●クリケットに沸いている。
目まぐるしく、9月も去りぬ。本日もまた、青空まばゆく風軽く、心地のよい土曜日。年中快適な気候のバンガロールで、季節のメリハリが曖昧で、しかし庭のある家に暮らすようになってからは、季節のなだらかな変化をわずかにも察知している。何年も同じ場所で定点観測をすれば、きっとその差異に対してより敏感になるのだろう。
さて、今週はクリケットの勝利ムードに沸いていたインドだが、数日前、チームがムンバイに凱旋帰国した際の盛り上がりはすごかった。新聞には道路を埋め尽くす人の波。マンハッタンの大晦日カウントダウンをしのぐほどの人出だ。フライオーヴァーの上にも人だかり。橋脚が崩れるんじゃないかと、そっちのほうが心配だ。
そして本日午後、そろそろバンガロールが熱狂に包まれる。というのも、この街のクリケットスタジアムで、「インド対オーストラリア」の試合が行われるのだ。このごろの新聞はクリケット関係の話題でいっぱい。あれこれと突っ込みどころ満載だが、あまり興味がないことに文字数を割くのもなんなので、この辺にしておく。
●掃除と不要品と寄付。
ここ数日は、掃除をしていた。なにしろ3月末日に引っ越して以来、直後に米国行き、その後、義理両親の来訪、友の来訪、母の来訪と続き、暫定的にクローゼットに押し込んでいた衣類や雑貨などを開封する間もなく、歳月が流れていた。
年中温暖なこの地であるから、基本的に衣替えが不要。毎日毎日インド製の木綿服(サルワールカミーズなど)を着用しているため、季節が巡っても冬物を出さなきゃ、などという必要がない。旅行時に、目的地の気候に合わせた衣類を引っ張りだす程度である。
さて、片付け始めると、出てくる出てくる、米国時代の我が日常着J. CrewのTシャツ。ピンクにオレンジ、ブルーにブラウン、半袖長袖あれこれと。加えて夫がカンファレンスなどでもらってくる、企業のロゴ入りTシャツやジャケット、ナイロン製のビジネスバッグなどがたいそうある。
米国からインドへ移住するときに、相当を処分し、相当をサルベーションアーミーなどに寄付したが、まだ残っている。
わたしたちは、衣類をあまり買わない方だと思っている。それでも、歳月を重ねるほどに、増えて行く。インドに来てからはリーズナブルなのをいいことに、コットンのサルワールをいったい何枚買っただろう。
「身軽に」
を心がけていたにも関わらず、ものはどんどんと増えて行く。ため息をつきながらも、もう「ほとんど着ない」ものは、溜め込まずに一掃することに決めた。
きちんと畳み直し、どんどんと段ボールに詰める。メイドのプレシラや、(山下清+バカボン)÷2な庭師とその一家などにいくらかをもらってもらうことにする。
それから残りはまた、プレシラが通っている教会に寄付してもらうことにした。
衣類以外に余っているのが、小さなボトルに入ったシャンプーなど。アルヴィンドが出張でホテルを利用するたび、未使用のシャンプーやコンディショナーなどを持ち帰ってくるのだが、それらがものすごい量、溜まっているのだ。
インドの高級ホテルのそれらは、アーユルヴェーダの処方で作られた質のいいものも多いのだが、シャンプーやコンディショナーならまだしも、何十本ものモイスチャライザーなど、使い切れない。気に入ったものを選んで使ったとしても、増えて行くばかりだ。
その他、やはりホテルの櫛やシェーバーなども、たいそうある。
加えてキングフィッシャー航空のファーストクラス(キングフィッシャーはエコノミーとファーストの2種のみしかない)について来るパウチ。これにはフェイシャルミストに口臭予防スプレー、モイスチャラーザーにリップバーム、加えて綿棒や耳栓などがついている。これらがまた何十セットもある。キングフィッシャーのペンなどは、100本近くあったんじゃなかろうか。
店を出せそうである。いずれにしても、使いきれるわけがない。
「もらってこなければいいのでは?」
と、思われそうだが、ついついもらってくるのが人情だ。そもそもこんなに蓄積していることに、ハニーは気づいていないだろう。
インドには、ペン1本を持てない子供たちが、無数にいる。わたしたちが使いもしないそれらを引き出しの中で寝せておく理由はない。すべて取り出して、それらも教会へ寄付してもらうことにする。こうすることでようやく、もらってくる意味があるように思える。
チャリティ団体が多いインド。しかし、問題のある組織も少なくないようだ。どういう形で寄付をしたり、ヴォランティアをしたりするか、常に気になっているところである。
ともあれ、できるところから、少しずつ。
●MG ROADでショッピング:眼鏡。クリスタル
昨日は久しぶりに、MGロードへ出かけた。まずは眼鏡とコンタクトレンズを買いに。コンタクトレンズはマルチフォーカル(遠近両用)を使っていたが、ついには眼鏡も遠近両用が必要になって来た。まったく気分が悪いが、老眼である。だいたい、「老眼」という文字が、年寄り臭くていやだ。かといって「加齢眼」などと変更されてもまた鬱陶しい。
検眼の結果、近眼の度は変わっていないが、やはり老眼は若干、進んでいるらしい。憎らしい。
家にいるときはずっと眼鏡なので、なるたけ「かけ心地」のよいものを選んだ。オーストラリア産の軽くてフレキシブルなリムレス。ツルの部分が不必要なほどにフレキシブルに曲がる。店の人がグイ〜ングイ〜ンと曲げてみせる。いやいや、そんなに曲げるような事態は、通常起こり得ないから。
が、インドの商売人、こういう動作をしてみせるのが好きなのだ。
「このコップは強いんです」といいながら、床に落としてみせる食器屋もいた。だから、そこまでせんでもいいから。すでにその時点で、ダメージ受けてるよそのコップは。と思うのだが、こんなんばかりだ。
そうそう、そのコップを買った、MGロードのJAMALSへ、眼鏡購入の手続きを終えた後、赴く。従来JAMALSなどが入っていた古い建造物は近々取り壊され、新しいビルディングが建てられるということで、界隈の商店は、数年間仮設店舗を利用することになっている。
JAMALSはMGロードから少し奥まったところにある新しいビルディングに入っていた。インド移住当初、我が家の食器類の大半をこの店で調達した。やはりこの店の兄さんとも顔なじみである。
今回は、ワイングラスとシャンパングラス、それから食後酒用のグラスを買うことにした。ワイングラスやシャンパングラスは、この1年半の間に次々と割れ、6個セットはすでに3個ずつとなってしまった。
パーティー用のグラスは頑丈な小振りのものを数十個を買っているが、普段、自分たちで、あるいは小人数パーティーのときに使うグラスは、使用頻度も高い分、割れやすい。
ワイングラスはバーガンディ型(特に赤ワインの香りを楽しめる口が広いタイプ)のイタリア製を、フルート型のシャンパングラスと食後酒用のコーディアルグラスは、奮発してフランス製のクリスタルを購入した。インドでも、欧米もののグラスはかなり一般的に出回っているのだ。
クリスタルはむしろどっしりとしていて、安定感があるから、割れにくいのではないかとみた。扱いも丁寧になるような気がする。なにより、美しい。長い眼でみると、こちらの方がよいかもしれない。1年後の結果に期待しよう。
●MG ROADでショッピング:文具店とすばらしい場所。コーヒーハウスで休憩
MGロードの一部を歩く。FOOD WORLD GOURMETで、ここでしか手に入らないお気に入りのオリーヴの実やワインヴィネガーなどを仕入れる。
隣にあるドラッグストアHEALTH & GLOWでいつもの化粧水、ローズウォーターなどを買う。
それから、いくつかのサリーショップものぞいてみる。
いつもは店舗手前だけを見ていた書店のぐいぐい奥まで入り、不思議なインド本の数々を眺める。
さらには、噂に聞いていた文具店、GANGARAMSへ。通りに面した階段を上がり、1階(日米でいうところの2階)へ。予想した以上に、文具類が充実している。さっそくドキュメント用のファイルを買う。いつもは大型書店CROSSWORDで調達していたが、こちらの方が格段に種類も数も豊富だ。今後はここを利用しようと思う。
さてこの店。レターセットやノートなど、インドらしい素朴な味わいのある紙製品もあれこれとある。思わずいくつか購入した。上の大きな写真が、その一部だ。
手前の花びらのような形をしたもの、また円形のものは、ノートだ。手漉きの紙を使っているようで、温かみがある。
買い物を終えて、キャッシャーで支払いをすませて帰ろうとしたところ、店主らしきおじさんが尋ねる。
「2階、3階は、ご覧になりました?」
「いいえ。見てませんが、何があるんですか?」
「行ってごらんなさい。すばらしい場所ですよ。さ、荷物はここで預かってあげますから、ゆっくり行ってらっしゃい」
階段を上って上へ行けば、そこは、……書店だった。インドにしてはかなり大きな規模の、書店である。そしてインドらしく、雑然と埃っぽいその書店を巡りながら、可笑しみが込み上げて来る。
書店のことを、書店と言わずに、「すばらしい場所」というおじさんの言葉を思い出しながら。なんて憎い表現をする人だろう。
本当に書店とはそういう場所なのだ。にもかかわらず、すばらしいと思えなかった日々が久しく続いたころがあった。日本を離れて、少し呪縛から解かれた気がしていたのだが。
書店についてはまた、書きたいことがあれこれとあるのだが、これまたあれこれとあるのでいつかまた。
さて、買い物と散策を終えて、しかし車へ戻る前に、駐車場近くのCOFFEE HOUSEでちょっとコーヒーを1杯。
南インドはコーヒーの産地で、バンガロールはコーヒー愛飲家が多い。甘くてミルキーなチャイに並んで、ミルクコーヒーは庶民の嗜好品である。
これまたミルク&砂糖たっぷりのコーヒー1杯7ルピーを飲みながら、買って来たばかりの、この店にはちょいと不似合いなVOGUE INDIA創刊号をぱらぱらめくる。
「ここ、空いてますか?」
と聞くこともなく、目の前の椅子におじさんがドサッと腰掛け、ドサを注文して食べている。
入り口の向こうを見やれば、MGロードの、街路樹が揺れている。
その下には、地下鉄工事のためのフェンスが連なっている。
埃まじりの涼風を受けながら、甘いコーヒーがおいしい。