[写真は1年前、ジャイプールを旅したときのものです。このときの記録、いつかはホームページに更新します]
「マネージャー、呼んで!」
「責任者、誰?! 呼んで!」
ここ十年来の、我が口癖である。インドに来て、拍車がかかった。
たまには、インドのよくない面も書かなくては。という責任感で、これまでもいやな面は折に触れて記して来たが、今後も定期的に記しておく必要があろう。
ただ、もう口が酸っぱくなるほど言ってきた、いや書いてきたことだが、異国に暮らすということは、「そこがどんな国であれ」不都合があるのが当然である。
「インドだもん、やっぱりね」
と思われると、インドに対してちょっとだけ気の毒に思う。ニューヨークでもワシントンDCでも、カリフォルニアでも、その大小の差はあれ、不都合は山ほどあった。欧州だってアフリカだって、南米だって、アジアだって、どこにだって、不都合は雨あられだ。
その不都合を切り抜けて行くことこそ、海外生活の醍醐味とも言えるのだ。
などと、余裕をみせているが、毎度喜怒哀楽の激しい我。「怒」のレヴェルも相変わらず急上昇しやすく、毎度自己抑制にエネルギーを要する。
さて、本日。相変わらずデスクワークの続く年の瀬であるが、「気分転換」にまた病院である。いや、あの日あのとき、あのタイミングで健康診断をしたばかりに、その余波が続いているのである。
「すてき婦人科検診」については、ご記憶の方もあろう。あのすてきスキャンセンターで撮った記録を、実は先週、例の最先端病院、コロンビア・アジアホスピタルに持参し、婦人科のドクターに見てもらう予定であった。
しかし、あまりにも仕事が片付かず、クリスマス前の締め切り第一弾に間に合いそうになかったことに加え、素人目に見ても、スキャンの結果は「異常なし」だったので、予約を先延ばしにしてもらっていたのだ。
で、本日。
午前中、バンガロールクラブへ行く用事があった。バンガロールクラブで大晦日に大きなパーティーが開かれるのだが、メンバーは友人を2人まで招けるというので、友人夫妻を招くことにしたのだ。
ところが、友人用のチケットは当日券はなく、「早い者勝ち」でバンガロールクラブに出向いて受け取らねばならないとのこと。
前夜電話をしたところ「残り僅少」とのことだったので、オフィスが開く10時より前にバンガロールクラブに到着し(そのあたりはもう、こてこての日本人なわたしである)、待機した。
無事、チケットを得、さて次は病院のアポイントメントが正午である。現在10時半。病院までは30分。1時間の空きが出る。中途半端だ。アポイントメントを早めてもらえないか、病院に電話してみる。と、専任のMドクターは正午に出勤とのこと。
仕方ない。途中、どこかに寄るには中途半端である。幸い、先日、日本より訪れていた方にいただいた本(宮部みゆきの『理由』)を持参している。かなり分厚い。病院のカフェで読書でもしようと思う。
果たして病院には11時に到着し、受付で登録する。アポイントメントの直前になったら、診療エリアの受付で改めて申し出なければならないが、まだ早すぎる。
11時45分まで読書をし、診療エリアへ赴く。再び受付をすませる。壁にはモニターがあり、ドクターと患者の名前が映し出される。デジタルである。モダンである。
わたしの名前、それからドクターの名前が12:00の欄に出ている。
再び、『理由』に没頭する。ふと気づくと、12:15である。まだドクターは来ていないのか。診療エリアの受付女性らに尋ねるも、「ドクターは今、こっちに向かっているはずです」とのこと。
頼むぜドクター。
と思いながらも、『理由』に引き込まれ、再び読書に没頭。で、気づくとすでに12:30。モニターの時刻が勝手に12:45に変わっている。ちょっとちょっと、どういうことよ!
またしても受付に詰め寄るが、暖簾に腕押し、豆腐にかすがい、糠に釘、な反応。と、閃いた。わたしはドクターの携帯電話の番号を持っていたのだ。
そう。インドではなぜか、人々は気軽に携帯電話の番号をくれる。ドクターやら店の人やら、なんやらかんやら。サーヴィスが悪かったりしても、問題が起こったりしても、直接本人に問い合わせられたり、文句を言ったりできるところが結構、憎い。
ところで先日、Airtel(電話会社)の支払いをしていたにもかかわらず(小切手を店頭のポストに投函する)、受け取っていないとのことで、電話やインターネット回線をいきなり止められる騒ぎがあった。
インドでは、光熱費やら電話やらが不払いとなると、速攻でサーヴィスを停止する。その手際のよさは、見事である。で、夫とわたしは散々散々、もう百万回位電話をして、払った払わないを繰り返し、1カ月のうちに、回線停止が5、6回発生して気を狂わせられていた。
無論、電話するたび、一旦は「即復旧」するところもまたすごい。本当に、数分後、なのである。そんなに切ったり入れたり、すんなりできるものなのかと感心する。
そんなわけで、今後は支払いを巡るトラブルを避けたいところだ。たまたまそのとき家に来たAirtel営業スタッフに小切手を渡すことで、その月の支払いの責任を、彼に負わせた。彼の携帯電話の番号ももらっておいた。
で、その後、支払いとなると、毎月、彼に直接電話をして、我が家まで受け取りに来てもらうのである。彼はランドライン専任者にも関わらず、オフィスが近いこともあってか、意外に気前よく素早くやってくるところもおかしい。いや、おかしがっている場合ではないのだが。
また話が横道にそれたが、そんなわけで携帯電話である。業を煮やしたわたしは、直接Mドクターに電話をした。長い呼び出し音のあと、ようやく繋がった。
「あ、Mドクターですか? わたし、今日の正午にアポイントメントをいれているミホ・サカタですが。先生、今、どこですか?」
「えっ? わたしは今、ジャイプールよ! あらいやだ。受付から聞かなかった? 今週はわたし、休暇だから別の婦人科医にアポイントメントをいれるよう、頼んでおいたんだけど……」
先生、ジャイプールで休暇中……。
なんだか、ちょっぴり、パラレルワールド……?
わたしが電話をしている間にも、受付譲らは「ドクターはすぐ来ますから」と繰り返している。彼女らに我が携帯電話を突きつけて言う。
「ジャイプールから、どうやって来るっていうのよっ!!!」
ついに、堪忍袋の緒を切らしたマダム。だって、あんまりじゃありませんか。
結果的に言えば、中央受付から診療受付への連絡が不行き届きだったことが原因である。つまりは、診療受付の彼女たちに罪はないのだが、なんともまあ、呆れる話ではないか。ともかくは、彼女たちを責めても仕方がない。
かくなる次第で、標記の「責任者、呼んで!」な事態なのである。
たとえ時間がなくても、そこんところは、詰めておきたい。代わりのドクターがすぐに来る、と言われても、そのままへいへいと引き下がれない。
大股歩きでドシドシと中央受付に突進する。
「マネージャーを呼んで!」
「どういったご用件ですか?」
「苦情 (Complain)!」
鼻の穴を大いに膨らませて言ったところ、個室に通された。温厚そうな兄さんが、丁寧な口調で席を勧めてくれる。いかにも聞き上手そうな兄さんだ。マダム、事情を一気にまくしたてる。
「……そんなわけでですね、わたしはだいたい、10時に一度電話をしたのですよ、もしもMドクターがいないんだったら、この年の瀬の忙しいときじゃなくて、日を改めることだってできたのに、わたしは11時から今まで2時間近くも待たされているんですよ、もしわたしがドクターに電話しなかったらどうなってたんでしょうねえ、え、ジャイプールにいるんですよドクターは、それを知らずに、1時間、2時間、日がな一日わたしはここでぼーっと待つことになってたかもしれないんですよ、こんな大病院でこういう失態があっていいものですか、あのハイテクな感じのモニターにだってわたしとドクターの名前が出て来てるんですよ、どうなんです、そこんところ、もっと連絡を密に取り合うよう改善するべきだと思いますよまったく!」
実はマネージャー代理らしい兄さんは、しかし神妙な顔つきでわたしの告白を聞き、謝り、改善を約束し、別のドクターへの手配を調え、部下にわたしをいざなうよう指示した。的確な処置であった。
そんなわけで、結果的には、別の婦人科医にスキャンの結果を見てもらい、案の定「異常なし」で、ああもういったいなんだったんだか、という午後である。
夕べ、キラキラと光り輝くクリスマスツリーを眺めながら、わたしは誓ったはずだった。来年は、怒り度数を落とそう。もっと穏やかな人柄を目指そう。と。なのにもう、翌日からしてこれだもの。
さて、家に戻り、遅いランチを食べ、仕事に取りかかろうと思うが、『理由』の続きが気になって仕方がない。仕事の合間合間に本を開き、途中からは読書の合間に仕事をしてるんだか、仕事の合間に読書をしているんだかわからない状況になり、もうこれは読了せねば仕事にかかれないと思い、いきなり夜は読み終わるまで夜更かしである。
もう、いったい、何をやっているのだか。
そんなわけで、今年もあと数日で終わる。
来年は年明け早々、ムンバイ、デリーへ赴くこととなった。
今年を省みるいとまもなく、また来年も、濃い一年になりそうだ。