月曜日の午前中に、抱えていた仕事が完了したため、今週より当面は「全身移転体制」にて、荷造りや新居偵察、備品の購入に心血を注ぐ所存の我である。
昨日今日と、家、コマーシャルストリート、新居の「ゴールデントライアングル」を行き来する。
無駄のない暮らしを心がけてはいるはずなのに、タオル掛けやらトイレットペーパーホルダーやら、ソープディッシュやらなんやらかんやら、たった二人が暮らすのに、どうしてこんなに「モノ」が必要なんだろうかと、途方に暮れる日差しが鋭い午後の街角。
夫は、昨日、今日とムンバイ出張。彼は更なるステップアップを目指してがんばっているところなので、妻は妻で、家作りをがんばるのである。やれやれ。
ところで昨日。新居の現場からの帰りしな、車に乗り込んだら、車内が臭い。インド人は体臭がきついからね〜、暑くなると、ドライヴァーによっては、体臭がきつくて辛いのよね〜。ラヴィ、ちゃんとこまめにシャワーを浴びてよね〜
と思いつつ、車の窓を開けて空気を入れ替える。
……が、まだ臭い。
……ん?
臭いのは、……わたしやん!
愕然としたね。
ニスの匂い、ペンキの匂い、木屑の匂い、埃の匂い、鉄屑の匂い、大工衆の匂い(うげ)、その他諸々の臭気が渾然一体となった空間に数時間も滞在したならば、匂いが染み付こうというものである。
ところで、わたしはなにゆえ、これほどまでに熱心に、工事現場に立ち会っているのか。新居に対する熱いパッションを持っているからなのか。確かにそれもある。しかし、肝心なことをすっかり忘れていた。先日、母に指摘されて「そうやった」と思い出した。
わたしは幼少のみぎりより、「工事現場好き」だったのだ。尤も、工事現場に限らず、人がモノを作っている場面、職人仕事を見るのが好きだったのだが、特に「家が建てられる様子」などを見るのが好きだった。
古くからの読者はご記憶にあるかと思うが、我が亡父は、「建設会社を経営」していた。つまり、ガテン系(死語?)の人々を、幼少時から親しみを込めて見ていたのである。
自分でも、木切れやら釘を使って、わけのわからんものを作るのが好きだった。
だから、熱心に、新居に通うのである。そして、事細かにチェックしてしまうのである。三つ子の魂41まで、なのである。
天然木のヴェニアを貼ったプライウッド(合板)をヤスリで磨いた後、この茶色い磨き用の染料のようなものを塗る。
しかも、素手で塗る。
人間の皮膚とは、意外に強いものらしい。
●クローゼットの、「袋戸棚」部分の、塗りを補修している寝起き頭の少年。
なんと、「絵筆」を用いて、ちまちまと塗っている。
妙なところで「職人のこだわり」なのである。
今までの業者は、すべてこちらで契約書を作り、彼らにサインをしてもらっていたが、ようやく「まっとうなビジネスの在り方」が実現した。
気持ちいいものである。
それはそうと、昨日は作業員に「塗装前の目張り作業」してもらった。
アウトレット(コンセント)の部分もきちんともれなくカヴァーされているかしら、と確認してみたらば……。
わざわざ、新聞記事をきれいに切り取って貼っている。なにか、意味があるのだろうか? あるわけがない。(無駄に)几帳面なインド人も存在するという一例。
しかも、素手で。
で、ちょっと、顔はどうしてるの? あのお面みたいなやつ、してないの? と覗き込んだら……。
小学校の理科の授業で、「太陽の黒点」とか、「皆既日食」を見るときに使った、小さな黒い下敷きみたいなものを、「申し訳程度」に目の前にかざしていた。
人間の皮膚とは、意外に強いものらしい。
●どう考えても、「まだ工事中やろ!」という状況の隣家であるが、もう、引っ越しが始まっている。
CEO宅だもの。全社スタッフ総動員である。常に数十名がそのあたりをうろうろしている。
で、イヌまでも、運び込まれて来ている。マダムと一緒にやってきたらしい。
ブルドッグが好きなマイハニー。お隣のイヌを見て喜ぶに違いない。
それにしたって、激しいお隣の引っ越しだ! 家具が大きすぎて階段が使えないらしいが、それにしたって、危なすぎる!
誰か、大川栄策を呼んで!
なんか、ロープを巻き付けて吊るとか、台座を作ってスライドさせるとか、あらかじめ方法を考えたらどうなの?
シャンデリアにぶつかるよ! その竹、やばすぎない? もう、最後まで、見ておられん!
そんな超高価なものを、この状況下で「素」にしておいていいのか?
開封が、早すぎるんじゃないか?
優先順位が、間違ってやしないか?
お隣のことだから、放っとけばいいんじゃないか?
おかしいのは、……わたしなのか?