※これを記している現在、29日の朝。ヨセミテでの3泊を終え、夕べ、ヨセミテから少し離れた町にあるB&Bにチェックインしました。今日はこれから朝食のあと、ベイエリアへ向かいます。深夜のフライトまで時間があるので、サンノゼの「みつわ」で日本食を調達したり、久しぶりにサンタナ・ロウで過ごそうと思っています。ヨセミテの記録は、フライトの待ち時間などを使って、更新します。
ヨセミテ3日目の今日。昨日のトレッキングの疲れは残っているが、インド生活での「抜けない疲れ」に比べると、なんと爽やかな疲労感であることか。
今朝はダイニングへはいかず、昨日買っておいたニンジンジュースやシリアル、ヨーグルト、バナナなどで軽く朝食を済ませる。
コテージの外のテーブルで、青空と流れ落ちる滝を眺めながらの朝食はまた、格別である。
昨日はなんだかんだといいながら、かなりの運動量であった。そもそも米国には「リラックスしに」来たはずだったのに、やっていることが体育会系過ぎる気がする。今日は平地を軽く歩く程度にしたい。と、アルヴィンドには申告していたはずなのだが……。
昨日と同様、ホテルのコンシエージュでおすすめのトレイルなどを尋ねる。
マックスに勧められていたグレイシャーポイントへ連なる4マイルトレイルが、ある地点まで開放されているので、そこを歩いてはどうかと提案される。
ヨセミテは先週、雪が降ったため、グレイシャーポイントへの道は閉鎖されている。他にもサマーシーズンのみ開放されていて、まだ入り込めない道路などがいくつかあるようなのだ。しかし、ここ数日のうちに、徐々に開通しているトレイルがあるようで、このトレイルもその一つらしい。
「わたし、平坦な場所であれば長距離でも歩けるんだけど、急な坂道は苦手なんです。このルート、坂道は多いです?」
「坂道はありますが、なだらかなスイッチバックですし、昨日歩かれた滝のような急な階段なんかはありませんよ。難易度で言えば、昨日と同じくらいでしょう」
呑気に歩きたかったはずなのに、昨日と同じ難易度。が、すばらしい景観が望めるとあれば、行ってみたい気もする。アルヴィンドはすっかり乗り気である。仕方ない。今日も歩くとしよう。
コピーにコピーを重ねたような、写りの悪い地図にマーカーで印をつけてもらい、それを片手に車へ乗り込む。
駐車場に車を停めてあと、トレイルの入り口までたどり着くのに20分近く歩く。
ウォームアップとはいえ、すでに、遠い。
それにしても、このトレイルは本当に人気があるのだろうか? 周囲に、あまりにも、人がいなさすぎる。
一組が我々より先を歩いている以外は、リスや鳥やトカゲに出会うくらいである。
トレイルは、蛇行する尾根道である。木漏れ日を右手に、左手に受けながら、黙々と歩く。
背の高い杉の木立に抱かれて、時折、足を休めつつ、しかし目的地までの距離を示すサインなどはまったく現れず、自分たちがどれほど歩いているのかよくわからない。
ただ、彼方に見えるヨセミテ滝が、じわじわと、「低く」なってきている気がする。とはいえ、1時間以上も歩いているのに、視界はさほど変わらず、だんだん疲れて来た。
背負っているランチやボトル水が重い。
と、ちょうど向かいから父子二人が軽やかにおりてくる。
「上までは、あと、どれくらいですか?」
「まだまだだよ。ここは3分の1くらいかな。だけど眺めはいいから、がんばって歩くといいよ」
まだあと3分の2もあるのか。すでに、ランチを食べて引き返したくなる。
途中でせせらぎに出合った。水に手を浸せば、しんと冷たく、なんと気持ちのいいこと! 顔を荒い、腕を湿らせ、口を漱ぐ。生き返るような思いだ。
張り切って歩いて疲れてしまっては困るので、ともかくは、ぼちぼちと歩く。
せせらぎを過ぎてしばらくたったところで、急に視界が開け、ヨセミテヴァレー、広大な谷を見晴るかす場所に至った。気づかぬうちに、ずいぶんと高い場所まで歩いたものである。
しかし、このトレイル、かなり「気合いが入っている」のではなかろうか。気軽に歩きたかったはずなのに。なんだか熱血しすぎている気がする。
しかし、まだまだトレイルの半分にも満たないのだ。
谷間に広がる杉の木立や、豊かな水を轟々とほとばしらせて落ちる滝。
「ただ、水が流れ落ちているだけなのに、どうして僕は、滝が見たくなるんだろう」
そういいながら、彼方の滝を見つめるアルヴィンド。スイッチバックの端々で足を止め、景色を望み、また歩く。
が、いつまでたっても、わたしたちが目的としている第一のポイントまでたどりつかない。だいたい、そのポイントがどこなのかも、わからない。
もう、そのポイントは、過ぎてしまっているのではないか、とすら思う。
本当は「目的地」に到着してからランチの予定だったが、中途半端な場所の木陰で、サンドイッチを広げる。夕べのローストビーフやアボカドを挟んだだけのサンドイッチが、とてもおいしい。
それからバナナ、ポテトチップスなどを食べ尽くす。
もう、歩けねぇ。
と、だらだらしていたところへ、だいぶ前に我々を追い越したカップルが、今度は戻り降りて来た。
「上の眺めはすばらしいわよ! ハーフドームが見えるわよ!」
「あともう少しだから、がんばって歩くといいよ」
励まされて、重い腰を上げる。日差しはだんだん鋭くなり、日射を遮る木立もなく、じりじりと、暑い。水を飲んでもすぐ乾く。かなり気温が上がっている。
やがて、これまで死角だった場所が少しずつ見え始めた。
そしてようやく、トレイルが行き止まりになっているところまでたどり着いた。目前に、ハーフドーム!
やっぱり、ここまでたどり着いてよかった。
それにしても、今は雪のため閉鎖されているが、このゲートの先を更にたっぷりと歩いて、グレイシャーポイントにたどりつくのである。
閉鎖されてて、よかった。
たとえゲートが開放されていても、わたしは歩いてなかったな。っていうか、歩けなかったな。だいたい、強者なマックスの勧めを真に受けてはいかんのだ。
彼はイタリアからスカンジナビアのどこかまで、サイクリングするような男なのだ。アウトドア極まれりな男なのだ。
わざわざ休暇で、なにゆえこんなに疲れることをせなならんのだ。と、悪態をつきつつ、いや、自然に触れ合うのはすばらしいことだと自分に言い聞かせ、歩く。歩く。
再び、せせらぎに出会い、ここで靴も靴下も脱ぎ、凍るように冷たい流れに足を浸す。冷たすぎるその水が気持ちよく、しばらくそこで、水と戯れる。
下界にたどりついたときには、すでに夕暮れ。日差しは傾いて、大地をやさしく照らしている。今日もまた、5、6時間も歩いた。
今、我々が歩いて来た場所を見上げる。あんなに高いところまで、歩いていたのか。
「ねえ、出発前、あそこを上るって、知ってた?」
「ううん。知らなかった」
「知ってたら、行かなかったよね」
「うん。行かなかった」
知らなくて、よかった。疲れたけれど、歩けてよかった。
今夜もまた、プライムリブを食べようと思う。
そして、デザートも、食べようと思う。