内装工事が3カ月だの6カ月だの遅れるのは、当たり前。それを1カ月半でやり遂げようとしている自分が超人的。最早言い切るね、わたしは。かような一連の作業を取りまとめる仕事を請け負ったら、コーディネートフィーとしていくら請求できるかしらん。などと考えてしまう。
ともあれ、3月末には現住居を出て、4月中旬からの米国行きは必至。この2週間が勝負なのである。
そんな中、病み上がりの本日の行動は、記録するに値する濃厚さであった。書き留めずにはいられない一日である。
(1) 朝、Lal Bagh 界隈のナーサリーへ行き、植物、花類の最終選択。
店主より大まかな見積もりをもらう。
午後、具体的な見積もりをたてるべく、ガーデナーが再び新居訪問の必要があるとのこと。
(こないだの1回で終わるんじゃなかったのか?)
問いただしたところでどうなるわけでもなく。従っては、本日午後3時に、アポイントメントを入れる。
(2) コマーシャルストリートのカーテン屋へ。先日、採寸に来ていたはずだから、今日は布を選んで支払えば、あとは取り付けで完了だと思っていた。ところが先方の手違いで採寸がうまくできておらず。しかも、ロッド(カーテンレール)の部分と仕立て屋は別々の業者だから、各々が改めて採寸に行かねばならないという。
担当者だった男性の段取りの悪さに、マダム、吠えまくったところ嫌われ、他のシニアな担当者に回される。荒れるマダムをたしなめるのがうまいおじさんだ。
しかし、希望していた布の在庫確認や、ロッドの種類がなんだかんだで、1時間以上も店内で無駄に過ごす。本日午後、ロッド屋との採寸のアポイントメントを入れる。振り出しに戻っている。
(3) 何店舗かさまよった挙げ句に決めたムスリム(イスラム教徒)経営の店で引き出しのハンドルを選ぶ。
上の大きな写真と右の写真がそれである。
ケイオス(混沌)である。写真ではこざっぱり見えるところがつまらん。
隣にあるこぎれいな店は、こぎれいだが単価が非常に高く、しかも在庫が少ない。従ってはケイオスに身を投じるしかないのである。
棟梁カニヤラール曰く、とりあえずサンプルを選んでとのことだったので、台所、クローゼット、書棚など、それぞれ好みのものを選ぶ。蒸し暑く雑多な店内で、選ぶこと30分以上。無闇に人口密度の多い店内で、酸素不足気味となる。
(4) なにしろ病み上がりでまだ食欲はない。ランチはCafe Coffee Dayでマサラチャイを飲むのみ。この店にはお手洗いがないので、KFCまで行って拝借する。拝借していて文句を言うのもなんだが、揚げ物の匂いに胸が焼ける。
(5) コマーシャルストリート入り口付近にある電気屋へ、先日注文していた電気、ギザ(湯沸かし器)、ファンを引き取りにいく。購入した商品数が多い上、電球やソケットなどもそろえねばならず、数を間違えぬよう最終確認。加えて追加商品の購入をして支払いを完了。電気屋紹介のエレクトリシャン(電気取り付け人)と合流。
さて、エレクトリシャンと新居へ向かおうとするも、荷物が車に入らず。
「1回で積めますよ、マダム。ノープロブレム」
とのことだったが、案の定プロブレム!
ドライヴァーのラヴィに2往復してもらうことにする。
(6) 新居は、無闇矢鱈と人口密度が高い。カニヤラールとデザイナーのアルンも来ている。
アルンは英語もしゃべれるので、随時、カニヤラールとわたしの「通訳係」を請け負っている、人のいい小柄なお兄ちゃんである。彼の仕事はほとんど終わっているのだが、ついつい「使って」しまう。
が、人がいいので、「ノープロブレム」といつもにこやかだ。
(7) さて、工事の進展をチェックしようと家に入るなり、各方面から「マダム、プロブレム!」の嵐。
だいたい、「ノープロブレム」と言われても、安心できるどころか不安材料たっぷりなのに、プロブレム、もしくはProblemsと「複数形」を連発された日には、神経衰弱になるというものだ。
「マダム。ここ、ドアを作ろうと思って壁を壊したところ、水道管が通ってるんですよ。これ、どうします?」
「どうしますってねえ。L字にして迂回させてもいいけど、でも水道管を扱うのはいやだから、ここ、ステップをつけて、ドアを上の方に付けて。
ここは使用人しか使わないから、少々不便でも大丈夫だから。水道管は壊さないでよ。
ちょっと、この線はなに? 電気? もう、絶対、切ったりしないでよね。ちゃんと中におさめてよね」
「マダム、ノープロブレム」
だから、それが心配なんだってば。
「マダム。キッチンのこのドア、見てください。何か気づきます?」
「木目が左の方だけ、横向きじゃない! 気づくに決まってるでしょ! どうするの? 取り替えてくれるんでしょ? ちゃんと、そろえてよね」(マダムの目は節穴ではない!)
「マダム、ノープロブレム、ちゃんと注文してあります。ハッハッハ」
笑ってる場合じゃないやろ!
「ところでマダム。食器棚のドア(この間、気合いをいれて注文していたすてきドア)、間違って1インチ、大きすぎたんですよ〜。いや、再注文してますけどね」
「ちょっともう、なにやってるの? そんな高いものこそ、間違えないように採寸すべきでしょ?」
「ところでこのドア、なにしろ支払っちゃいましたから、なにか作りませんか? クローゼットとか。工賃はただにしますから」
作らん。作らんのだ。もう、置き場がないし。第一、食器棚とお揃いのクローゼットを作ってどうする。
長身で、物腰の優しいインド人男性である。
「わたしの名前はサニーです、Ms. Miho」
なにかと「ミス・ミホ」を連発する男である。
「別の業者からの見積もりが法外に高かったから、あなたからも見積もりを取りたいの。1スクエアフィート、平均でいくら? ちなみに塗料はAsian PaintsのRoyaleを使いたいんだけど」
「マダム、その塗料は高級ですからね。1スクエアフィートあたり15ルピーはします」
「ちょっと、それじゃ、前の業者とかわらないわ。彼ら16ルピーだもの。ちょっと、あなたたち、それ、まともな値段? わたしが外国人だからって、ふっかけてない? ペンキ塗りに1ラック(約25万円)もするなんて、腑に落ちないわ」
「ミス・ミホ、あなたはクリスチャンですか?」(なんなんだ、いきなり)
「いいえ、違いますけど」
「ミス・ミホ、わたしはクリスチャンです。決して人をだましたりはしません。わたしの目的はお金を儲けることではなく、人と出会い、いい仕事をすることです」
なん〜じゃそりゃ!! むしろ怪しいにもほどがあるやろ!
「わかりました。あなたのお気持ちはわかりましたから、ともかくはまず、採寸してください。それから見積もりを出して。話はそれからです」
「かしこまりました。ミス・ミホ。見積もりは早急に、電子メールでお送りします」
(9)ペンキ屋サニーの背後で待ち構えていたカーテンのロッド屋に採寸箇所を指示する。
(10) カーテンのロッド屋の背後で待ち構えていたガーデナー2人に、庭を見せ、花や植物のレイアウトの希望を改めて伝え、土の質や広さなどのチェックをしてもらう。
(11) すでに到着していたエレクトリシャンとその弟子2名の計3名に、ファンやギザ、ライトの設置箇所を指示。早速取り付けを開始してもらう。
庭に出ると、お隣の工事現場も着々と作業が進んでいる。石のオブジェも登場だ。まさに「金に糸目は付けぬ」状態だ。まあ、お隣がゴージャスなのは悪いことではない。
ちなみに、向こうの方に立てかけてある木の板。あの板が我が家と隣家との間に立ちはだかるらしい。
わたしは、そこにハイビスカスを植えるつもりであるから、ちょうどよいバックグラウンドとなりそうだ。
一方、我が家の庭は、なんの加工もせず、ただ花と緑の力を借りるのみである。
周囲をぐるりと取り巻くよう植える予定のブーゲンビリアは、まだ背の低いもの。上のフェンスのまで伸びるのに、数年待ちかしらん。
と、庭をチェックしていたら、一カ所にタバコの吸い殻が散らばっている。誰だここに吸い殻を捨てたのは! 大工衆に問いただすが、誰も吸わないという。きっと隣の大工らだという。隣の敷地で現場監督をしているおじさんを大声で呼び、タバコの件を尋ねる。
「マダム、この吸い殻は高級タバコです。労働者は吸いません。きっと上階の誰かが捨てたんです。
なんてこった。3階のNRIマダムは神経質で、人の行いを責めていたくらいだから、まさか吸い殻を捨てたりはしないだろう。第一、タバコをすっている様子はなかった。2階の一家も、すでに洗濯物や冷房の室外機の件で話をしている。まさか吸い殻をすてることはないだろう。パーティーなどのゲストが捨てたとも考えられるが……。
こうなったら、まだ見ぬ4階だ。挨拶がてら、行ってみよう。
(12) 4階のベルを鳴らすと、幸いにも住人の男性がいた。今度下に引っ越してくるものです……と挨拶をすると、「どうぞ、どうぞ、お入りください」と家に招き入れてくれる。
インドというのは、皆がこうして、気軽に家の中に招き入れてくれるのが何とも言えず「人情味」がある。2階のマダムも3階のマダムもそうであった。
無論、使用人だなんだ、人の出入りが多いのがインドの家庭であるから、そういう意味での警戒心は少ないのだろう。
ところで彼は30代前半とおぼしきインド人。聞けば、わたしたちと同時期にインドへ戻って来た元NRIである。ニューヨーク、ワシントンDCに住んでいたこともあるとかで、話が弾む。が、話を弾ませている場合ではない。
「ところで、実はちょっとお伺いしたいことがあって……」
と、タバコの件を切り出したら、彼らは吸わないとのこと。
「僕がもしタバコを吸ったら、妻から殺されます」とのことである。そりゃあ物騒なことである。
お騒がせいたしました、ともあれ、引っ越しをしたら、夫とまた改めてごあいさつに伺いますと言って立ち去る。
(13) 採寸の終わったカーテンロッド屋。見積もりが、高い!
「ロッドだけで、こんなにするの?」
「マダムがお選びになったのは最高級ですから」
「じゃ、最高級じゃなくて中級でいいから、どれか教えて」
「これとこれです」
「じゃあ、リヴィングとダイニングルームはこれで、ベッドルームと書斎はこっちでいいから」
「では、この数字で」
「え〜、まだ高い。20%ひいて」
「マダム、それは無茶です。せいぜい10%です」
「15」
「じゃ、これで」
「この端数を消して」
「それはできませんマダム!」
(14) 下見を終えたガーデナー。英語がほとんどできない。が、見積もりを聞きたい。まだそこでうろうろとしているカーテンロッド屋が通訳をしてくれる。
「土と作業費を合わせて15000ルピーです」
「それは、高すぎない? 何人で何日かかるの?」
「2人で2日です」
「う〜ん。じゃあ、今後のメンテナンスは? たとえば月に数回頼むとして」
「1回につき2時間程度で1500ルピーです」
「わかった。ちょっとナーサリーのボスとも相談して、また連絡します」
(14) バルコニーのアルミサッシやユーティリティールームの、やはり窓枠やドア、外のフェンスなどを作る「メタルワーク」チームも数日前から作業を始めている。
フレーム作りも一から、しかも室内で作業するからもう、床も壁も、はちゃめちゃである。
最早、少々の傷も勲章なのか。
ちょっとのことは、まあいいや、と思えてしまう。
いいのか?
「マダム、プロブレム!」
エレクトリシャンが呼ぶ。
「マダム、バルコニーの天井のランプ、電源がつながってません!」
「マダム、ユーテリティールームの天井は、穴とコードはありますが、スイッチがありません!」
「マダム、大工が工事のときにアウトレット(コンセント)を壊したようで、メザニンのライトがつきません!」
「マダム、バスルームのライトは、5カ所とも、2つのうち1つしか、機能しませんよ!」
「わかった。わかった。わかりました! 電気関係の不具合は、アパートメントのエレクトリシャンと相談してください。今、呼んできますから」
ちなみに取り付けをやっているエレクトリシャンの部下の一人は、まだ少年と呼んでもいいほどの若い男の子。彼は英語も堪能、仕事もよくできて、非常に利発である。ボスとわたしの間で通訳をしつつ、不具合を具体的に説明してくれる。まるで「掃き溜めに鶴」な少年だ。
「マダム、問題点は、アパートメントのエレクトリシャンと我々の間で解決します。ただ、コードやソケットなど、追加の備品が必要ですから、それはこちらで購入し、実費を請求します。あらかじめ、デポジットとして2000ルピーをいただけますか?」
利発な少年は理路整然としているので、マダムは迷いなく2000ルピーを渡し、領収書を書いてもらう。その筆跡もまた、滑らかで、この少年は、きっと非常に賢いのだろうと思う。
それは使用人部屋。
リーズナブルなライトだったのだが、なんだか、いい感じである。
そんなこんなで、ここにはもう、あたりまえだが書き尽くせぬ出来事が怒濤のように襲って来て、この状況は多分、これからしばらく続くであろうと予測され、従っては1日8時間睡眠は要確保である。
週1回のアーユルヴェーダマッサージを週2回してもらっても、罰はあたらんやろう、とさえ思える。いや、週末は2.5リットルのオイルマッサージだ。
怒濤のように書きなぐってしまった。が、実際の密度は、こんなものではない。インドの醍醐味、満喫! である。
ちなみに、棟梁カニヤラールによれば、やはり工事は25日までかかるとのこと。案の定。
アルヴィンドは「ミホ、バンガロールクラブのスイートルームは新築されたばかりらしいから、せっかくだから泊まろうよ」と、外泊に積極的である。
わくわくしている場合か。
しかし、そんな心の余裕も大切かもね。インドだもの。
Take it easy。
と、自分につぶやいてみるも、虚し。
なにはともあれ、読了、お疲れさまでした。