夕べのことだ。部屋の灯りを消してベッドに潜り込み、
「おやすみなさい」
「オヤスミナサ〜イ」
と言い合って数秒後。アルヴィンドが神妙な声で話しかけてきた。
「ねえ、ミホ。大切なお願いがあるんだけど」
「なに?」
「あのさあ。明日、アルフォンソマンゴー、1箱、買って来てくれない? バンガロールへは、僕がちゃんと持って帰るからさあ」
「やだよも〜う。マンゴーは十分食べたでしょ! ライチーもマンゴーも、毎朝ホテルのブッフェでも出てるじゃない。食べ過ぎだよ。今年はもう十分。シーズン終了!」
「なに言ってるんだよ! マンゴーのシーズンは、まだまだ終わっちゃいないんだよ! ムンバイじゃ、あっちこっちで売ってるじゃないか」
「それなら打ち合わせの帰りにでも、自分で買いに行ってよ。わたしは明日、ムンバイファッションの動向をリサーチするために、いろんな店を巡る予定なんだから」
「なんだよリサーチって。単にショッピングでしょ」
「そうとも言うね」
「お願い、買って来て〜!」
「あ〜もう、うるさいよ。寝るよ! おやすみっ!」
米国一カ月旅から戻って以来、一体、どれだけマンゴーマンゴーと騒いで来たかこの男。バンガロールではシーズンも終わりに近い故、下火となっていたマンゴー熱。
アルフォンソマンゴーのメッカ、ムンバイに到着し、ホテルの朝食やらレストランのデザートやらでマンゴーを目にし、再びマンゴー欲に火がついた模様である。いくら果物だからって、食べ過ぎたら太るし、身体を冷やすらしいし、ほどほどにしなきゃね。
そんなわけで本日、朝食をすませた妻は夫をオフィスに見送って後、「ムンバイファッションの動向をリサーチ」するべく、タクシーに乗り込み、先日訪れたサリーショップが立ち並ぶ界隈、Marine Lineを目指す。
ところがタクシーのドライヴァー。クロフォードマーケットの周辺にあるサリーショップを勧める。最初は断ったのだが、前回の旅で、ドライヴァーに「一本取られた」ことを思い出し、一か八か、彼の勧める店に行ってみることにした。ちょっと立ち寄ったところで、大した時間の損失にはならないはずだ。
ところが今回、ドライヴァーに勧められた店は、今ひとつの品揃え。全体に、野暮ったい。界隈の商店街を歩いてみるが、どこも超庶民派で、わざわざムンバイに来てまで買いたいと思われる服はない。
やれやれ、こんなこともあるだろう。
さて、また車を拾って、Marine Lineへ向かおうとしたところ、目前にそびえ立つはクロフォードマーケット。ここはムンバイ最大規模の生鮮市場で、以前も訪れたことがある。
通常「市場」と聞けば血が騒ぐ我ではあるが、暑い最中に種々の匂いが渾然一体となって迫ってくる市場に、敢えて突入することもないだろう……と思ったところに、「マンゴー」が閃いた。ここになら、当たり前だが、マンゴーはあるだろう。
やれやれ。せっかくだから、買って帰るとするか。
さすが大都市の市場だけあり、そのスケールの大きさはラッセルマーケットの比ではない。なにしろ、市場に入った途端「自称公式ガイド」のおじさんたちが、身分証明書を見せながら、「市場内をガイドします」と、わらわら近寄ってくるのである。
前回は初めてだったこともあり、ガイドのおじさんに付いて来てもらったが、たいしたインフォメーションもくれないし、なにがどうというわけでもなかったのに、結構なチップを請求されたので、今回は振り切って一人で歩く。そもそも、市場にガイドはいらんやろ。
さて、果物商が軒を連ねるあたりを歩いて、途方に暮れる。あまりにたくさんのマンゴーがありすぎて、どれがいいのかもう、さっぱりわからないのだ。さすが本場だけありアルフォンソマンゴーの扱いは別格だが、それ以外の様々な形状をしたマンゴーが、あっちにもこっちにも。
どの店のも、それぞれにおいしそうに見える。ともかくは、飛行機で持って帰ることを考慮し、きちんと箱詰めしてくれそうなこぎれいな店を選んだ。
その店には5種類のマンゴーが売られていた。恰幅のいい店主が、全種類を味見させてくれた。市場で味見をするのはなかなかにデインジャラスであるとは承知なのだが、相変わらず「免疫力向上週間」につき、少々のことはチャレンジせねばな、と思っているのである。
そんなわけで、購入したのは写真左の4種類。上段に並んでいるアルフォンソマンゴー(Alphonso Mango)を1ダース(!)。それから、左端のRumali Mango、Rajapuri Mango、Kesar Mangoをそれぞれ6つずつ(!)。アルフォンソマンゴーの3種類は店主に名称を教えてもらった。
いずれも、それぞれに、個性あるおいしさ。特に左端の、まるでプラムのような雰囲気のRumali Mangoが気に入った。
まだ熟していないものを選んでもらったとはいえ、こんなに買ってどうするのだ我ながら。でも、「せっかくだから」と買わざるを得ないムードなのよね。
週末、スジャータたちが遊びにくるから、わけてあげよう。それにしたって、多いな。ジュースにして冷凍して、後日、デザートを作るときに用いるのもいいだろう。
ちなみに全部で、US$30ドル弱。インドにしては、高いけれど、質はよさそうだし、たっぷりだし、上等だろう。
ファッションリサーチは午後にすることにして、ひとまずは、ホテルに戻った。