南インドは昨日がディワリ本番で、北インドは今日が本番だとの話だったが、しかし南インド。今日も激しい。
日没のころより、近く遠く、打ち上げ花火やクラッカーの爆音が聞こえて来る。
ディワリは光の祭り、ヒンドゥー教に於ける新年の祭りであると当時に、ラクシュミ神を讃える日でもある。
ダディマを喪ったマルハン家は、ディワリを祝わないとはいえ、ラクシュミ神には祈りを捧げなさいと、マルハン実家から連絡があった。
象の頭のガネイシャ神の像なら、家のいたるところにあるのだが、ラクシュミはあったかしら……。
と、ゲストルームに飾っている頂き物の白檀の木像を思い出した。
蓮の花の上に立つ女神。これは、ラクシュミに違いない。
ということで、灯りと線香を灯し、果物やカード(ヨーグルト)などを備え、急遽プジャー(儀礼)の準備をする。
夫がサンスクリット語のマントラ、GAYATRIを詠唱するが、つっかかってばかり。
二人してくすくすと笑ってしまい、いけない。
こんなことでいいのか。
いかんやろう。
仕方ない。ここはわたしが仕切るしかなかろう。
父の形見であるポケットサイズの般若心経を取り出して、唱える。
黙々と読んでいるわたしの傍らで、合唱・黙祷しながらも夫、肩をふるわせて笑っている。
だから、笑っちゃいかんやろう!
さて、気を取り直して、神に日頃の感謝をあらわし、家族親戚の健康などを祈る。
祈りを終えて後、アパートメントビルディングの車寄せへ。
今夜、ここでディワリ恒例の「花火大会」が行われるのである。
8時半。すでにご近所さんらは三々五々に集まり始め、大人も子どもも一緒になって、次々に花火に、爆竹に、火をつけている。
四方八方の空に、ロケット弾が舞う。
パーッと大輪の打ち上げ花火が開く。
そんなダイナミックな打ち上げ花火を、個人が打ち上げていいのか。
それは「花火師」の仕事じゃないのか。
それにしてもみな、無闇に花火慣れしている。
顔見知りのご近所さんたちと、まさに「世間話」を楽しみながら、煌煌と火花を散らす花火に見入る。
「さあ、次は、BOMB(爆弾)、いくからね!」
華やかに着飾ったマダムが場を仕切る。
それにしても、だ。
爆弾かよ。
閃光と、轟音。朦々と、煙。
花火に参加しているのは半数の20家族ほど。うちの半数以上がNRI(Non Resident Indian)、つまり海外在住経験、もしくは英米とインドを行き来している人ばかり。
そんな彼らでも、いやそんな彼らだからこそ、インドならではのこの激しい花火大会を楽しんでいるのかもしれない。
花火をしながら、米国市民権を取得するべきだと熱く語るNRI爺さん、ポケットからオレンジ色のTIC TACを取り出し勧めつつ。
マニパルの大学に進んだものの、寮の食事で食中毒を起こし1年休学を勧められ、しぶしぶ両親と暮らしているという、延々と憂鬱を語る青年、度の強い眼鏡。
「あなたは、これが初めてのディワリ? 楽しんでる? あなたはガネイシャのプージャにも来ていたわね。インドの暮らしはどう? 楽しんでる?」
「アンティ(おばさん)も、この花火をやったら?」と満面の笑顔で花火を差し出してくれるピンク色のサルワールカミーズがかわいらしい少女。そうよわたしはアンティ。
「アンティ! だめだめ!」わたしのクラッカーの点火の仕方が間違っていると、てきぱき指示をしてくれる頼りがいのある少年。そうよわたしは、紛れもなくアンティ。
「しかし君は勇気あるなあ。僕は日本に行ったことがあるが、あんなきれいなところから、こんな汚いところに来て。僕は我慢ならんよ。ま、僕は米国市民権を持ってるから、いつでもここから逃げられるんだがね」と、NRI爺さん再び。
「ミホ、こっちへおいで! このクラッカーを一緒に点火しようよ!」 とマイハニー。日本の結婚披露宴じゃないんだから。そこで愛を確かめ合わなくていいから。
クラッカー100連発、300連発。もういい。もう十分。耳がおかしくなる。そうして激しく散乱された花火の残骸。
ここで気づく。これだけの花火をやっておきながら、見回せば、水の入ったバケツ、一つとして、ない。水の入ったバケツ、一つとして、ない。
水の入ったバケツ、一つとして、ない!
これだけ樹々の多い街で、これだけ打ち上げ花火をやっておいて、世間は本当に、燃えてないのか。いや、どこかで燃えているだろう。
燃えていない、わけがないではないか。
そして気がつけば10時半。2時間もやっていたのか、この激しい花火を。
参加者はその後、クラブハウスへと移り、皆が持ち寄った甘いインド菓子を食べつつ、なぜかカラオケ大会。
しかもヒンディー語の歌ばかり。
そのうち、みなはアカペラでも歌い始め……。
宴はまだまだ続く様子であったが、我々は、お菓子を二つ三ついただいて、退散した。
火薬の匂い、全身にしみ込んで。
火事、及びケガ人が出なくて、なによりであった。