ゆうべ、ムンバイ(ボンベイ)から戻り、あの「引っ越しの儀式」以来、夫は初めて訪れる我が家。一応は整ったHomeに感嘆しつつも、「このソファーセットは好きだけど、カーテンのピンクはいやだ」と率直な感想。確かに男子の視点から言えばエレガント、あるい過ぎたかもしれぬ。カーテンが取り付けられた夜、自分でも、「あらやだ、ヴェルサイユ宮殿?」なんて思っちゃったもの。
インド製テンピュールもどき、「背骨にいいベッド」の寝心地もよく、熟睡。夫はまたしてもはりきって6時起床にてヨガへ出かける。妻もしぶしぶ共に起き、しかしヨガにはいかねど、掃除洗濯。
たまっていた、各方面への電話や手続き、クリーニングや新聞定期購読の手配を電話ですませ、それからケーブルTVの接続に来てもらう。夫の秘書となる女性も打ち合わせにやってきた。
それから、引っ越し会社の担当者も来訪。カリフォルニアから送った荷物は、チェンナイの港に到着したあと、バンガロールへ陸送される。チェンナイでの税関その他の手続きに、夫のパスポートの「現物」が必要だとかで、その手続きなどをする。ワシントンDCの倉庫に眠る荷物もまた、送る手配をせねばならず、そういう手続きもまとめて、夜、つまり米国時間の朝、電話連絡することに。
ひとつひとつ、面倒な作業を片付けて行く。
そして、午後はお買い物。夫にも「体験」させておきたかったのだが、しかし「汚いところは行きたくないからね!」と言い張るため、まずはガルーダモールへ。それから、例の、わたしが「初の客」となったHome Stopへ寄る。ここで食器を買いたかったが、どうしても、気に入ったデザインが見つからない。シンプルな物がいいのに、余計なデザインが施されているものばかりなのだ。
結局は、その他、こまごまとしたキッチン用品を買ったばかりで、ローカルな店のあるMGロードへ。噂に聞いていた、老舗店へゆく。この店内はやはり、混沌の極みではあったけれど、シンプルな皿が見つかって、おまけにすてきなティーカップセットも見つかって、ついでにHome Stopよりはリーズナブル。やっぱり、あちこち行って見比べなければだめなのね。
夫も最初は混沌ぶりに辟易していたけれど、人ごみにもまれながらも、店のおじさんと世間話などをして、平常心を保っている。
新品なのに、すべてがすすけて「年代物」な雰囲気を漂わせているキッチン用品を購入したあとは、例のスーパーマーケット、ニルギリズ (Nilgiei's)へ。ちなみにニルギリズは1905年創業。今年が百周年の老舗だ。
ニルギリズで、カートを押しながら、夫婦そろって疲労困憊で、夫はしかし不平をいう気力もなく、なにしろ買わねば明日の朝食がないのだから、我慢してつきあっている。これまでの十年間に見慣れたスーパーマーケットの、その品揃え、品数、すべてにおいて別世界のこの世界。
たとえば、わが愛すべき、米国の、オーガニックの、Whole Foods Marketなどを思い返せば、あのカリフォルニアの、ファーマーズマーケットに思いを馳せれば、幻。
しかし、この、不便で、数少なく、満たされない中から、一つ一つ、「これだ」と思うものを、手に取り、吟味し、躊躇し、決意し、カートに入れていく過程はまた、非常に「おもしろい」ことでもある。エネルギーが必要だけれど、一筋縄ではいかないけれど、そこには小さな「冒険」や「発見」が秘められている。
わたし自身は、すでに何度もリサーチし、最初からわかっていたことではあるけれど、夫にしてみれば、わたし以上に、一つ一つが困惑であり、衝撃であり、疲労であり、徒労である。そんな彼の気持ちも、よくわかる。
だから、せめてもの思いで、数少ないパンの中から、「好きなの、選んでね」と選択権を託す。その間、妻は、米売り場にて、「一番スティッキーなライスはどれ?」と、日本米に近い粘り気のある米の種類を問うたりして、中途半端に日本嗜好。
店頭のフルーツコーナーで、リンゴと、ぶどうと、ザクロと、バナナを買う。
「甘酸っぱくて、味わいの濃い、おすすめのリンゴはどれ?」
と問えば、皆が声を揃えて言う。
「FUJI!」
リンゴのフジだけは、Whole Foodsも、ニルギリズも、同じ。日本で生まれた(でもニルギリズのは中国産)リンゴを買う。
●午前中、アパートンメントのマネージメントオフィスに連絡をして、ケーブルTVの設置に来てもらう。ケーブルのボックス80ドル相当を購入すれば、なんと! 日本のNHKも入るのだ!! 米国でも、TVジャパンというケーブルのプログラムがあって、加入すれば見ることはできたけれど、毎月安くない受信料を払わねばならなかったはず。日本以外にも、世界各国の番組、映画が見られて、なんだか楽しい。
●午後はまず、ガルーダモールでショッピング。「ベンツが当たる!」というキャンペーンをやっていた。一瞥して通り過ぎる妻と、過剰反応の夫。買い物を終えたあと、急に「まめな男」となって、真剣に、応募用紙に記入していた。購入するのは、HONDAかTOYOTAか悩んでいる昨今。メルセデスの当選に期待をかけている様子。
●MGロード沿いにある、老舗の食器店JAMALS。ともかく、店内のレイアウトがもう、めちゃくちゃで、買い物しにくいことこの上ない。けれど、「宝探し」感覚で、根気よく、目的の品を探して行く。途中で「目的でなかった品」を見つけて気がそれて、目的のものがわからなくなってしまって、やはり混沌。それにしても、ここの商品も、どれもこれもすすけていて、商品に触れるたび、手が汚れる。もうこれからインドで買い物するときには、ビニール手袋必携か。
●商品の出自もインターナショナル。米国製、イタリア製、中国製、インド製……。ローカルな店だけあり、値段もリーズナブル。わたしたちは、スペイン製のディナーセット、イタリア製のワイングラス、チェコ製のポット、フランス製の耐熱鍋、それからスリランカ製のティーカップセットを購入。NORITAKEの子会社的なブランドDANKOTUWAのもの。ウェッジウッドもどき、である。割れても惜しくない値段で、雰囲気ゴージャス。
●「あのイーグルとかウマとか、誰が買うんだろうね〜!」と夫と眺めていたら、店主曰く、「プレステージグループ(有名な不動産会社)のオーナーが、ひとつ物件ができあがるたび、イーグルを一頭、買うんですよ。だからストックがたくさんあるんです。あと、ウマはキングフィッシャーのオーナー御用達。あっちの大きい花瓶はリーラが買って行きます」……。みなさん、個性的な趣味だ! それにしても、どんなにめちゃくちゃな店内でも、さすが老舗。いいお客がついているのね。
●夕食は、アパートメントの隣にある「バンガロア・ビストロ」にて。実はランチもここで食べたのだ。我々、ここのサラダバーとベビーチキンのグリルがお気に入り。「この店が、隣にあってよかったね〜。ここがもしインド料理店だったらしょっちゅう来るのは辛いけど、イタリアンならいいね」。と夫。あなたはいったい、なに人なのか。