数カ月前、インド移住が現実性を帯びて来たころ、日本人によるインド関連のサイトやブログをあれこれとリサーチした時期があった。日本人の観点からのインド生活を知りたいと思ったのだ。多くのサイトは、そのとき見た限りで、ブックマークをすることはなかった。
日頃から、なるだけコンピュータに向かう時間を減らしたいと思っており、だから数多くのサイトを常習的に訪れる習慣をつけないようにしている。そんな状況にあって、しかしわたしがしばしば訪れさせていただいているブログがある。デリー在住の駐在員、いそたさんが運営する「じゃんく王デリーに住む」がそれだ。我がサイトのリンクコーナーにも、ご紹介している。
いそたさんは、約三年の任期を終え、来月早々には日本に帰国なさるとのこと。一度お目にかかりたいものだと思っていたわたしは、この機を逃してはお会いすることもないだろうと、急ではあるが、昨日、電子メールをお送りしたのだった。幸い週末なので、ひょっとしたらお時間を取っていただけるのではないかと思ったのだ。
土曜日は出勤なさっているとのことだったが、日曜日はお休みだということで、ご自宅のあるヴァサントヴィハールの、日本料理店「たむら」でランチをご一緒させていただくこととなった。たむらは、前回、やはり同じ地区にあるいとこ宅を訪問した際に知った、気の置けない日本料理店だ。
思えばわたしは、インターネットを通して知り合った人たちと「オフ会」を催したり、参加したりしたことがない。ホームページやメールマガジン、あるいは『街の灯』の読者の方々などからメールをいただき、何度かメールをやりとりした上で、個人的にお会いしたり、パーティーにお呼びしたことはあったけれど、自分から「お会いしませんか」と積極的な行動に出るのは、極めて稀なことだ。
と、出がけに気づいて、ちょっと緊張する。突然、お呼び立てしたのだから、なにか手みやげでも持って行くのが筋だろうか。とも思うが、そんな気が利いたものは、実家にはない。は! っと思い立ち、書棚のある部屋に行く。と、あった! 埃かぶって薄汚れた我が著書、『街の灯』が。これがいい。これを贈呈しよう。
新品の本であったにも関わらず、2年以上、放置されていたせいか、実に汚い。インドって、家の中でも、油断していると煤けるのね。ブックカヴァーをはずせばましになるが、しかし、カヴァーなしをお渡しするのも間が抜けている。書斎のデスクを物色し、消しゴムを探す。あった! と、表紙の汚れを、黙々と消しゴムで消す。自信のない数学の答案用紙みたいな表面だ。消しゴムでなんとか、汚れもとれた。一応、さしでがましい気もするが、サインも書いておこう。
家族には、インターネットで知り合った、会ったことのない人にいきなり会いに行くというのもなんなので、「友人の友人」ということにして、さらには、「日印ビジネスの今後の展望について興味があるから、駐在員である彼に経験談や見解を聞かせてもらうのだ」などと言い訳がましく説明する。
いそいそと出かける準備をし、ティージヴィールに車の手配を頼んでいたところ、
「あら! ミホ、たむらに行くの? 日本人男性とデート?」
と、冷やかしの視線。いやだわ、そんな物議をかもす発言。そんなこんなで、約束の12時半にたむらに到着。すでにいそた氏は到着していらした。
いそた氏は、予想以上に「落ち着きのある大人の男性」だった。ふだん、「落ち着きのない子供な男性」と接しているが故、その印象が際立ったのかもしれない(ごめんねハニー)。予想以上に、という言い方も失礼かもしれないが、怜悧な印象を漂わせた方で(お世辞ではなく)、お話ししていて、とても楽しかった。
わたしは、いそたさんのブログから、市井のインドの人々に対する、「そこはかとない愛」のようなものを感じている。そこにはごく自然に、相手に対する敬意や愛着のようなものが、にじみ出ている気がするのだ。インド人を伴侶に、家族に持っている身には、その視線や態度が、とても「いい感じ」なのである。
さて、ごちそうしていただいた幕の内弁当もおいしかった。特にサーモンの塩焼きと細身だが身が詰まった海老フライ。久々の白飯は、量が多いと思ったが、すべて平らげてしまった。やっぱり、日本米はおいしいわ。鶏肉はちょっとパサパサしてたけどね。
いろいろとお話をお聞きしたかったのだが、あっというまに2時間が過ぎて、夕方の便でムンバイ(ボンベイ)行きにつき、帰宅を余儀なくされる。
仕事や取材は別として、プライヴェートな立場で、インターネットを通して知り合った人と実際に会うということに対して、ちょっとした抵抗感があった。しかし今後はもっと、積極的にいろいろな方々をお会いするのもいいかもしれない、と感じた。