今夜は、ヴァレンタインズデーに先駆けて、OWCの主催によるValentines BallがLeela Palaceで開かれる。しかし昼間は外出の予定がない。アルヴィンドはまたしても、またしてもクリケットである。わたしは書き物をしたり、花の手入れをしたり、穏やかな朝。
昼前、わたしは久しぶりにキッチンに立つ。ランチに、解凍していた魚(サバの仲間)を煮付けにして食べようと思うのだ。モハンは、数々の野菜の、皮を剥き、切り、調理をしている。
圧力釜の、シューッという唸りの合間に、思いついたように少しだけ、言葉を交わす。
「子供は、学校に行っているの?」
気になっていたことを、単語及びゼスチャーで、聞いた。長男は生まれたばかりだから別だが、上の二人の女の子は、ちゃんと行っているらしい。しかも、村から3キロほど離れたプライヴェート・スクールに。
「プライヴェート スクール。グッド スクール」
学費は一人当たり、1000ルピー、するらしい。1000ルピー。約22ドル。
それを聞いて、わたしの包丁の手がとまる。聞くんじゃなかった。
彼の給料は4000ルピーだ。それは、義父ロメイシュが彼に「給料はいくら欲しいか」と問うたとき、彼が自ら申し出た金額だ。インド国内における使用人の給与としては、非常にまっとうな相場だ。彼はその半分を、子供たちの学費に費やしている。
実は先月末、初めての給料日のこと。ちょうどスジャータがデリーに行く用事があったので、給与のいくらかをモハンの従兄弟、ティージヴィールに渡して実家に送ってもらうよう手配しようか声をかけた。
すると彼は、4000ルピーの全額を、ティージヴィールに渡してくれと言ったのだった。
もちろん、彼には、狭いとはいえ部屋も提供しているし、食事も出している。石けんやシャンプーなどもまとめて購入して渡していたから、彼が「娯楽」をしなければ、最低限の生活はできる。
しかし、自分は一銭も受け取らないというところに、わたしもアルヴィンドもぐっと来てしまい、結局は500ルピーを彼に「おまけ」で手渡したのだった。
彼が働きのよくない人物であれば、また異なる感情を持っただろう。しかし、彼は実によく働いてくれるので、少しくらいは余分に渡してもいいのではないかと、わたしも夫も思うのだ。
彼は長期休暇は別として、週末の休みも要らないと言う。無論、休みがあったところで、別段出かけるところもないだろうし、友達もいないしで、仕事をしていた方がいいのかもしれない。
「距離を」と思いながらも、わたしは午後の、ちょっとした買い物に、モハンを誘うことにした。荷物持ち、の名目で。彼も車に乗れば、ドライヴァーのクマールと話ができるし、少しは気分転換にもなるだろう。
コマーシャルストリートで、来週からやってくる義父たちのための枕やシーツを購入し、それからクマールがお勧めの肉屋でマトンを買う。まだ夕方まで時間があるので、クマールに、適当に車を走らせてもらった。
街角のヒンドゥー寺院で車を停め、寺院内を見学する。排気ガスの町でも、空は青い。椰子の葉が青に映えて、鮮やかに美しい。
宗教の音楽が静寂を破りながら、しかしそこは心地の良い風が吹いている。靴を脱いで、寺院に入る。ヒンドゥーの神々を眺めていたら、子供たちが近づいてくる。
「あなたの名前はなに?」と、女の子が英語で。
「ミホ」と答える。笑顔で走り去る彼女。
この寺院の、住職の娘だと言う女性が、流暢な英語で神々の説明をしてくれる。そうして、甘い菓子を分けてくれる。
それから、しばらく車を走らせて、今度は湖のほとりへ行く。小さな子供たちが、湖畔で遅いランチを食べている。紙皿に盛られたビリヤニ(炊き込みご飯)を、みなおとなしく食べている。
湖を遊覧するボートは、今日は休みで、静かだ。わたしたちは、小さな食堂で、チャイを頼む。わたしたちが、使用人たちと、同じテーブルで飲食をすることはない。わたしは、別のテーブルで、一人で。彼らは、少し離れた場所で、二人で。
他の使用人はともかく、モハンはわたしの前で座っている姿を見せることも、ほとんどない。キッチンで、たとえ座っていても、わたしたちの姿を認めると、即座に立ち上がる。
日差しが、汚れた湖面に照りつけて、美しい反射を見せている。いい風が吹いている。みなのもとに、風が吹いている。
帰り道、いつも気になっていたフランシスコ・ザビエル教会の傍らを通り過ぎようとしたとき、クマールに車を停めてもらった。ちょっと見学したいと思う。
2003年の冬にゴアを訪れ、フランシスコ・ザビエルが眠る姿を見て以来、インドにおける彼の存在に、一目置かざるを得ないのである。
教会では、結婚式が挙げられている最中だった。ずんずんと、中へ入って行くクマール。そうして跪き、両手を組んで、祈る。彼は、クリスチャンだったのか。
短いドライヴを終えて、家に戻る。
シャワーを浴び、服を着替えて、そうして、別の世界へ。