などと書いても夫が読めないというのは、幸せと言えば幸せである。基本的には独立独行のわたしにとって、ひとりの時間は不可欠であり、なるべくしてなった二都市生活、という気がしないでもない。
出会って当初は、彼がわたしの言語を彼が理解できないことに、物足りなさがあった。日本語を通して表現する我が言葉に含まれる微妙なニュアンスを、察してもらえないことは、寂しいことでもあった。
でも今は、お互いわかりあえない部分があるくらいで、よかったのかもしれないとも思う。
彼がもしわたしのこのサイトを読めていたとしたら、多分、干渉を受けて、続いていなかったに違いない。彼の間抜けな一面を書けば、当然ながら文句を言われるだろうし、かといって褒めれば、それはそれで自慢をするなとも言われるだろう。
「ぼくの妻はライターなんですよ。え、何を書いているのか? それがね、よくわからないんですよ! 僕、日本語、読めないんでね〜! ワッハッハッハ!」
と、笑っているうちが華である。
一方の懸念は、わたしの変な英語により、彼が悪影響を与えられることである。たまに、日本語が話せる外国人と話していると、自分の話す日本語が、妙にぎこちなくなることがある。
あのような状況を延々と続けるのは、どんなものだろう。
などと心配する前に、自分の英語力向上に努めるべきなのだろう。
メイドのプレシラや、庭師の山下清一家(※注:庭師が山下清に似ていることから)への給与を支払い、アイロン屋へアイロン代を支払い、会計整理をしたり、仕事の見積もりを立てたり、今朝は数字関係で過ぎて行く。
11時になり、しかし作業を中断してサリーに着替える。今日はバンガロール在住の日本人女性による「さくら会」のランチパーティーが開かれるのだ。
会場は、インディラナガールの目抜き通りである100フィートロードに最近オープンしたオリエンタル料理の店。100フィートロードは、わたしたちが渡印した当初の3年前から延々と、あちらこちらで工事が行われており、次々に新しいブティックやレストランが開店している。
上の大きな写真は、その風景の一こまである。かなり原始的な方法で古いビルディングを解体しているようである。澄み渡る夏空の青のもと、槌音響き、砂塵は舞い上がる。
さてさくら会。本日の参加者は50名ほどだったらしく、新しい会員の方々も十数名いらした。日本人駐在員の数もまた、確実に増えているようである。
日本の集いにちなんで、先日入手したところの絞りサリーである。
絞りを生かすため、身体にまきつけない部分の半分はアイロンをかけずにそのまま絞られているので、全体にちょっと「小さい感じ」であはある。
しかし、その伸縮性ゆえ、ずるずると肩から落ちることなく身体にフィットし、非常に着心地がよい。しかもたいへん軽いので動きやすい。
ちなみに身体に巻き付ける部分は、本来、フロアに届くくらいに長くすべきなのだが、今日は外を歩くので若干短めにしている。
ひとりだと、夕飯が呆れるほど手抜きで呆れる。
朝は、たとえ一人でも、毎朝恒例のニンジンやリンゴ、レモン、トマトなどを使っての新鮮ジュースを飲み、ザクロやパパイヤ、バナナなどのフルーツを摂取するなどして栄養補給をしているので、健康的ではある。
昼は外食。
問題は夜。本を読んだり、DVDを見たり、書き物をしたり、気ままに過ごしているひとときは、料理をしたくない。
昨日はうどんだった。
そして今日は、ごはんとみそ汁で完了!
それだけかい?! という話である。でも、ごはんには、梅干しとか鰹節とか、いりごまとかをふりかけて、さっと醤油をかけて、それを海苔で巻いて食べるという、そこそこおいしい料理(と呼べるのか?)ではある。
たまには、いいのである。
いちいちここにレポートするほどのことでもないことだが、何となく。
明日はまた、朝7時よりFM熊本の収録につき、5時半起床。本日は早めに就寝しようと思う。