今日はいよいよ、「本気で引っ越し」の日である。夫が不在とはいえ、新居にて、初めての夜を過ごすのである。あれ? なんだかセクシャルな響きだな。「初めての夜」ってのは。
そんなことはさておき、「今月中に引っ越すのが、占星術上いいから」という、図らずも大家夫人のチャヤの狙い通り、ぎりぎり11月30日である。
午前中、ムンバイ(ボンベイ)へ向かう夫を見送ったあと、ホテルをチェックアウト。アパートメントへ向かう前に、「こまごました生活雑貨」を買うべくタクシーで街へ出る。「こまごまとした生活雑貨」は、街の至るところに散らばっているから、大渋滞を縫ってあっちこっちへ出向かねばならないのが難だ。とはいえ、これも経験である。
まずは2日間の食料を調達に、MGロード沿いにあるFood Worldというスーパーマーケット(チェーン店)へ。とはいえ、まだプロパンガスが届いておらず、調理器具なども整っておらず、料理ができる状況ではない。
基本的には、昼夜は外食を見込み、ビスケットとフルーツを少々、コーヒー、ジュース、そしていざというときの非常食に日清のカップヌードル(スパイシーヴェジタブル)を3つ購入。
さて、今日は「超庶民派」であるラッセルマーケット周辺へ突入。米国では洗濯機・乾燥機が常識だったけれど、ここにきて十年ぶりに「洗濯物干し台」などを購入するのである。あと洗濯バサミだの、玄関のマットだの、バケツだの、たわしだの箒だの、なんやかんやである。
この界隈はいわゆるオールドタウン、下町である。ムスリムのモスク、カソリック教会、ヒンドゥー寺院が近距離に立ち、道路は人、車、犬、ヤギ、なんやかんやで覆われて大混沌、大喧噪である。
「なんでわざわざ、ここに来るかな」
と、自らに問いかけつつ、しかし、いろんな店を見ずにはどうにも気がすまず、なんだかもうたいそう複雑な匂いが充満したあたりを歩いてゆく。マスクを家に置いてきたことを悔やみつつ、歩く。
MGロード沿いのスーパーマーケット、FOOD WORLD。ここでちょっとした食料を調達。けれど、ここに近いブリゲードロードにある「ニルギリ」というスーパーマーケットの方が、品揃えも豊富だし質もいいようだ。
ここが喧噪のラッセルマーケット周辺。オートリクショーが排気ガスをばらまきながら往来を行き交い、モスクからはスピーカーを通して大音響コーランが聞こえ、ケイオス(混沌)の極みである。車を降りる前に、気合いをいれる必要がある。
左は美容と健康によいザクロ。更年期障害防止にもいいらしい。そんなことを気にするお年頃になってしまったか。米国のザクロジュース「POM」はお値段が高めの高級飲料(?)だったけれど、ここではもう、言わずもがな。自宅でジュースにして飲もう。
インドの市場で、好きな光景の一つが、この「トマトの山」。こんなに積んで、大丈夫なのか。売れるのか。と思うくらいのトマトの山。あたりはスパイスの微粉末が空気中に飛散し、なにかとくしゃみが出る。と、路地からヤギがメエメエ言いながら登場。それにしても、右端の黒いヤギ。あなたはなぜに、そんな場所に?
インドには、やたらとプラスチック製品が多い。しかも、軽くて安っぽい感じの。それでもって、やたらとカラフル。バケツはもちろん、右写真の手前にある「手桶風」の小さなバケツは、インドの風景に欠かせない品だ。どんな家庭にもあるであろう、この手桶。トイレットペーパーを使わぬ家庭では、この手桶がウォシュレット代わりとなる。我が家はもちろん、トイレットペーパー使用家庭だが、この手桶を買わずして、インド生活を始められぬ気がして、3つほど購入。
ここで必ずそろえたかったのは、洗濯物干の台、洗濯バサミや洗濯ロープ、それにバケツなどの類い。わたしは地元の言葉を話せないし、店の人は英語を話せないし、一つ一つがゼスチャーで、クイズ番組をやっているようだ。意思疎通に四苦八苦しているところへ、聡明な瞳を持った店主の息子らしき少年が戻って来て、流暢な英語で通訳してくれる。こういう子らが、きちんとした教育を受けることができたら、インドの未来はもっと明るいのに、と思う。
ラッセルマーケットを脱出したら、今度はすぐ近くのコマーシャルストリートへ。ここで取りあえずランチを食べ、それからカーテン店へ忘れていた「カーテンとおそろいのクッション」を注文に。途中、リネン店があったので(というか、インドにはやたらリネン店が多い)ついつい入ったら、すてきなベッドカヴァーがまたしても激安で売っていたので、ついつい買ってしまう。何枚もベッドカヴァーを買ってどうする。と思うのだが、もう、ついつい。そうして、ふらりと隣の店をのぞいたら、すてきなカーペットが見える。
小さめの(畳一畳よりやや短いくらいか)カーペットが欲しかったところに、見つけてしまったカーペット店。でも、カーペットはだいたい高価なものだし、急ぎ買う必要などなかったのだが、値段を聞いたが最後、店主に2階の倉庫へ導かれるまま、付いてゆく。どう考えても、安すぎる。たとえば、インドの一般の土産物店では、シルク製のこのサイズなら、少なくとも1枚500ドルはする。
柄によっては、軽く1000ドル(10万円)を超える物が普通である。なのに、カーペットをめくって裏の値札を見たら、8000ルピーとか、9500ルピーなどである。つまり、200ドル程度。それでも安いと思ったのに、「半額にしますよ!」とのこと。
なんでこんなに安いわけ? 本当にシルク? っていうか、なんで半額にしてくれるわけ、この日本人のわたくしに? と困惑するが、そんなことはおくびにもださず、「本当に9500ルピーの価値、あるの?」「もっと安くしてくれたら2枚買う!」などと言ってみる。そうしたら、もうちょっと安くしてくれて、2枚で9000ルピーにしてくれた。もう、こうなったら、シルクじゃなくたって、いいのだ。だって、素敵な柄をだし、手触りもいいし。別に100年も持ってくれなくていいし。
古ぼけたカーペット店の2階。店主に指示されるがまま、使いっ走りボーイが、次々にカーペットを床に広げる。インドじゃ、サリーだろうが布だろうがなんだろうが、景気よく惜しみなくじゃんじゃん、棚から出して広げて見せるのが「流儀」なのね。人手過剰だから、後始末してくれる人がたくさんいるし。しかし、埃が舞い上がってたいへんなんですけど。何十ものカーペットを見比べた末、2枚購入。
今日もまた、ジャンクなランチ。KFCのハンバーガーはこのあいだ食べたけど、このフライドチキンなんて何年ぶりかしら。アメリカじゃ、ファストフードなんて、避けていたのに。でも、この不健康な味がたまに食べると、おいしいのよね〜。思わず、ダイエットペプシなんか頼んだりして。おいしかった。
夕方、家に戻り、「初洗濯」をする。サムソンの洗濯機は調子がいい。それから、買って来たばかりの物干台を組み立てる。米国暮らし10年で、すっかり乾燥機になれた身にとって、「洗濯物を干す」という行為は非常に久しぶりかつ懐かしいものだった。面倒くさかった。
片付けをしているうちに、スジャータとラグヴァンがやってきた。今夜は一緒に夕食なのだ。新居の雰囲気、家具の感じなどをひとしきり、ほめてくれた。それから、全体のリーズナブルさにも驚いていた。驚かれてわたしもご満悦である。
二人のなじみの店、ウィンザーパブという店で食事をし、今日もまた、長かった一日が終わった。そうして、一人で迎える、この新しいHomeでの夜。いいようのない感慨に心が満たされる。少しずつ、少しずつ、望んでいたことを、実現している。
ずいぶんと、遠くに来てしまった。