インド家庭料理に飽きた。
こんな日が来ることは、移住前から予測していた。だからこその、冷蔵庫内に恭しく保管されている醤油であり、みりんであり、知人から分けてもらった日本米であり、味噌であった。
当初の予測では、この日は移住後数週間以内に訪れるものと思われた。だからこそ、日本料理店「播磨」の存在に胸を撫で下ろしたものである。
ところが、家政夫モハンの料理が思いがけずおいしかったこと、時折醤油ベースの料理を出すなど「合いの手」を入れてくれたこともあり、1カ月、2カ月が過ぎても、「日本食なしでもOK?」ってな状況が続いていた。
更には、母の来訪、妹の来訪と続き、自らキッチンに立ちたいという衝動も暇(いとま)もなかった。時折登場する新メニューに対する好奇心もあり、このままわたしはインド家庭料理にどっぷりとなじみ、インド人化するのだろうか、とさえ思われた。
3月末にインドを離れ、1カ月間はインド料理を口にしなかった。この空白期間により、インド家庭料理ウェルカムな日々が更に延長するかと思われた。しかし、思惑は外れた。
バンガロアに戻って来て数日間は、「久しぶりにモハンの料理、おいし〜」と思っていた。ところが、数日前、突然に、飽きたのである。何に飽きたかといえば、インド三大スパイスの風味に飽きたのである。三大スパイスとはなにかといえば、キュミン、ターメリック、コリアンダーパウダーである。
これは由々しき事態だ。
「三大スパイスに飽きた」とは、日本で生活をする上で、「醤油風味に飽きた」というようなものである。日本の家庭料理において、醤油抜きの料理を食するのが困難であるように(でもないか?)、インドにおいて三大スパイス抜きで生活するのは、簡単ではない。なにしろ我が家の食卓は、家政夫モハンに頼っているわけだから。
インド家庭料理に飽きた、と思ったと同時に、自ら料理をしたいという衝動がわき上がって来た。久々に、キッチンに立ちたくなったのである。とはいえ、我が家のキッチンはモハンの「俺の城」。わたしが米国から送っていた調理器具は収納棚の奥にしまわれ、使い勝手の悪い有様だ。
ともかくは、その場しのぎに、昨日は久々に料理をした。いや、それは料理と呼べる代物ではないのだが、とりあえずは「スパイス抜き」の料理をテーブルに供するべく、一品を自ら準備した。
小振りのジャガイモをきれいに洗い、半分に切る。皮もむかずに。タマネギを、櫛形に切る。これは皮を剥いてもらった。モハンにね。それからたっぷりのニンニクを、アルミホイルに載せる。
オーヴンのプレートにオリーヴオイルを敷き、ジャガイモ、タマネギを載せ、さらにオリーヴオイルをふりかけ、塩、胡椒をまぶす。アルミホイルのガーリックにもオリーヴオイルをかけて、封をする。
それらをオーヴンで焼く。ただそれだけだ。
ほくほくに焼き上がったジャガイモに、ペースト状に蒸し焼かれたガーリックを塗り付けて食べる。ただ、オリーヴオイルと塩胡椒、それだけなのに、いや、それだけだから、うまい!
他の料理もあったのだが、夕べのわたしはひたすらに、芋ばかり食べていた。
インドに移住して半年になろうとしている。ようやく、「旅するような日々」から脱し、この国に住んでいるのだという事実を、心身で以て受け止める時期が来ているようだ。
日本人たる我が食の嗜好と、三大スパイス不可避な現実と、どう折り合いを付けて行くか。今後の大きな課題になること必至といえよう。ちょいと大げさといえよう。
とりあえず、明日の昼ご飯は、以前、お向かいの日本人駐在員家庭が帰国の折にくださったそうめんをゆでようかと思う。
やっぱり、暑い夏にはそうめんよね。