母がインドに到着して以来、早10日余り。一日のうち、数時間、外出する以外は、自室で本を読んだり音楽を聴いたりと、のんびりすごしている。たまにアパートメントの敷地内を散歩したりもする。本日は、有閑過ぎるマダムに、インド生活の作文を書いてもらうことにした。
母の自由奔放な性格が顕著に現れた、自由奔放な文章である。が、一応、感情を抑制して、冷静に書こうと努めたとのことである。誤字脱字を訂正した以外は、極力原文を生かしている。
インドの国際空港に降り立って、その異様な雰囲気の中で持って来た荷物を待つ。蚊が飛び、ベンチは埃だらけ。荷物を運び出すターンテーブルは、これはまた小さくのろく、とても発展してゆく国際空港とは思えない。そんな中、ドライバーの迎えで、無事、インドの娘宅に着く。
想像していたバンガロールは、もっと汚くて、牛や豚や小さい子供(裸)がいて、と思っていたのに、近代的な建築物が立ち並び、目をそらせばインド(汚い)を忘れさせてくれる。
しかし市民のマーケットは、マスクをして帽子を被り、娘に手を引かれるほど足場が悪く、くさい! しかしたくさんのもの(果物、野菜、e.t.c.)、神様にささげる花などの多さにはおどろく。皆さんそんなに、神様におまいりしてるのかしら。
日本で見かけない風景の一つで、小さい子供が学校にも行かず? 一生懸命働いている。必要としないのに、買ってあげたくなる。
しかし、家に戻り、自分の部屋に戻ると、お手伝いの男性がまずお水を持ってくる。次にわたしに気遣い「グリーンティ」と言って、お茶を湯のみで運んでくる。
食事も毎回おいしくて、体中が美しくなってゆく気がする。(※注1)
布屋さんも多く、シルク、パシュミナ、スカーフなど、お金さえ出せば日本では買えないものが安くって買え、嬉しくなり、いろいろ買い求めたくなる。
それにひきかえ、ティッシュペーパーの高いのに驚く。(※注2)
わたしは一日の大半を自分の部屋で過ごす。音楽を聴き、本を読み、大樹の枝々が、そよそよと風にゆれ、ふと、わたしは夢の中にいるのかと錯覚をおこす。
現実の幸福は、これまた最高なのが、"エステ"。美しい部屋で、手足顔と、67歳のわたしは生き返る思い。
朝、バルコニーから下を見れば、数人の人たちが箒で道路、庭を掃いている。一瞬、美しくなるも、また葉っぱが舞い散る。気の毒になりつつも、眺めている。
人々は目が合えば、やさしくニッコリとして、その歯の美しさが、今の日本の若い人たちの歯並びとの違いはなんなのかと思われる。(※注3)
わたしは、インドという国を、どう表現していいのか、わからない。田舎に行けば、すごく汚くて、なぜか人々が、歩いて歩いてという感じで歩いていて、特に男の人同士が手をつないだり、肩を組んだり、日本とずいぶん様子が違うと思う。
わたしは娘のところに来ていてインドを語ったり表現することは、非常にむずかしい。
昨日なども、マハラジャのファッションショーに出向き、笑えるほどに飾り付けされた道路、かがり火を持った男性、音楽隊など、そして女性はたくさんの装飾で身を飾り、日本の女性とは少々違うかなと思い眺めてくる。
民族性の違いなのかな? わたしは飾り物が好きなので、遠目に一生懸命眺めて、楽しくできた。
いかなるときも、といっていいくらい、時間にルーズと思われる。お客様を招いても、30分、1時間は平気で遅れてくる。日本では考えられないと思う。
本当に、インドの一面だけを書いているけれど、表現しがたい国かな。
ただ、一番に思ったことは、道ばたのごみを大きいトラックかなにかで集め、掃き清めれば、どれほど美しい町になるかわからないのに。
思わず清掃作業屋をはじめたいと思ったほど。車での移動のため、見たくない景色は見ないですむのも、いまのわたしをインドは美しくなったと思わせるのかも。(※注4)
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(※注1)母は、インドで体重を数キロ落とし、モハンの野菜たっぷり料理で身体をきれいにして帰ろうと思っているようだ。実際、現在のところ非常に体調もよく、母曰く「舌がきれいになった」とのこと。舌……? 気にしたこともなかった。
(※注2)元来、トイレットペーパーやティッシュペーパーの消費者層が薄いインドでは、両者は他の商品に比べると「割高」である。米国や日本よりも高い。ファストフードのレストランなどでも、米国のようにドバドバと無駄なナプキンを消費するなどありえず、一枚、二枚を、丁寧に、ひらりんと渡してくれる。その姿勢は、むしろ好ましい。一方、我が母は戦前生まれにも関わらず、ティッシュ類を乱用する傾向がある。「わたし、タオルで顔を拭くの、嫌いなのよ。だからいつもティッシュで拭くの」などと、呆れたことを屈託なく口走り、気軽に一箱、二箱、消費する勢いだったので、無駄遣いをせぬよう通達したところ、このような感想となった模様。
(※注3)母は若い頃、一時期、歯科医でアルバイトをしていたことがあった。そのせいもあり、歯に対して敏感である。ところでわたしの前歯は整然と並んでいるが、これは6歳から8歳にかけて施された歯科矯正のおかげである。永久歯が生えて来た当初、わたしの前歯は間が空き、少々斜めであった。その様子をみて、母が即座に歯科へ連れて行ってくれたのである。当時、歯の矯正をしている子供は珍しく、「入れ歯」などとからかわれた経緯はあったが、お陰で「世界に通用する歯並び」になり、母には感謝している。
が、「大人になったら二重まぶたに手術しなさい」とか、「鼻を高くする整形をすればいいわよ」などといわれるにつけ、子供心に辟易したことを書き添えておきたい。なお、現在は当時の言動を反省しているようである。(当たり前だ!)
(※注4)締まりのない締めくくりではある。母が初めてインドに来たのは2001年の7月、我々の婚姻の際で、真夏のデリーだった。蒸し暑く、当時は今よりもまだ汚かったデリーの印象がつよく、その経験に比して、「インドは美しくなった」との感想を持っているようである。
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