(たとえ食べるのがわたし一人でも、きちんとサーヴされるランチ)
おまちかね、「家政夫は見た!」シリーズを。「俺の城」潜入記はあとまわしにして、今日のテーマは「俺の哲学」。それはそうと、「家政夫は見た!」というよりは、「マダムは見た!」な内容ばかりだが、よしとしていただきたい。今回もまた、本題に入る前に、少々前置きを。
●オールマイティな使用人は希有
インドである程度の経済力がある家庭は使用人を持つ、とのことは以前も書いた。使用人をしかし一人ではなく、何人も持つというのには理由がある。それぞれの使用人に役割が決まっており、通常、「他の仕事」には手を出さないからだ。
料理人は料理だけを、掃除人は掃除だけを、ドライヴァーは運転だけを、ガーデナーは庭仕事だけを、というすみ分けができている。従って、必要以上と思われる人手を雇うことになるのだ。
翻って我が家のモハン。彼のように、オールマイティーにやってくれる人は、ごく稀だとのこと。彼はそもそもは「料理人」だが、掃除、洗濯、アイロン掛け、その他もろもろ、ともかくは家事全般をやってくれる。
やはり料理が一番上手で、アイロン掛けなどは今ひとつだが、そもそも米国時代にアイロンなんてほとんどかけていなかった身としては、寝間着からTシャツから、なんでもかんでもぴしっとアイロンをかけてもらえるだけ、ありがたいというものだ。
夫のビジネスシャツさえきちんと仕上げてもらえれば、あとは適当でもOK。
なぜ、彼が何でもやってくれるのかはわからないが、きっと義父ロメイシュや、そこで働く従兄弟ティージヴィールからの依頼もあったのだろう。いずれにしても、てきぱきと仕事をしてくれて、いつも笑顔のモハンは、すでに我が家にとって不可欠な存在である。
●家政夫モハンの一日
彼は、わたしたちが起床する約30分前には起きて、窓をあけ、朝食の準備をしてくれる。朝晩のベッドメーキングもやってくれる。
わたしたちの朝食が終わったあと、彼も食事をし、それから床を掃いたり磨いたりの掃除。これは数日おき。洗濯がたまっているときは、洗濯をし、それからランチの準備。ランチを終えたあと、午後の2時から4時半くらいまでが休憩。
自室で仮眠をとったりしているようだ。夕方再登場するときには、いつもシャワーを浴びており(石けんの爽やかな匂いを漂わせている)、服まで着替えていて、やたらとこざっぱりしている。大した肉体労働をしているわけでもないのに、清潔感を重視している様子。確かスポーツバッグ一つで来ていたはずなのに、いつも違うシャツを着ているのが不思議。
「洗濯機を使っていいからね」と言っているのに、自分の服は、自室の狭い洗面台で洗濯している様子。干すのも狭い部屋の中に干しているようだが、不自由はまったくないとのこと。
夕方、暇なときは、椅子に座ってぼーっとしている。買い物に出かけることもある。バルコニーから外を眺めていることもある。……逐一チェックしているわたしもわたしだな。
夜は夕飯の準備に片付けをし、最後にキッチンの床を磨いてから、明日の起床時間を確認しておやすみなさい。たいてい9時から10時あたりに引き上げるのである。
ちなみにわたしたちが旅行で不在の折には、スジャータの家に出張サーヴィス。彼女が彼に新しい料理を教えてくれたりもする。土曜日、スジャータ宅でパーティーがあるので、またモハンはかりだされる予定だ。
●家政夫モハンのバックグラウンド
使用人とは適度な距離をとり、私情に深入りすべきではない。これはもう、頭ではよくわかっている。しかし、四六時中、一緒にいる人間に対して、無関心でいられようか。いや、いられまい。
無論、わたしたちには共通言語がないため、深入りしようがない。これで言葉が通じていたら、わたしは気軽にあれこれと話しかけていたおそれがある。つまりは、言葉が通じなかったのは幸いなのかもしれない。
とはいえ、夫が出張に出ていて、家にわたしと彼しかいない状況で、まったく何にも話さないというのは、あまりにも苦痛だ。なので、少ししゃべった。
ここ数日の会話を通してつかんだ情報によると、彼の故郷はニューデリーから600キロほど北西の、ネパールと中国の国境に近い高地だという。これは、わたしがインド地図を広げた折、尋ねた。Almoreという高原の村で、とても美しいらしい。でも、とても寒いらしい。デリーからバスで2日がかりで帰るのだと言う。バンガロアからだと4日がかりだ。
村には妻と2人の娘がいるという。ロメイシュとウマによると、子供は4人ということだったので、そりゃあたいへんだな、お父さん。と思っていたけれど、昨日ボディランゲージにより確認したところ、親指と人差し指を示して "Two" と言っていたから、間違いないだろう。4人はガセネタだった。
父親は他界していて、母親はデリーに住んでいると言う。お兄さんが、一時期、アルヴィンドの実母(他界)のもとで働いていたことがあったらしい。
前の仕事先には24年間、勤めていたらしい。使用人仲間が10人いたらしい。
以上が、わたしの知る、彼の背景のすべてである。
「子供たちはいくつ?」とか、「それでもってあなたはいくつ?」とか、「どうして前の仕事やめちゃったの?」とか、「たった二人の家で働くって、どう?」とか、「日本料理も作りたい?」とか、あれこれ聞きたいところだが、幸い言葉が通じない。辞書を引き引きでは面倒だ。
ちなみに使用人には、毎年年末、1カ月の休暇を出すことになっている。まだ11カ月は家族に会えない単身赴任だ。
「手紙を書いてるの?」
と、ゼスチャーにて問えば、
「電話。外の公衆電話(STD)で」
とのこと。あら、電話、あるんだ。意外とモダンなのね。ちょっと安心。
●俺の哲学。
ようやく本題、「俺の哲学。」である。
彼は、決してわたしたちより先に食事をしない。
たとえば、週末の朝などは、アルヴィンドが非常にのんびりと目覚め、非常にのんびりとヨガをし、非常にのんびりとシャワーを浴び、ようやく11時ごろになってテーブルについても(わたしはいつでも、朝食は早めにすませる)、彼はその間に食べようとしない。
「アルヴィンドは、今日、ゆっくりだから、先に食べてていいよ」
と言っても食べない。加えて言えば、嗜好品的なものも一切食べない。
フルーツやおかしなど、食べていいよ、といっても食べない。卵すらも食べない。食べるのは、チャパティとかトーストを山盛りと、野菜、豆、芋類のおかずだけ。あと、牛乳を少し。当然、アルコールなども飲まない。ヴェジタリアンというわけでもないが、肉料理の際に、自分のために肉を確保している様子もない。
無理に勧めるのもよくないのだろうと理解して、干渉しないようにしているが、でもせめて、休日など、夫がのんびりしているときには、先に食事をするように勧めた。彼は早起きしているんだし、お腹が空いているに違いないから。
その旨、夫から、モハンに伝えてもらう。するとモハンがヒンディー語でぺらぺらぺらぺらしゃべっている。うわ〜、ずいぶんたくさん、しゃべってるわ。無口ってわけじゃないのよね。ただ、わたしたちがしゃべらないだけで。で、ひとしきりしゃべったあと、夫に事情を聞いた。
「彼はね、僕が食事を終えるまでは、自分は食べないんだって。ずっとそうやってきたんだってさ。それがモハンの哲学らしいよ。なんだかぼく、罪悪感を覚えるな〜」
と、にこやかに答える夫。「これがぼくの哲学です」とは言っていないと思うが、つまりはそういうことらしい。
いろいろと、学ばされるな。
誠実な使用人に恵まれて、ほんとうによかった。ロメイシュとティージヴィールに深謝である。
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ところで本日、43箱の荷物の片付けは、すべて完了した! 1日半で速やかに作業が終わってほっとした。途中でいやになったりもしたけれど、荷造りを思えば楽というものだ。やがてくる73箱は、いったいどうなるのやら。