム。こちらの商品を見てください。ほら、裏側がこんな材質で軽いでしょ。それにこのゴム、ほら、こんなふうにすぐはがれるんです。これに比べると、ましですよ」
nicer(よりよい)ではなく、better(まし)、と、彼女は言うのだ。その真実を認めた彼女の発言が気に入った。ブレンダーを探しにまたさまようのもいやだ。しょうがない、保証もあるし返品も可能だからと、ともかく買うことにした。
安売り店だけあり、配達はしないという。やれやれ。すべてを車まで運び込まねばならない。猛烈な人ごみの中、カートに山と積み込み、アシスタント(というかインドの店にはどこにでもいる「使いっ走り」的なボーイズ)の一人に手伝ってもらい、階下にあるキャッシャーへ。と、キャッシャー付近にたどりついて呆然とする。黒山のひとだかり、なのである。
いや〜ん。これじゃあ軽く30分、いや1時間はかかるんじゃないの〜? 週末に来るんじゃなかった〜! でも今更遅い〜。お腹は空くし、なんだか蒸し暑いし、それに人々の体臭やら商品の匂いやら、スパイスやらなんやらの匂いが混じって、もう、不快指数100%!
ああでも、ここで引き返しちゃこれまでの努力が水の泡だ。辛抱、辛抱!
そんな最中、すべてのキャッシャーが作業を停止した。なにかが、壊れたらしい。うげ〜!!
でも、みんな慣れてるのね、こういう状況。だれも文句を言わず、じっと待ってるからすごい。わたしは待っていられず、隣に立ってる人などに話しかけて、「どうなってるの?」「どれくらい待つの?」と聞くのだが、「さあねえ。中央のマシンが故障したらしいよ」などとのんきに答えてくれ、平穏に友人らと会話を交わしている。かなわんな。
わたしも辛抱してみたが、20分ほど経過したところで業を煮やし、キャッシャーの兄さんたちに「どうなってるの?」「いつ再開するの?」と詰め寄る。詰め寄ってみたところでどうしようもないとわかっているが、詰め寄らずにはいられないのよ。暑いし臭いしお腹すいたし疲れたし。ああ、もうやっとられん。今日はもう、あきらめて帰るぞ! と思った矢先、キャッシャーが動き出した。
帰ろうとしたわたしを見ていた隣のお兄さんが「よかったねえ、ぎりぎりで動き出して!」と満面の笑み。みんな余裕ね。学ばされるな。
●郊外のコラマンガラにある庶民の味方、ビッグ・バザール。ちょっとおしゃれなショッピングモール、フォーラムのお隣にある。土曜よりも日曜の方が更に込み合うのだとか。体力勝負ね。
●インド的アルミ製(ステンレス?)の食器類が山と積まれたコーナー。いつかこういうものも一揃えほしいところだが、今日はともかく、早急に必要なものだけを、買う。
●2階の家電コーナー。もう、人は多いし、うるさい音楽はがんがん流れてるし、子供は叫ぶし、でぶでぶおばさんは、大声でしゃべるしで、阿鼻叫喚な世界。なのに写真では、こざっぱりとして見えるのはなぜ?
●商品選びを終え、ようやくお会計! と思ってキャッシャーに行ったらば長蛇の列、というよりは、黒山の人だかり。さらにはキャッシャーが一時停止。気が遠くなりそうだった。なのに写真では、こざっぱりとして見えるのはなぜ? ようやく会計が終わったとき、「物事にははじまりがあり、そして終わりがある。待てば海路の日和ありだ」などと、大げさなことを思いながら、ドライヴァーの手を借りて、荷物を車に積み込む。