しかしながら、異質の世界に身を置いて、すっかり気分が転換できた気がする。最初は1年ぶりの運転に少々緊張したけれど、すぐに勘は戻って、自分で身動きがとれる心地よさ。
ファンシーでスウィートなB&Bでゆっくりと朝食をとる。周囲には「ハーレー乗り」たちのカップルが。
黒いTシャツにジーンズ、金具が派手なベルトなど。女たちは細く高いヒールのサンダルにミニスカート。みな、見事に恰幅がいい、派手なカップルが4、5組。
テディベアが似合わなさすぎる彼らはしかし、この宿がまるで定宿のごとく、溶け込んでフレンドリーで。
アルヴィンドは、「自分にないものを持つ人たち」への関心が強く、彼らのバイクをしみじみと眺めたり、話しかけたりするのが好きだ。
見た目も、趣味も、多分仕事も、何もかもが、全く異なる世界で生きているであろう我が夫とハーレー乗りが、楽しげに話している様子は、なかなかに微笑ましい。
互いの旅の幸運を祈る言葉を交わして、彼らは轟音を立てながら走り去り、我々は車に乗り込んで、ゆく。
深夜の便。正確には明日の午前1時過ぎの便に乗る。従って、空港へは夜の10時過ぎにつけばいいわけで、時間はたっぷりある。
まずはサンノゼの、日系スーパーマーケット「ミツワ」を目指す。と、到着したらランチタイム。ミツワの隣には、寿司屋がある。
「インドでは、なかなか食べられないから」と、またしても、吸い込まれるように入る。
本日の定食はサーモンのちらし寿司風と牛カルビのセット。確かに、インドではなかなか食べられない組み合わせである。
わたしは定食を、アルヴィンドはちらし寿司を注文。
なにもあなたまで、寿司を食べ溜めすることはないのよ。と思うのだが、
「インドでちらし寿司はなかなか食べられないからね」
と、なにやら必死のようすである。
ミツワでは、米国在住時代からお世話になっているカリフォルニア産短粒米「田牧米」の5ポンド入りを6袋確保。
米さえあれば、ひとまずは安心。
その他、インスタントみそ汁や乾麺、おたふくのお好み焼きソース、鰹節や海苔などを買う。菜箸やしゃもじなど、細々した物も、どんどんとカートに入れる。
が、重量が気になる。もっと買いたい衝動を抑え、ほどほどで、キャッシャーへ向かう。日射鋭い駐車場で、額に汗を浮かべつつ、予備のバッグにぐいぐいと詰め込み、なんとか収まった。
お向かいの紀伊國屋でも、日本の文庫本を買い溜める。が、長い帰路で、3、4冊は読み上げてしまうだろう。
さて、4時近くなって、サンタナ・ロウへ。在ベイエリア時代、しばしば足を運んだ街。
ここで真っ先に向かったのは、かつて何度か訪れたスパ、Burke Williams。
ここはジャクージーやサウナが充実していて、マッサージを受けるとそれらの設備が自由に使えるのだ。
なにせこれから長い旅が待っている。
ヨセミテでの「運動疲れ」をいやしつつ、長旅への体調を整えたい。
幸い、二人とも、すぐに予約が取れた。ここで1時間半ほど、ゆっくりと過ごす。マッサージは最高だし、ジャクージーは温泉気分だしで、まさに極楽のひととき。実に気分爽快となった。
その後は夫の買い物に付き合い、ブティックなどを巡る。
最後に、お気に入りだったペイストリーショップCocolaで軽くサンドイッチとチーズケーキを分け合って食べる。
日曜の夜。着飾って歩く人々で賑わう通りを眺めながら、1年半前のわたしたちを、思い出す。
ここに住んでいた半年間は、本当に、きつかった。
わたしたちが出会ってからの十年間のなかで、多分、一番の、試練の日々だった。
なのに、今、久しぶりに当時の「片隅の風景」を読み返して、我ながら、感心する。怒濤の日々が、なんと麗しく「ヴェール」に包まれ、穏やかに在るだろう。
実に幸せそうではないか。毎日が、絶叫したくなるよな日々だったのに。実際、絶叫していた日々だったのに。
10月13日なんて、主には夫の服を買いにファクトリーアウトレットまで行っておきながらも、実は家出をして、サンノゼのホテルに泊まったりもしていたのに。
今だから言えるが、騒ぎの果てに、「ポリスがうちに来た」ことさえあるのだ。詳細は割愛するが。ふふふ。
ふふふ。じゃないな。前科はない。念のため。
ところでアメリカのすごいところは、すぐにポリスが駆けつけてくるところ。ニューヨーク時代にも、二度ほど訪問を受けたことがある。詳細は割愛するが。てへ。
てへ。じゃないな。前科はない。念のため。
「片隅の風景」に書いていることが、嘘なのではない。ただ、極力「不快でないところを」綴っていた。こうして読み返せば、毎日が、とてもやさしい。
なるたけ客観的に、なるたけ俯瞰して、日常を捉えてみれば、意外に悪いことばかりじゃなかったりもする。
やがて風は凪ぎ、嵐は止む。降り続ける雨は、多分ない。
このごろは、映画 "Big Fish" のお父さんの気持ちも、よくわかる。
賑わうサンタナ・ロウをあとにして、空港へ向かう夜のハイウェイ。見慣れた地名、道路名が、次々に視界に飛び込んでは消えてゆく。
夜のハイウェイを、幾度となく、あてもなく、途方に暮れて、一人で飛ばした日々。星や月や空や虹に、救いを求めるような思いで。
何を寄る辺にしていた? 結局は「自分」。だから、もっともっと、強くたくましい、タフな人間でありたいと切望した。
(……十分ではないですか? との声が、聞こえてきそうだけれど)
あれから1年半。
今回の旅でまた、少しずつ、自分たちが成長していることを確かめられて、よかった。
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(易)窮則変 変則通 通則久
窮すれば則ち変ず、変ずれば則ち通ず、通ずれば則ち久し
壁にぶつかれば、方向を変えればいい。
方向を変えれば、新たな道が拓け、未来に通じるかも知れない。
何事も窮すれば必ず変化が生じ、変化が起これば必ず通じる道が現れる。
通じる道が見つかれば、こっちのもの、である。
(2005年10月30日の「片隅」より)
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