3月末の引っ越しを目標に、着々と準備は進んでいる……ような気がする。
内装設計士からのキッチン及び各部屋の収納庫類の設計図が上がって来た。微調整は必要だが、とりあえずは大工に最終見積もりを出してもらい、作業にかかってもらえるところまで来た。
実は予定していた大工Aの見積もりが、少々相場よりも高い気がしたため、大工Bにも合い見積もりを取っておいた。その場合、使用する素材や作業の工程、仕上げの方法など、双方が一致していなければ見積もりに大きな誤差が出てしまう。
それぞれの話を擦り合わせ、同じ条件での見積もりを出すだけでも、面倒な作業ではある。
多少の値段の違いならば、絶対に「いい仕事をしてくれる方」に依頼する方がいい。しかし、どちらの腕がいいか、ということも、双方の仕事例を見たにも関わらず、判断がつけにくいのだ。
双方が同じ条件で仕事をしているわけではないうえ、仕上がりの家具の色やデザインが好みと一致するか否かによって、印象も変わる。
「大工Bがいいかも」
「やっぱり大工Aの方が、信頼できるかも」
まるで揺れる乙女心な日々を過ごしたが、ついには大工Aに決めた。そして今日、作業開始前の最終打ち合わせ。大工Aは相変わらず英語が話せないし、わたしは相変わらずヒンディー語が話せないので、「ここぞ!」という質問の回答を速攻で得られないのが辛いところ。
アルヴィンドは自分一人で「ふむふむ」と頷き、納得し、通訳を面倒くさがるし。会話の内容を著しく端折るし。
ともあれ、素材や加工法について、妥協することなく細かな説明を改めて聞き、図面を見ながら作業する面積を一つずつ確認して行く。インド内装大工業界では、スクエアフィートごとに単価を決めるのが普通のようで、すでに大まかな見積もりをもらっていたが、改めてここで計算し直すのである。
なにしろ、インドに来て以来、ことにかような仕事に関しては「人を信用しない」ことが習慣になった。「だまされんぞ!」と常に虎視眈々と、時に攻撃的なくらいに警戒するのは、精神衛生上よくはない。しかしここでは、軽々とだまされる方が愚かである。常に褌の紐を締め直す必要があるのである。
注意深く、入念に、作業を進める必要がある。夫はラップトップでエクセルを開き、数字を入力しながらの作業だ。
最終的な数字と、合い見積もりで得た数字を擦り合わせ、少々値切る。あくまでも「少々」である。先方に、「やる気を損なわせる」ほど値切るのはよくない。わたしも、自分の仕事を値切られるのはいやだ。とはいえ相手はときに力一杯ふっかけてくるインド人の一人。塩梅が難しい。
ともあれ、値切られることを覚悟で出して来た見積もりだということが見て取れる数字だったゆえ、こちらから適当と思われる数字を出したところ、大工Aは、少々苦笑いではあったがこちらの要望を受け入れ、最終の数字を決定するに至った。
さて、作業の開始前に、総工費の何割かを頭金として支払う。材料を購入せねばならないから、いくらか先払いするのは当然だと思う。その後、2回にわけて残りを支払うことにした。
その場で領収のサインをしてもらうべく、コンピュータで受領書のフォーマットも作る。立会人として内装設計士の項もつくる。念には念を入れるのである。
さて、大工が支払いは現金がいいというので、小切手ではなく現金を用意しておいた。インドの最高額紙幣は1000ルピー札。22ドル程度。日本円だと2500円くらいか。つまりは1万円札であれば百枚以下で済むところが、1000ルピーだと、数百枚の紙幣を数えなければならない。
午後7時から始まった打ち合わせは、今日も数時間に及び10時に近い。お腹もすいた。しかし、ここで気を抜いてはいけない。お金はきちんと数えなければならない。わたしはすでに3回ほど数えていたが、内装設計士と大工、改めて数える。
これがまた、遅い。数えるのが、実に遅いのだ。しかし、ここは日本ではない。待つ……。ひたすら待つ……。
そうしてようやく10時を過ぎて、お金のカウントも終わり、頭金の支払いも完了。受領のサインももらい、いよいよ来週から作業開始となった。
わたしも大工Aとともに、素材選びなどに立ち会う予定だ。言葉の通じ合わない二人ではあるが、まあ、なんとかなるだろう。どんな卸屋に連れて行ってもらえるのか、とても楽しみだ。
そして10時過ぎの夕餉。
お金を扱う作業があるゆえ、モハンには早々に引き上げてもらっていた。マダムは速攻でツナ缶使用のマカロニグラタンを作った。手軽に作れるレシピを見つけたのだ。
おいしかった。
写真は、ない。