【2022年3月20日の追記】
本日、Clubhouseにて、インドのサッカー黎明期にあたる2011年から9年に亘り活躍されていた遊佐克美氏により、非常に興味深いお話を聞いた。その際、このときのことを思い出したので、一部、修正を加えて再アップロードする。2006年のこのときと現在とでは、インドのサッカー事情は激変している。書き手であるわたしや夫の考え方や在り方もまた。その点をご理解の上、お読みいただければ幸いだ。
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昨日、苦難の果てに入手したチケットを手に、スタジアムへと向かう夕暮れ時。チケットを手に入れるのがどれほどたいへんだったかは、下部に記している。
日本人としては、日本を応援したい。従っては白地に赤の服を着ようではないかと思う。
赤いブラウス、白地に赤と緑の花模様の、しかし、「サリー」が目に留まった。おおう。これはいい。インド服でありながら、日章旗的な色合い。さらには、額に赤いビンディー。これもまた、まるで日の丸。
日印融合の出で立ちは、まるでわたしのアイデンティティを象徴しているようで、なかなかにしっくりとくるではないか。
スポーツゲームにサリー。ちょっと不似合いなのはわかっているが、ここはインド。最近では洋装の人々が増えたとはいえ、サリーは普段着日常着。だいたい、海辺じゃ「サリー姿で海に入る」人もいるくらいで、ヨガだってウォーキングだって、年配者はサリーを着ていたりする。
さて、一緒にスタジアムに向かうべく、早めにオフィスから戻って来たアルヴィンド。わたしの姿を見るなり、
「どうして、フットボールのゲームにサリーなわけ? 変! そのビンディーも、いい加減にやめてよ!」
「これはね。日本の旗の色なの。それにビンディーだって、日の丸っぽいでしょ! いいじゃん、これで」
「だいたいミホは日本人のくせに、なんでサリーを着たがるんだ! ださいよ! じゃあさ、ミホは日本でフットボールの試合にキモノを着て行くわけ? ああもう、妻がそんな格好じゃ、僕の方が恥ずかしい!」
確かに、わたしも変かもしれん。だからって、恥ずかしいとまで、言うか? やはりこの男を、なんとかせないかんと思う。無駄に不機嫌な夫を無視して、車に乗り込んだのだった。
さて、スタジアムである。インド人の応援団は十人くらいしかいないんじゃなかろうかと思っていたが、予想に反して結構な人出。思えば人口の多いインドだもの。退屈しているそこいらの男たちが、安いチケットを購入して、「コンクリート席」を賑わせているのかもしれぬ。
一方、日本人観客や一部インド人客は、500ルピーの「椅子席」である。わたしたちが到着する頃には、その「自由席」は結構埋まっていて、顔見知りのご家族があちらこちらに。
子供連れのご家族は「おにぎり」などもご持参で、なんだか楽しそうだ(おいしそうだ)。
ところで入場券の但し書きには、クラッカー(火薬)やラジオ、カメラ、ヴィデオカメラ、鏡、ボトル類、可燃物の持ち込みを禁止しているのだが、荷物チェックもなく、みなカメラを持ち込み放題。バシバシ撮影し放題である。
それにしても入場券。Do not bring any missiles like oranges e.t.c.とある。ミサイルを持ち込むな。大仰だが、言わんとすることはわかる。「飛ばせるもの」は持ち込んじゃいけないのだと。
だからって、「オレンジなどのような」というたとえは、どうだろう。オレンジのような、ミサイル。なにかと、突っ込みどころ満載のインドである。
いよいよ選手たちの入場。白いユニフォームが日本チームね。でも、誰が誰だか、わからない。でも、黄色のシャツを着ている人は、ゴールキーパーの川口さんということだけは、わかる。
ものすごく久しぶりに聞く、生「君が代」。なぜだか感極まって、早くも目頭が熱くなる我。その傍らで夫、「暗い曲だね」。それにしても電光掲示板。時計の針がないあたり、インドらしくてすてき。
さてさて、試合開始。思ったよりも、インドチーム、ディフェンスを頑張っているように見受けられる。おっと、しばらく真っ暗だった電光掲示板に、時計が現れている! でも、しばらくしたら、消えてしまう! 時計をプログラムしてみるくらいなら、針を付けてはどうか、とも思う。
コンクリートのシートが、まるでローマのコロッセオ的「遺跡感覚」さえ醸し出しているスタジアム。インド庶民の男子諸君は、あちら側のシートにて観戦だ。一方、日本人の多いこちら側は、ちゃんと椅子がついている。1点獲得で盛り上がる人々と、まるでやる気のない、つまんなそうな婦人警官のお姉さん方。
あれ、急にちょっと、暗くなった! まさか、停電? 予想通りの展開だ。
「まじかよ」「停電かよ」……という声が、聞こえてきそうである。
4基ある照明のうちの1基が、停電、というか故障した様子。試合は一時中断。中断したところで、電気は簡単に復旧しないと思うけど。っていうか、残り3基、頑張ってほしいものだ。もし、もう1基故障しても、2基あれば、大丈夫かな。それとも試合中止かな。余計なことで気を揉まされる。
小人数ながらも、気合いの入った応援を見せる日本人チーム。そしてやる気のない婦人警官。
ハ〜フタ〜イム! [写真左] バンガロール・キャンディーズ。[写真右] バンガロール・エンジェルズ。
[写真左] わたしも知っている川口さん。[写真右] 3点目の獲得に、盛り上がる日本人席。それにしても、電光掲示板に経過時間の情報などが示されないので、あとどれくらいで試合終了なのかも、わからない。
……と、スタジアムに、犬が! 昼間はだらだらしているインド犬だが、夜間は妙に活発になる犬が!
「まじかよ」
「犬かよ!」
「やってらんね〜よ」
……選手らの声が、聞こえてくるようだ。
果敢に犬は、選手らの間を走り抜け、トラックを駆け回り、人々の注目を集めること頻り。インドじゃ、空港の駐機場でも、しょっちゅう犬が駆け巡ってるからね。見慣れていると言えば、見慣れている光景なのだ。
っていうか、笑って見てないで、そこのポリス! ガードマン! 犬を追い出そうよ!
犬に気を取られているうちに、試合終了! 3対0で、日本の勝利だった。しかしわたしとしては、1点くらい、インドにも得点してほしかった。100%日本を応援する気持ちにはなれない、揺れる乙女心である。
そんなわけで、インド的醍醐味がたっぷりの、試合以外でも楽しみどころのある、いや試合以外が面白かった、ゲームだったような気がする。
夫は中盤から「お腹が空いた」「どこのレストランで夕飯食べる?」「ねえ、このゲームおもしろい?」「もう、途中で帰らない?」と、いろいろうるさいが、最後まで辛抱してもらった。
夫の希望により、イタリアンのSunny'sに立ち寄り、スパークリングワインで乾杯。夫の好みのビザと、魚のグリルを注文した。
「インドは、恥ずかしいよねえ。試合中、停電になったり、犬が入って来たりさ」
最初から、インドに期待をしていない夫は、試合の結果にもさほど関心はなく、ただインドのインフラストラクチャーの悪さやあらゆる面における不手際が、耐え難いようである。
「やっぱり、僕たち、アメリカに戻るべきかなあ……」
なんに付けても、揺れる男心である。
まあまあ、そう言わずに。もうちょっと、このインドライフを楽しもうよ!
【前日の、チケット購入の顛末】
日本人会から届いた情報によると、チケットはスタジアムに隣接するスポーツオーソリティーで販売されているとのことだった。
インドの国民的スポーツはクリケット。それ以外のスポーツは、ほとんど世間に認知されていない。従っては、観客は、在住日本人が多数ではないかと思われる。チケットは余裕で残っているはずだ。ちなみに500ルピー。US$12程度。
それにしても、がら〜んとしたスタジアムである。入り口が開いているので、中に入ってみた。やっぱり、がら〜んとしている。日本のメディアの人たちや、関係者らしき人たちの姿がちらほらと見える。
心なしか、彼らの表情が暗い。
「まじかよ」
「ここかよ」
といった、声なき声が、聞こえてきそうである。
聞いたところによると、選手たちが泊まっているホテルは、あまりにも、ぱっとしないホテルである。なにしろ昨今のバンガロールのホテル事情、極めて悪いからね。まともなところは、異常に高いし。
ちゃんと、シャワーの湯は出ているかしら。みんな、お腹の具合は大丈夫かしら……と、気が気ではない。
さて、そのスポーツオーソリティーと呼ばれる小汚いオフィスに入る。お姉さんと、おじさんが、ぽつねん、といる。
「明日のチケットを買いたいのですが……」
「チケットは、ここにはありませんよ。明日の朝なら、その入り口にブースが出て買えますけれどね。今日は、カルナタカ州フットボール協会でしか販売してません」
まじかよ。
ここじゃないのかよ。
あまりにも、案の定な展開にくらくらしつつ、その「カルナタカ州フットボール協会」の場所を尋ねる。それにしても、そんな協会が存在していたとは、驚きである。
「ガルーダモールのすぐ近くだから。すぐにわかります」
明日の朝、買いにくるのは面倒だし、ともかくはガルーダモールは近いし、出かけることにした。とはいえ、近いとはいえ、具体的な住所か通り名などが欲しいところだ。しかし、彼女曰く、「モールと病院の間だから。みんな知ってるから。すぐわかるから」と、それ以上の情報をくれない。
未舗装道路を近道して、ガルーダモール界隈に到着。が、案の定、見つからない。尋ねてみる。誰もしらない。ああもう! 一方通行が多い故、車から下りて、うろうろと歩く。排気ガスが猛烈だし、お出かけ用のサンダルだし、どこに行けばいいかわからんしで、ああもう!
とある店先で、おじさんが指差して、教えてくれる。
「ニュールック! ニュールック!」
おじさんの指先を頼りに、歩く。あった! NU LOOKS! あったけど、ちょっと待てよ。あそこにあるわけ? その砂山は、どうすりゃいいわけ? ああもう!
砂塵舞い上がる中を歩いて行く。どうしてこうなの? インドって。どうしてこう、いちいち、面倒なの? わたしは、いったいここで、何をしているの? どうしてわずか数十メートルを行くのに、障害物競走をしているような気分にさせられなければならないの? これってなんだか、オリエンテーリング?
ちょっとやだ、ここ〜? FOOTBALL ASSOCIATIONって書いてあるけど、シャッター、下りてるじゃないもう。油を売っている警備員の兄さんらが、シャッターを叩けば誰かが出てくるという。
どんどんどんどんどんどん!
と、握りこぶしてシャッターを打ち鳴らすと、中から眠そうなお兄さんが登場。
「ここはね、ジムなんだ。協会は、この裏」
裏……。昼寝の邪魔をして悪かった。
また足場の劣悪な道を歩く。うろうろしていて、ようやく見つけた。おう、ここもスタジアムなのか。知らなかった。
ここにもやはり、日本のメディアの人たちや、関係者らしき人たちの姿がちらほらと見える。
心なしか、彼らの表情が暗い。
「みなさん、遠路はるばるお疲れさまです。よろしかったら、我が家でお夕食でも、召し上がっていかれませんか?」
とでも、声をかけて差し上げたくなる。おもてなしをしたくなる衝動にかられる、そんな様子である。
それはそうとさ〜。なぜに、敢えて今日、ペンキ塗りをするかな。滅多に人が来ないであろうこの場所が、珍しく忙しくなるであろうこの日に。間に合わないなら、いっそ間に合わないままでいいのに。
中に入るのに、いちいちこのペンキが滴り落ちんばかりの櫓の下を通過せねばならんというのは、間違っとる!
この国に必要なのは、「計画性」。
そんなわけで、薄暗〜い、あやしい一室にて、ようやくチケットを入手。
「スタジアムでは、スナックや飲料の販売は行っていませんからね。どうぞご自分で持参してくださいね」
そんなこと、言われんでもわかっとる! ってなもんである。いっそ、ホットドッグの屋台でも開きたいくらいである。
ピーナッツの小袋でも投げたいくらいである。
そんなわけで、 無闇に体力を消耗した午後。
「サッカーの入場券を求める小さな冒険。」
何が冒険だ。
いくらサッカーに興味ないからってさあ。みんな、もうちょっと、なんとかしようぜ!
そんなわけで、明日、観戦してまいります。