ムンバイ滞在2日目。久しぶりにサリー店が軒を連ねるチャーチゲート界隈、MK ROADへ。いつものようになんとなく、「市場調査」を兼ねて訪れたのですが、今日は様子が違います。
年に一度の「モンスーン・セール」が行われていて、どの店も平日だというのに、大勢のお客でにぎわっています。
セールは確かにお得かもしれませんが、人いきれに負けてしまうわたしは、セール時にいい買い物ができた試しがほとんどありません。
それでなくてもカラフルな布を見ているだけで、脳内の情報量がいっぱいいっぱいになり、かなり疲労するというもの。1軒目では取り敢えず、雰囲気だけを眺めて退散。
次に訪れたのは、比較的静かな店。QUEENSと呼ばれるその店では、以前、パルーシーの赤いサリーを購入しました。結婚式用のレンガーチョーリーなど、比較的高級な伝統衣裳を扱う店です。
今回、サリーではなく、サルワールカミーズ用のマテリアルで、パルーシーの刺繍が施してある物を探したのですが、手刺繍そのものが置かれていません。
「これがパルーシーワークです」
と見せられたのは、模様は均一にきれいに揃っているものの、紛れもない機械刺繍。値段は手作りより安いですが、温もりが違います。
「手刺繍はないのですか?」
と尋ねたら、
「最近は、手作りに拘る人は少ないし、こちらの方が安いですからね」
などと、言われます。つい1年前までは数枚の手刺繍があったのに、がっかりです。
確かに職人は減りつつあるのでしょうが、効率の悪さをして、店も客も機械物を優先し始めているのかもしれません。
わたしがインドのサリーにひかれるのは、伝統的な技術や美的感覚が生きているからこそ。
日常着にはしていない分、安めの機械製品を多く買うよりも、少々高めのものを1枚買って、大切に着たいと思います。
一点物が主流の手織り、手刺繍の品々は、本当に気に入ったものに出合ったら、そのときに買っておかなければチャンスはないのだなと、改めて思わされました。
少々寂しく思いつつ、さて、この店ならば大丈夫だろうと、我がお気に入りの老舗、KALA NIKETANへ。ここもセールをやっていますが、先ほどの店ほどは混雑していません。
店のおじさんが、「丁寧に」サリーを広げてくれるところに、好感が持てます。
先日ネイチャー・バザールで見つけたバラナシ・シルクのサリーと比べたく、まずはバラナシ・シルクを見せてもらいます。
この店は、インド各地の村とネットワークがあり、自分たち専用の職人を抱えています。
手作りの伝統的な製品を大切にしており、機械物があるものの、手作り製品が占める割合はかなり高いです。
これは、イカットと呼ばれる絣(かすり)。絣の中に金糸が織り込まれている物もあり、布を見る角度や曲線によって、光がきらきらと反映し、上品なきらめきを見せています。
「手作りの商品を見せて欲しい」と、積極的な姿勢を見せたところ、店のマネージャーのおじさんもやってきて、あれこれと説明してくれます。
この裏側の、糸がはみ出している部分、これが「手織りの証拠」なのだとか。機械だと、きれいに始末されていますが、これはハサミで糸を切ったあとだそうです。
これを、「不完全だ」と見なす人には、むしろ機械物を買う方がいいと、店の人はきっぱり言います。
画一的な、乱れのない製品を好む日本人の多くは、このような「始末の粗いもの」は好まないだろうとも思われます。
思えば家具をつくるときもそうでした。
ソリッドウッド(天然木)の家具、あるいはその化粧板を使った家具をわたしは好むため、そのようなものを敢えて探しました。
伴って、インターネットで天然木について日本のサイトをあれこれ検索したのですが、日本では、「節目がそろっているほうがきれい」ということで、むしろ合板のようなものの方が人気があるとのこと。
天然自然の素材から生まれたものは、決して節目が揃ったりしないものなのですが……。
人工的なもの、仕上がりに抜かりのないものを好む精神土壌がある国と、ある程度いい加減でOKとする国とでは、美的感覚や嗜好、取捨選択の基準が大きく変わるものだと痛感します。
わたしとて日本で生まれ育った日本人。そもそもは几帳面できちんとしたもの、を好んでいたはずなのに、いつの間に、嗜好が変わってしまったのでしょうか……。
これは、カシミール地方の刺繍が施されたサルワールカミーズのマテリアル。シルクに繊細な刺繍が施されています。
どっしりと重量感のある、ありがちなカシミール独特の刺繍とはまた別の、軽い布地に好適なニードルワークです。
ところでわたしがもう一つ持っている黒いパルーシー刺繍のサリー。自分が持っているサリーの中で一番のお気に入りですが、それはこの店で買いました。
わたしがあれこれと尋ねることから、店の人も、
「お客様は、テキスタイルに関心をお持ちのようですので、ご案内しましょう」
と上階のお客が少ないエリアへ連れて行ってくれました。こちらはセール対象外のエリアです。
「これは、今のところ2点しかありません。チカンカリの手刺繍です」
一目見るなり、惚れました。これはインドでもよく見るラクナウのチカンカリ刺繍。しかし、すでにサリーや衣類として形になっている物が大半、マテリアルは限られた専門店でしか見られません。
これもまた、サルワールカミーズのマテリアルとして売られていました。つまり、好きなようにデザインできるのです。
その上、地のシルクも手織り。色染めもされておらず、「天然色のまま」。自分で好きな色に染めることも可能なものです。
「今のところは、これら2枚しかありません。月に数枚、届けられる程度なのです」
と、彼がもう一枚、奥から出してくれたのは、こちら。
これもまた、なんと精緻で丁寧な作り! よりいっそう魅力的です。またしても、「見て、触れているだけで幸せな気分」が襲ってきます。
チカンカリ刺繍の製品はこれまでたくさん見てきましたし、わたしも何枚か持っています。
木綿製の安価な物も多く、さほど高級な手工芸品だという印象はなかったのですが、これはなんともエレガント。
金色の「光もの」が、しかし派手すぎず、パーティ用の衣類にもなりそうです。
来週インドを訪れる母には、「日本で夏の服を買わないで、インドで買って」としつこく伝えておいたこともあり、母と相談して気に入ったデザインに仕立てようと、どちらも購入しました。
暑い季節にぴったりの、軽くてやさしくて、本当にすてきな布です。
ところで、すその部分がぼさぼさとなっているのが見えますか? この「ぼさぼさとした端っこ」がまた、手織りの証でもあるのです。
「テイラーには、裾を折り返さず、このまま仕上げるよう言ってください。これこそが、手織りの証なのですから」
と、店のおじさん。
確かに、そうなんです。パシュミナのスカーフも、高品質の手織り物は、端っこがこのように「モサモサ」といています。しかし、それを「手織りですてき!」と思う人がほとんどいないのが寂しいところです。
「手織りの味わいを理解する人が減っているので、お得意さんにしか、お出ししないんですよ」
とおじさんは言いながら、しかしすでに上の2枚は購入を即決したわたしに気をよくしたのか、別の手刺繍を引っ張り出してくれました。
これはまた、やさしいレモン色! やはりサルワール・カミーズ用のマテリアルだとのこと。柔らかなシルクに、ブルーの繊細なプリント……?
と思いきや、これもまた、丁寧な刺繍が施されています。これはカシミール地方の刺繍ですが、シンプルで精緻、色遣いを最低限に抑えた洗練されたデザインです。
赤い生地に赤い糸、黒い生地に黒い糸、といった、ほのかな陰影と質感を楽しむ、目立たないところが贅沢な布も一枚ずつ、ありました。
そして最後に、たいそう持ったいつけて取り出してくれたパルーシー刺繍のドレスマテリアル。これももちろん手刺繍です。
「月に3、4枚しか、新しい商品は入ってきません」
とのこと。しかも、どんな色柄の物かはわかりません。サリーはすでに2枚持っていますが、ドレスマテリアルもデザインの応用が利きそうで、魅力的です。
本来、これらの商品は「セール対象外」だとのことですが、わたしの「お願いビーム」が功を奏したのか「セール商品としますよ」とおじさん!
誰の何を作るかはさておき、今日のところは気に入った商品を購入しておくことにしました。
バンガロールでは、「ここぞ!」と思えるテイラーに出会っていません。デザイナー&テイラーのブティックも含め、開拓しなければと思います。
せっかく購入した布地をいかに仕上げるか。デザイン、そしてテイラーの腕次第ですから。出来上がりはまた後日、ここでご紹介したいと思います。