「いってきま〜す」
夫は晴やかな笑顔で、新しい会社へと出勤。さて、わたしはどうしよう。それなりに、疲労感はある。今日はホテルでゆっくりしていようと思う。
ところが昼も近くなると、自ずと身支度に入り、カメラを携え、歩きやすい靴を履き、いそいそと出かける。どうも、じっとしてはいられない。なにしろ、いい天気だもの。
とりあえずは、ホテルのあるエリア、コーズウェイベイを中心に歩くことにした。
香港に来るのは初めてだ。初めてだが、上海には及ばぬであろうものの、この街が猛スピードで進化しているであろうことが、びしびしと伝わってくる。
林立する真新しい高層ビルディング。見上げれば、マンハッタンのそれとよく似た建築の、オフィスビルディングやアパートメントビルディング、見下ろせば、日本のそれとよく似た風情のコンビニエンスストア、ドラッグストア、ベーカリー、そして世界の都市の多くに見られる、スターバックスの類いのカフェ。
麺の店、饅頭の店、飯物の店……。中国各地の庶民の味が、路傍の至る所に散らばり、合いの手を打つように、漢方の店、薬草の店から、独特の香りが溢れ出す。
ピカピカつやつやのフロアをゆけば、今度は世界各国の高級食材が整然と並べられたインターナショナルマーケット。
ここは一部日本領なのか? とさえ思えるほどに、目に留まる日本料理店の数々。日本語の数々。
異国にいるのに、久しぶりに祖国に戻って来たような気にもなり、いったいどこにいるのかわからない。きょろきょろと、見回しながら歩けば、目に飛び込んでくる情報量の多さに最早、脳みそはついてゆけない。この感覚は、日本の街を歩くときのそれとよく似ている。
- ホテルのそばには、高級ブランドのブティックを擁したビルディング
- 高級スーパーマーケット。日本の食品も豊富。寿司や刺身もたっぷり。
- 時代廣場(タイムズスクエア)。
- 市街をダブルデッカーや2階建て路面電車が勢いよく走り抜ける。
- ペイストリーショップやベーカリーは欧米よりも日本のそれに似ている。
- インドも道行く人は多いけれど、香港も負けてはいない人口密度の高さ。
- ジュースバー。ニンジンとリンゴのジュースを特注で作ってもらった。
- エリアごとに色の違うタクシー。この界隈は赤。
- なにしろ食べ物の店が多い。どこで何を食べるか多いに悩む。麺類パン類おいしそう。日本料理も捨てがたい。湯気が立ち上るこの飯物は魅力的。この店にしようかな? もう少し歩いて決めよう。
- おでん風は薬草煮込みか? こういうローカルな味も興味深い。
- 彷徨し、悩んだ末に決めた店。上の写真の鶏肉飯を食べた。美味!
- ランチのあとも界隈散策。こちらは卵専門店。
- スターフルーツにマンゴー、パパイヤ、南国果物も。
- 広告の色合い賑わいに日本の街角を思い出す。
- 一輪ずつ、きれいに包まれたバラの花。
- フルーツショップには福岡のいちごもある。
- あまりにも派手な色合いの花
- 新しいビルディングに挟まれて、老舗がしっかり個性を放つ。
- この風景もまた、日本によく似ている。渋谷辺りの様子を思い出す。
- まばゆいゴールドの置物が並ぶ金専門店。
- リフレクソロジーの店を発見。1時間の全身マッサージをしてもらう。
- あの卵の黄身が載った飯物が気になる。試さなければ。
- 市場を歩くのは楽しい。土地の人々の食卓が見えてくる。
- インドの肉屋と言えばマトンと鶏肉だが、ここでは豚肉と鶏肉が主流。
- 新鮮な葉野菜が山と積まれている。
- 平日の午後。夕餉の買い出しをする主婦の姿が目につくころ。
- なんて新鮮なエビ! ぴちぴちはねてる! 生きてる!
- 水がきれい! いっしょに泳いでもいいくらい!
- 比べちゃいかんよ、ラッセルマーケットの魚市場と。それは天と地。
- なぜ、ここにはハエがいない? なぜ? 美し過ぎる。
- この国に住んでいたら、調理人不要かも。ごめんよモハン。
- こんな出来合いの料理でも、十分においしそうだし。
- 麺の種類も実に豊富。手軽にチャイニーズが作れそう。
- ラッセルマーケットとは比べ物にならない清潔感の鶏たち。
市場が、臭くない。インドの汚い市場に慣れてしまった身としては、最早驚愕すべき清潔さである。そりゃあ、中国系の国々にある特有の漢方臭や肉類のロースト臭などが時折鼻先をくすぐるけれど、それはあくまで「くすぐる」程度。
わたしの嗅覚も、すっかり強い臭いに慣らされてしまったものだ。恐るべしインド。
それにつけても、魚売り場の清らかなことよ。思わず水に手を突っ込んで魚に触れたくなる。モハンに見せてやりたい。「魚は臭いので調理できない」などと、言わせぬぞ。
- 「写真を撮らせて」と頼んだら、大きなエビを掲げてくれたおじさん。
- 夜はこの野菜(チャイニーズブロッコリーかな?)を食べた。
- 干物店では、紹興酒に入れた乾燥梅干しがあった。
- 落ちやしないかと思うほど、大き過ぎる看板。
- 結局は、市場を歩くのが最も楽しかったりして。
- 学校帰りの女の子たち。お揃いのバックパックがとてもかわいい。
- 夕食。食べたいものはたくさんだけれど、極力軽くて美味なるものを。
- 夜の街はまた、異なる表情。それにしても人が多い。祭り?
ランチを終え、しばらく街をうろうろとし、少々くたびれたので、1時間マッサージをしてもらい、それからまたうろうろし、ちょっと小腹が空いたので、なにか軽く香港らしいデザートをと思い、しかしこぎれいなカフェに入ったら、なぜかブレッドプディングがおいしそうで、ちっとも香港らしくない上に自分でも作れそうなそれを、思わず注文する。おいしかったからいいけれど。
ホテルに戻ったら、夫から電話が入った。初日の今日、とてもいい日を過ごしているという。ディナーミーティングがあるので遅くなるとのこと。
彼が、心の底から楽しそうに仕事のことを話すのは久しぶりのことで、わたしも、本当にうれしい。
「ランチは何を食べたの?」
「チキンの料理」
「僕もチキンを食べたよ。ご飯の上に載ったやつ。」
「わたしも。見た目はインドの米みたいだけど、スティッキーな米で、ソースかけて食べるの」
「そうそう。骨がいっぱいで食べにくいけどジューシーなんだよね。野菜スープが付いてた?」
「付いてたよ」
「僕たち、また同じ物、食べたんだね」
「ほんとね。」
「ミホ。気持ち悪いよ。ストーカーはやめて」
おいおい。そうじゃないだろう。素直に絆の深さを喜び合おうよ。
わたしたちは、かねてから「食の嗜好が似ている」という強い絆で結ばれているが、このように同じ料理を同じ日に食べるということもしばしばなのである。打ち合わせた訳でもないのに。
これだけたくさんの食べ物がある香港の街で、全く同じ料理を選ぶなんて、通じ合っているにもほどがある。ストーカーじゃないわよ。
またしてもうろうろの果てに、ワンタン麺が自慢らしい小さな食堂へ。新鮮なエビが入ったワンタンと、ビーフが載った麺。小さいサイズが気に入った。スープの味わいもよくおいしい。野菜のスチームもオイスターソースがあっさりめで美味。帰りに果物屋でパパイヤを買ってホテルで食べた。パパイヤは整腸作用があるのだ。今日は自制心を働かせ、迫り来る食の誘惑につられず、なんとか食べ過ぎずにすんだ。よくやった。
夕食をすませ、ホテルに戻る。夕べの残りの紹興酒を飲みつつ、読書などをする。やがて夫が「ただいま〜」と、晴やかに、帰って来た。
久しく走り続けていた長いトンネルから、ようやく抜け出した気分だ。
なにはともあれ、おめでとう!